カルテNo.025:彷徨える魔法少女


 狂乱に包まれる街で私たち神守班の三人は、ひたすらウィアドを倒し続けている。


 先生との通信は、妨害されているのかノイズ掛かってまともに使えない。これは人為的なもの?

 つまりこのウィアドの大量発症も意図的なものかもしれない。


 頭を回すも何せ数が数だ。考える余裕も段々と失って。とにかく倒しても倒してもキリがない。その上、逃した人が発症して人を襲い始める始末。


 これを地獄絵図と言わず何と言おうか。


「ねぇ、これいつまで続くのぉ?!」


「私が聞きたいくらいよッ!! コスモスっ!」


「はーい! 〈ディアジアル•スワンプ〉!」


 のどか——魔法少女コスモスが十字架を振るい唱えた魔法で、ウィアドたちの足は地面に沈み込み動きをその歩みが止まる。

 そこを私とメイプルが攻撃してとにかく数を減らしていく。


 ひしゃげ、風穴が空くウィアド。ついさっきまで普通の休日を送っていた人たちの変わり果てた姿。人に非る最期。手を下す私たちの心はすり減る一方だけれど、手を止めた瞬間に被害が広がって。その恐怖がさらなるウィアドを生み出す負の連鎖が加速するのは目に見えている。


 私は魔法少女。ただの暴力装置。そう自分に言い聞かせてひたすらに魔法を振るう。


 ——こんな所業をしておいて、まだ自分を人間だと言い張れるの?


 心の奥で囁く声。私の弱くて暗い、心の根っこ。

 歯噛みしながらその声なき声を振り払い眼前の地獄に相対する。


「二人とも! 数が目に見えて減ってます! あとひと息、がんばろう!」


「おらぁー〈ガンド•ラ•ネイル〉ぅ!」


 コスモスが鼓舞して、呼応するようにメイプルが魔法を放つ。二人も頑張っている。私一人が折れるわけにはいかない。このまま、押し切る!!


「困るな……あんまり燥がないでおくれよ……」


「ッ!?」


 突然目の前に紫陽花柄の浴衣姿をした少女が現れた。

 気配すら感じさせずいつの間にか。気が付けば

 長い灰色の髪を結った、二本のがゆらりと揺れる。


「みんな祭り祭りって……。はぁ……」


 そうボヤき、ため息を吐いた見知らぬ来訪者から距離を取る。


「あなた、何者?」


「え、だる……。でも自己紹介は大事、かなぁ……? オレは“ストレイド”。ただの魔法少女だよ。……これでいい?」


「公社の魔法少女……じゃないわよね」


 私の問いに、ストレイドと名乗った少女は面倒臭さを隠そうともせずに嫌な顔をした。


「あー、まぁね……。簡単に言ってしまえば貴女たち公社の敵、といったところ……。実に面倒だけれど」 


「この惨事もアナタたちの仕業?」


「質問が多いなぁ……。態々聞くようなことでもなし。そのぐらい分かるだろ?」


「だったら——」

「先手必勝ぉー。〈フィアガンド•ネイル〉ぅ」


 私が行動するより早く、話を聞いていたのかメイプルが炎を纏った魔法を撃ち込みストレイドが煙に巻かれる。完全に不意を突いた一撃。

 しかし何故だろう。悪寒がする。

 

「だるいなぁ……いきなり攻撃だなんて」


 煙の中からは変わらず気怠げなストレイドの声。

 ゆっくりと晴れた靄から現れたのは、中途半端に透けた骸骨の両手に包まれた彼女の姿。


「貴女たちが悪いんだよ?オレはやる気なかったのに……。撃たれたらさぁ……撃ち返さなきゃならないじゃん」


 その言葉を皮切りに、ストレイドから黒いオーラが噴き出した。同時に濃密な“死”の気配が辺りを覆う。

 ドッと背中を冷たい汗が流れた。この子は危険だと全身が警鐘を鳴らしている。


「〈フィアガンド•ラ•ネイル〉ぅ!」


「しゃらくさぁ……」


 やはり先んじたのはメイプル。

 連続で撃ち出された炎の爪がストレイドに襲い掛かる。

 しかしストレイドが軽く手を振れば、骸骨の手がそのことごとくを払い除ける。


「リリィちゃん! 〈ギ•ディア•スワンプ〉!」


「〈ラジアル•プレッシャー〉ッ!」


 私とコスモスの魔法の合わせ技。

 地面に沈み込む敵を私の重力で更に押し込む戦術を仕掛ける。ストレイドの身体がずぶりと地面に沈んでいく。


「重力と……沼、かな……? また面倒な組み合わせだ」


 おかしな事が起こった。


 今まさに地面に沈められているストレイドの声が聞こえる。


「まぁ、当たればの話だけど……」


 振り返ったとき眼前にあったのは骸骨の拳。

 完全に意識外だった一撃を躱すことが出来ず、咄嗟に腕を交差させてせめてもの防御姿勢をとった私は、巨拳の一撃のもと吹き飛ばされる。


「何でぇ?! 沈められてるはずじゃ……!」


「いえ! 姿が消えています!」


「でもでも、ウチ目ぇ離してないよ?!」


 そうだ。私たちは三人掛かりでストレイドに対峙していたはずで、一瞬たりとも目を切っていない。

 だというのに気が付かないうちに背後に回られていた。

 これが彼女の魔法? だとすればどういう能力だ?

