考え方の違い

 遠回しになるが具体例があるので、ここで話してみたい。


 私は子どもの頃から貯金をするように親から躾けられた。両親の勤め先が金融業だったので、大人の話に耳に傾けるといつもその世界の事ばかりだった。だからかもしれないが、若い頃から投資や外貨に興味があって金融商品などを調べては少しずつ試したりした。


 まとまったお金はなかったが、少し残ったお金を増やすにはどうしたらいいかなど、真面目に考えたりしていた。お金が欲しかったのは、語学を勉強したかったからもある。今と違ってその当時はただの教材などほとんどなく、書籍を買うか、語学教室に行くしかなかった。そして外国に行くには、外貨や海外で使える金融商品の知識が必須だった。


 大体あの頃の格安航空券は旅行代理店に直接赴いて、紙で発券してもらっていたので、そういう事すべてに詳しくないと個人旅行は難しかった。今の若い世代はトラベラーズチェックが何か知らないかもしれないが、あの頃は旅行者用の小切手を持ち歩いて旅行したものだ。多額の現金を持ち歩くのは危険だし、海外では日本のクレジットカードが使えない場合があったからだ。


 トラベラーズチェックには手数料がかかった。発行する時も換金する時も両方で手数料がかかり、さらに外貨、多くの場合は米ドルに両替してもらってから発行してもらった。自然どこの銀行の手数料が安いとか、外国為替について詳しくなる。それらの知識はすべて書籍から得た。私は旅行雑誌やガイドブックを読み漁った。


 それを傍で見ていた妹がまた金勘定かと嫌味を言った。


 確かにそうだ。だからそれは無意識に私の中で恥ずべき事、隠すべき事だと認識され、そういう知識があることを長いこと他人には言わなかった。後になって分かったのだが、私が欲しかったのは、お金そのものではなく、お金がくれる自由だった。



 夫は大学でビジネスを勉強した人なので、妹とはまったく逆の価値観を持っていた。私にそういう知識がある事をむしろ喜んでくれ、彼の国に移住してからは先に何かあっても困らないように少しずつ投資をするように色々と教えてくれたりもした。恥ずべき事ではないのだとやっと思えるようになった。


 近年妹夫婦も将来を考えてきちんと貯金をしているのだと、妹が誇らし気に話す事がある。興味のある話題だが、私は夫と一緒にどういう投資をしているかなど一切口に出さない。何かと上から目線になりがちな話は避けた方が賢明だ。そこで金勘定を恥じるのはやめたのかと、意地悪く思っても決して口に出しては言わない。


 私は基本的に記憶力が悪くないので、人が覚えていないことも細かに覚えていることが多々ある。妹に言わせると執念深いのだそうだ。そう言われて以来、怖くなって仮に覚えていても覚えていないふりをして他人に接する癖がついた。気を許せる人にだけ見せられる私の顔だと思う。


 だから夫の弟たちとはそういう話も楽に出来る。先日こういう時代だから少しは先を見越した蓄えが必要だと真面目な話になった。夫の兄弟は両親の面倒も交代で見ていて、今度は自分がと自然に助け合いをする。特に義父は認知症でホームに入るのに手続きが大変だったが、兄弟で上手く解決した。


 私と妹はその事で今かなり緊迫した状態だ。両親が高齢なので日常生活に助けが要る。私は建設的にヘルプを入れて物事を進めたいのだが、妹は他人を実家に入れたがらない。経済的な問題なのかと訊くとそうではないという。


 では、一体何が問題なのか。妹は頑なに話し合いを拒み続けているので、具体的には分からないが、恥というのがキーワードなのかもしれないと私は思っている。


 近年両親の家をどうするとか近い将来の事を話し合ったが、妹も私も実家を維持することは考えられないという結論に達した。実家を解体して売るとトントンらしい。その日が来たら私には日本には帰る場所がなくなるのだが、妹は恐らく何も考えてはいないだろう。仕方がない事だと思う。




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