煙々羅と呪念捜査官

かける

第1話 煙香る店



 煙がくゆる。雑多な店内を這うように。なんらかのこうを焚いているのだろう。甘いとも違う、ぬるくたおやかな香り。ちょうど今時分の――秋の落日の気配に似ている。郷愁をそそる匂いが、店内に満ちていた。


 すっと研ぎ澄まされた切れ長な瞳が、気だるげに男を仰ぐ。色は燻ぶる煙の灰色。銀をまぶしたように一度眠たそうに瞬いたそれは、小さく笑みに細められた。

「それで、相談に来たの?」

「あ、ああ……」

 戸惑いと不快を混ぜて、男は眉をひそめた。だが目の前の灰色の瞳の青年は、気にした風もない。男をカウンター前に立たせたまま、自分は座ってそこに上体を寝そべらせている。客商売とは思えない対応だ。欠伸を誤魔化すように緩慢に小首が傾げられ、腕にかかった長い髪が退屈げに滑り落ちた。灰色交じりの淡いピンク色。フラミンゴの羽根に似ている。綺麗ではあるが、ずいぶんと派手に染められたものだ。着ているものもラフな赤パーカー。耳には複数のピアス。なにを売っているのか分からない、謎の雑貨屋だから許される服装だ。カウンター脇の木彫り人形に、不気味な笑みとともに見つめられているのが居心地悪い。


「その……君は本当に店主なのか?」

 思わずを埋めるように男は尋ねた。目の前の青年が、まだ少年の面影を残す齢に見えるのも気になった。その左手には煙草の煙が揺らめいているので、成人していることは間違いないのだろうが。


「この店には、俺しかいないよ」

 訝しむ視線に、眠たげに微笑んだまま青年は頷いた。相変わらず客相手に敬語もなしで、最近の若者はと、三十路も半ばを過ぎた男としては思わずにはいられない。もしこれがただの買い物なら、とっとと悪態のひとつもついて、踵を返していただろう。だが、そうもいかなかった。

 ある噂を聞いて、男はこの店には来たのだ。


「それで、その、あるのか? つまり……」

「除霊グッズ?」

 改めて聞き返されると、くだらなくて、そんなものを求めに来た己に男は閉口した。

「ひとりでいると、妙な視線を感じる。夜道で不気味な物音を聞いたり、不審な影を見ることが増えた、だっけ」

「あ、ああ……」

 先ほど男が告げた相談内容だ。最近、どうも気になって仕方がないのだ。だから『よく効く除霊グッズがある』、『あそこは本物』などと噂されていたこの店に、買い求めに来たのである。だが他人の口から繰り返されると、とんだ世迷い事のように響いた。


 けれど青年は馬鹿にした風もなく、じっと男を見上げてくる。薄く口元に微笑みを携えて見上げる顔は、思わず同性でも見惚れてしまうほど整っていた。髪や瞳の色の奇抜さを忘れさせるほど。中性的というのともまた違うが、儚い翳りをたずさえた美しさがあった。

「うん……どうも、憑いてそうだね。これ、どうぞ。八百円」

 どこかいい加減にも聞こえる風合いで請け合って、青年はかたわらのプラスチック容器から、ちゃっちなミサンガを取り出した。

「つけてると、よく効くよ」

 ふっと深まった微笑みは、とても信用出来る代物ではなかった。手本のごとき詐偽の香りがする。しかし、男が耳にした評判はいいのだ。確かに。


 とはいえ、それらしい札でもなく、ありがちな水晶飾りでもなく、事欠いてミサンガ。いまどきそんなものを身に着けている中年男性を男は受け入れられず、財布を出す手が戸惑った。

 そこへ、背後で物音がした。

 謎の人形や意味不明の置物が無秩序に並ぶ棚の間をすり抜けて、もうひとり客がやってきたのだ。


「あれ、どうしたの? 捜査? なにか俺に聞きたいことでも?」

 男の肩越しに、カウンターの青年がのんびりと声をかける。どうやら見知った相手であるらしい。

 姿を見せたのはまだ二十代ほどの若い青年だった。すらりと背の高い美丈夫。黒のスーツ姿と遊びのないネクタイのお堅そうな勤め人だ。ただ、前髪の一部だけが白く染められているのが、不釣り合いに目を引いた。


「ああ……客がいるなら、あらためるが」

「いえ、もう終わるので」

 男は慌てて躊躇った財布を取り出した。ちらりと振り向いた先にあった目つきが、落ち着いた声音に似合わずきつく鋭くて、なにというわけでもないが居たたまれなくなったのだ。そそくさと千円札を渡し、お釣りとミサンガを奪うように受け取って、足早に新たな来客の脇をすり抜ける。


 出ていく男の背後で、煙草の煙がのったりと漂った。身を起こした青年の薄い唇から、薄暗い店内へと流れて消えていく。この店に漂う香りは、あの煙草の匂いだったのかもしれない。

 なんとも鼻につく香りだと男は聞こえぬように舌打ちして、けぶる店内を後にした。










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