 そもそも私たちはまだストレイドが魔法を唱えるところすら見ていない。

 警戒度合いを高める私たちを見て、陰気に嗤う彼女が次に発した言葉で更に驚かされた。


「お? ドッキリ大成功〜ってな。でもさ、まだ碌に魔法使ってないのにその体たらくはがっかりだなぁ……」


 ……魔法を使ってない?


 いやそんな筈がない。だって魔法も無しに私とコスモスの魔法から逃れられるわけがないし、第一メイプルの魔法を防ぐ程の宙に浮く骨の手だなんて魔法でないわけがない。 


 そんな疑問をメイプルがストレイドにぶつける。


「だったらその骨はなんなんだよぉ!」


「何って、あー……説明しなきゃだめ? だるいんだけど」


 心底気怠そうにストレイドは笑みを収めて口をへの字に曲げる。かなりの面倒臭がりなようだ。

 そんな彼女、口元でなにやらごにょごにょとぶつくさ呟いてから大きな溜息を一つ。だるだると話し始めた。


「今オレが使ってるのは——なんて言ってたっけなぁ。そう、『魔力』だ。ウェルギリウス曰く、魔法の一歩手前で力を力のまま扱う……だとかなんとか? 要するに魔法もどきの超能力みたいなもの」


 ——力を力のまま。


 それぞれの属性が付いた不定形な力に“魔法”というカタチを与えずに扱う。水を水のまま、火を火のまま。ただ垂れ流す。『魔法』の素材となる力。

 それこそがストレイドの言う『魔力』であると私は解釈する。


 そしてそれが意味する事、すなわち——。


「私たちの“魔法”が、アナタの持つただの“魔力”に劣っていると……」


「んー? まぁそうなるね」


 説明されてようやく理解した力の差。

 見抜くことすら敵わなかった隔たりに愕然とする。


「そうがっかりしないでいいよ面倒な。相性だってある。魔法の使い方、魔力の使い方。単純な力で比べられないものだから……」


 ——とはいえ貴女たちには負ける気がしないね。


 ストレイドは陰鬱に嗤う。

 明らかな挑発にメイプルは爆発寸前、コスモスも歯噛みしている。


 私はといえば思考を巡らせていた。考えるのは優先順位。今重要なのは市民を助ける事。つまり目の前の魔法少女“ストレイド”は無視して構わない。


「あは。今考えてること……当ててあげようか?」


「……何かしら」


「オレを無視して逃げ惑う有象無象を助ける、でしょ。……まぁ、オレとしても面倒いしだるいし正直戦うのはなぁ……って思ってる」


「だったら見逃してくれる?」


 未だ冷や汗と悪寒が止まらない身体。

 この嫌な空気が消えていないということは、まだ向こうは口とは裏腹にこちらを狙っているだろう。

 意味のない問いを投げると、心底だるそうに宙を仰いでストレイドは言った。


「あー……そういうのいいから。わかってるでしょ。選択肢なんてないってさ。オレだって仕事なんだ」


 浴衣の痩躯から濃密な死の気配が強まる。硫黄のような、鉄錆のような嫌な匂い。


 コヒュと鳴ったのは果たして誰の喉か。


 強気だったメイプルも口を噤み、よく見ればタクトを持つ手は震えている。コスモスはそんなメイプルの肩に手を添えて支えているが彼女の顔色も悪い。


「それでも無視しようっていうならさ……無視出来なくしてあげるよ——〈レギン•ラ•ファントム〉」


 ストレイドの口から魔法が唱えられた。

 黒のオーラが周囲に立ち込め霧となり腐臭が立ち込め、黒が複数のカタチを成していく。それは骸骨であったり、ボロを着た亡霊であったり、あるいは身体の崩れた犬。


 現れたのは死者の群れ。ストレイドが指を一振りすると群れ成す死者たちがウィアドと共に、逃げ惑う生者を襲い出した。


「なっ!? 一般人たちを!」


「ほぅら、ウィアドもいいけど——オレもなんとかしないと、すぐに死体の山だ。さぁどうする、魔法少女たち」


 ストレイドの顔に浮かんだ歪な三日月が、午後に生まれた地獄を暗く照らす。

 

 ——さぁ、亡者の行軍だ。ぼやぼやしてると仲間入り。やって見せてよ魔法少女。その力があるのなら!

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