第4話 押し掛ける 上

「良し! そこ! チッ、クソッ! あ〜!」

叔父の顔が真っ赤に染まったかと思ったら明るくなり、また真っ赤にというのを繰り返し、最終的には苦々しげな顔に落ち着く。その手にはコントローラーが握られていて、画面には格闘ゲームが表示されていた。

あんなことがあった翌日、俺は何事も無かったかの様に叔父とのゲームに付き合っていた。


ス○ファミって、流石に時代遅れすぎるだろ。

だが、うん、案外楽しめた。最初の方は叔父に圧倒されていたが、慣れれば簡単だ。一時間かそこらで逆に叔父を圧倒できるようになっていた。


「トイレ!」

叔父がバン!とコントローラーを置き、立ち上がる。そのまま襖をバタンと開け、いなくなった。

「ふぅ」

俺は一度脱力し、息を吐く。

ああ、本当に疲れた。あんなことがあって、昨日は結局眠れなかったからな。

それで、現在時刻は午前八時。徹夜だ。

はぁ、このまま逃げ切れると良いのだが。



その時、不意にチャイムが鳴る。こんな蒸し暑い日に誰だ?と俺は団扇を扇ぎつつ、土間へと向かった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……」

驚愕で声もでなかった。そいつは特に何の前触れも無く、突然、現れたのだ。

いや、突然では無いのかもしれない。俺があんな高を括ったばかりに。フラグ、というやつだ。


そこにいたのは、白銀菫だった。彼女は満面の笑みを浮かべ、あろうことか玄関に立っていたのだ。物好きなもので、昨日と同じ花柄の浴衣を羽織っている。

「よっ! 遊びに来たよん」

俺は早急に扉を閉めたい気持ちをグッと抑え、笑みを浮かべながら答える。

「ど、どちら様ですか?」

もしかしたら、かなりぎこちなかったかもしれない。だが、これしか無かったのだ。こいつと叔父を合わせては駄目だ。もし彼女が昨日のことを口走りでもしたら、そのことはきっと親父の耳に入り、俺は……

「ん? どした? 客人か?」

タイミング悪く、叔父が洗面所から出てきたらしい。その声はこちらに近づいて来る。

俺は焦って扉を閉めようとするが、そう簡単にはいかない。彼女はとても女とは思えない力で扉を押さえている。


叔父が玄関へ入ったと同時に、俺は一気に力を抜いた。扉は完全に開き、彼女と叔父の目が合う。

「お〜、えれぇべっぴんさんだなぁ。何だ、早速彼女作ったのか?」

叔父は少し誇らしげに聞いてくる。

もしかしたら、あの説教が効いているとでも勘違いしているのかもしれない。なら悪いが、正直ウザったいとしか思わなかった。


落ち着け俺。見られてしまった以上、このまま返すわけにはいかない。

なら、ここはベタに……

「そ、そんなんじゃ無いですよ!」

良し、上手くいった。後はこいつが空気を読んでくれれば……

「私との関係はただの遊びだったと言うの!?」

「あ? どういうことだ霊斗?」

ぶち殺すぞクソ○ッチが。

いやいやいやいや、落ち着け落ち着け。大丈夫だ、冗談として俺が流せば良い。

「ご、御冗談を……」

「冗談!?」

マジでこの女殴りてぇ。

「なんて、流石に冗談ですよ」

彼女が再び笑みを浮かべ、叔父に対し答える。

「そ、そうか、冗談か」

危ねぇ。危うく手が出るところだった。

と、とにかく、やはりこいつは危険だ。多少不信感を抱かれても、追い返さなければ。

「た、たちの悪い冗談を言わないで下さい!

