《第二章》パーフェクト・スマイルの力

 自宅マンションにもどってきたわたしは、エコバッグの中から鍵を取り出して玄関の扉を開けた。ルイを先に中に通して、そのあとで中に入り鍵を閉める。

 パチッと玄関の照明をつけた。

「あ、ルイ、そのサンダルはぬいで入って。今、スリッパを出すから」

 と言うと、わたしはスニーカーをぬいで、くつ入れに隠していたスリッパをはいた。

 それからスリッパ入れの中にあった客用のスリッパを取り、ルイの前に置く。

「へぇ、家の中では、はきものをぬぐ文化なんだね。興味深いなぁ」

 ルイがサンダルをぬぎ、スリッパにはきかえながら言った。

「ルイのいた世界では違うの?」

 スニーカーとサンダルをくつ入れにしまいながら、わたしは聞いた。

「うん。ボク、石で造られた神殿に住んでたんだけど、みんなはきものをはいたまま暮らしてたよ。あ、中には、はだしの神もいたけど」

「は、はだし? すごいね。ケガしちゃいそ――」

 ガチャッと、ドアノブが開く音が廊下に響いた。

 玄関から見て右側の扉から、頭をかきつつ、パパが出てくる。

 そして玄関の照明に気づいたのか、はっとした様子でこっちを向いた。

「えっ! ひまちゃん!? そんなかっこうして玄関で何してるの? って言うか、となりにいるきれいな男の子はどちらさま??」

「えっ!? えっと、あの、その~……」

 わたしはルイに顔を向けた。

 ルイはわたしを見てうなずくと、すっと一歩前に歩み出た。

「ボクはおじさんの友人の息子・ルイです。ボクの父が仕事の都合でしばらく外国に行くことになったので、その間、この家に居候させてもらうことになったじゃないですか。ヒマリはぼくのことを迎えに来てくれたんですよ。これからよろしくお願いします」

 と、にこっと笑って言う。

(なっ!? そんなうそ通じるわけないじゃない!)

 ハラハラしながらパパを見ると、パパはぼうっとしたような顔になった。

 それから、はっとしたように目を見開く。

「ああ! そうだった、そうだった。ごめんね、ルイくん。ぼく、どわすれしちゃってたみたいだ……。これからよろしくねっ」

(ええっ!? パパ??)

 わたしは、にこにこ笑い合っているパパとルイを交互に見た。

「それじゃあルイくんには、お客さん用の部屋を使ってもらおう。いつでも使えるようにきれいにしてある部屋だから、安心してね」

「はい、ありがとうございます」

 ルイが弾んだ声を出す。

 ちなみにお客さん用の部屋は、元は亡くなったママの部屋。

 今はおばあちゃんやおばさんが泊まりにきた時に、使ってもらっている。

 ママがいた部屋だから定期的におそうじしているの。

「あ、おじさんは、もう休んでもらって大丈夫ですよ。あとはヒマリに案内してもらいますので。来るのが遅くなって本当にすみません」

「いやいや、気にしないで。それじゃあぼくは水を一杯飲んで、先に休ませてもらうね。ひまちゃん、ルイくんの案内よろしくね」

「う、うん、分かった……」

 とまどいつつもパパに返事をすると、パパは「それじゃあ二人とも早く寝るんだよ~」とのん気に言って、ダイニングに入っていった。

「――ルイ、パパに何したの?」

 わたしはルイにせまった。

「ヒマリ、こわい顔しないで。どこか、すわって話をしよう」

「……それじゃあリビングで話そう」

 わたしは廊下の左側の奥にあるリビングにルイを通した。

 部屋の真ん中に置かれているソファに、二人並んで腰かける。

 わたしがいごこち悪く感じていると、ルイが口を開いた。

「あのね、おじさんにはボクの持つ神の力を使ったんだ」

「そう言えば……神の力は三つあるって言ってたね」

「うん。使ったのはパーフェクト・スマイルっていう神の力。ボクを信じてって念じながらにこっと笑うと、言動に説得力を持たせることができるんだ。だからおじさんはボクの言葉を信じてくれたんだよ。ちなみにだけど、ヒマリにも使わせてもらった」

「あっ! そう言えば祠で話してた時に、わたしに向かってにこって笑ってたね。それでわたしはルイを家に連れて帰っても大丈夫だって思ったんだ。こんなにすごい力があるなら、別にあやつらなくても、説明してくれたら家に連れてきたのに……」

 自然と責める口調になると、ルイが眉を下げた。

「ゴメンね。夜、外にいるのは危険だと思って、ヒマリと早く安全な場所に移動したかったんだ。オオカミとかが出てきたらやっかいだと思ってさ」

「お、オオカミは出てこないと思うけど……確かに夜の街に子どもだけでいるのは危険だよね。――うん、今回はゆるします」

「ありがとう、ヒマリ!」

 ぱあっとルイが笑顔になった。

 明るい場所で見る美少年の笑顔はまぶしすぎて、ドキッとわたしの胸が高鳴った。

 よく見ると、ルイの瞳はきれいなうすい青色をしている。

「あ、そうだ。ヒマリの他のご家族には、明日の朝ごあいさつさせてもらうね」

「あ、それは大丈夫。うちはパパとわたしだけだから。ママは亡くなってて一人っ子なの」

「そうだったんだ……。ごめんね。分かった」

 眉を下げるルイに、わたしはにこっと笑いかけた。

「そんな顔しないで。ママはいなくなっちゃったけど、わたし、この商店街の人たちにすごくよくしてもらってきたんだ~。だから商店街のためになることをしたくて」

「そういうことだったんだね。了解。それじゃあさっそく明日から貧乏神を探しに行こう」

「あ、ちょっと待って。今のルイの服装だとこの世界じゃ浮いちゃうよ。ルイの服とかくつを買わなくちゃ。明日わたしとパパが買ってくるから、それを身に着けて」

 じゃないと、ルイがコスプレして歩いているように見えてしまう。

「そっか。このかっこうだと目立つのか。ありがとう、ヒマリ。助かるよ。それじゃあ貧乏神を探すのは明後日からにしよう」

「それがね、わたし、平日は学校に通ってて放課後じゃないと探せないんだ」

「へえ! 学校に通ってるんだ! それはいいことだね。それじゃあボクも、その学校に通うよ。この世界のことも知ることができるし。学校のある日は終わってから探そう」

「えっ? まさかパーフェクト・スマイルを使って学校に通うの?」

 わたしは目を見開いてたずねた。

「うん。そのつもり。転校生だって、先生たちに認識させる」

「わぁ……ルイってほんと~に大胆だね」

「そうかな? こう見えて、神々の中ではおとなしいほうだよ。すぐにおこったりしないし、浮気しないし、八つ当たりしないし、急におそいかかったりしないし……」

「そ、それって当たり前のことだと思うんだけど……神さまにとっては当たり前じゃないんだ……。とりあえず、この世界に来た神さまがルイでよかったよ」

 万一、戦いの神さまとかが来ていたら、大変なさわぎになっていたと思う……。

「そう言ってもらえるとありがたいよ。ということで、これからよろしくね、ヒマリ」

 ルイが手を差し出して言う。

「うん。こちらこそよろしくね、ルイ」

 わたしはルイの手を握って返した。

 握手したルイの手は人間みたいに温かくて……何だかわたしはほっとした。

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