きょ、今日はもう帰って……」

散々たちの悪い冗談を言われ、追い込まれたのだ、この様に追い返しても……と思ったが。駄目だ。叔父の目線が怖い。

なに?「男のケツ追ってきた女を返すなダラズ!」? はぁ。

仕方が無い。今は、こいつと叔父を引き離すのが最優先だ。

「──行きましょう、白銀さん」

俺は彼女の腕を掴む。それを見てニヤリと微笑んだ叔父を横目に、俺は自室へと彼女を引っ張って行った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「何故、来れたんですか?」

彼女を畳の上に正座させ、俺は胡座をかく。

極めて冷静に問い掛けたが、内心ではかなり焦っていた。

逃げ切れない、というだけならまだ納得できた。ただまさか、何らかの手法で家を特定し、乗り込むという暴挙に出るとは。

「気づかなかった? 昨夜、霊斗が家を出たタイミングから後をつけていたんだけど。後、スミレと呼んでって言ったよね?」

クソッ、俺としたことが。最大限、注意深く警戒をしていたのだが。全く気が付かなかった。

てか、本名も叔父が言っちまってたし。

「てか、何で偽名を? 君の名前、霊斗なんでしょ?」

その言葉は単純な好奇心と怒りが綯い交ぜになっている様なニュアンスだった。

「ま、大方理由は分かってるんだけどね。私に身元がバレることを恐れた、でしょ?」

「う、クッ! す、すみませんでした」

クソ、何でこんなに鋭いのだ、昨日はあんだけ脳筋っぽい言動をしていたのに。

「目を逸らさない、ちゃんと謝りなさい!」

「ッ! ────────すみま、せんでした」

俺は苦虫を噛み潰した方がマシだという顔をして、頭を下げる。

く、屈辱だ。こんな奴に頭を下げるなんて。何で、いつの間に形勢が逆転してんだよ!

「じゃ、お詫びとして霊について色々と教えて」

「あ」

完全に忘れていた。

だが、流石にここではマズい。叔父がヘンに気を使って遠くへ言っている可能性もあるが、だとしても聞こえる可能性がある時点で避けたい。

どうする? どう切り抜ける?


俺は必死に彼女の性格と昨日の会話を思い出す。









「!!!!!!!!!!!!!!!」

俺はその言葉を思いつき、思わずニヤッと笑ってしまった。大丈夫だ、何を言われようと、これを言えば切り抜けられる。

「早く! 早く!」

彼女が急かすように身を乗り出し、眼前に迫る。

体が余りにも近く、小っ恥ずかしい。そんな人間の本能すらも、その脊髄に稲妻が奔ったかの様な衝撃によってかき消されていた。

「フフ」

だ、駄目だ、まだ笑うな。堪えるんだ。この言葉を言ったら白銀菫は何も反論できない。そ、そうだ、彼女が一度ツッコんだら言おう。

「白銀さん」

俺は少し俯き、ボソッと呟く。

「スミレと呼んでって言ったでしょ」

思い通り、思い通り、思い通り!

レールから脱線できない電車の様だ。


俺はそのツッコミをした後、俺の不敵な笑みを不審がっている彼女に、出来る限りのイキリ顔を作って、言った。

「俺の勝ちだ」


「──は?」


「俺はあの夜、一週間後の深夜にこの話をすと言いました。今日はその日では無いから、俺が教える義理はありません。フハ、フハハ、フハハハ」

「いや、霊斗はあの夜、私に嘘をついた。だから対価として、霊斗の言葉を一つ嘘にした。どう、これで分かった?」

彼女は真顔で、至って冷静に返答した。少し、青褪めている気もする。

俺は一瞬言葉に詰まったが、何とか苦し紛れの言い訳をする。

「そ、それは無しでしょ!?確かに嘘をついたことについては謝罪します。だからってこちらの言葉を嘘にって、流石に無理がある!」

自分の言い分の方が無理がある、と内心ツッコむ。何も反論ができなかった結果、こんな筋の通っていない、支離滅裂な解答になってしまったのだ。

そんな俺に、彼女は更に分かりやすく、俺を諦めさせようとしている。

「──分かった、霊斗風に言うから。これなら、理解できるでしょ? 霊斗は確かにあの時一週間後に落ち合って、と言った。だけど別に、それ以外の日に霊について話さないとは言ってない、でしょ?」

「────────────」



俺は即座に正座をし、額を思いっきし畳に叩きつけ、擦り付けた。


「誠に、ごめんなさい。最近見た漫画に影響されていたんです」


彼の様に、俺もイキってみたかった、そんな浅はかな俺を、彼女がどんな目で見ているのか、それが怖くて、顔は上げられなかった。

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