酒場のおっさん店主は元騎士隊長の【竜殺し】〜騎士団をクビになったから隠居して酒場をはじめたのに、元部下達に頼られてなぜか今日も剣を握ってる〜(仮)

白波 鷹

第1話 騎士団をクビになったおっさん

 王都の片隅にある小さい酒場。

 そこには一人の中年の男と、魔女と恐れられる女が二人で住み込みで経営しており、賑やかながらも平和な時を過ごしていた。しかし、そんな彼らの安寧の時間はいつも簡単に崩されてしまう。


「申し訳ありません、ガルウェン様。少し相談したいことが……」

「あのー、ガルウェンさん、街の外で魔物が暴れているんですけど……」

「アグルレンド殿、また仕事を手伝って頂きたいのですが……」


 騎士の格好をした女性に、ギルドの服を着た少女、さらに衛兵の格好をした男性が玄関を開いて男に迫りながらそう言うと、「いや、あの……少し待ってくれ」と両手を体の前に出して彼女達を止めつつ、机の向こうで椅子に座りながら紅茶を飲んでいた魔女に視線で助けを求める。


 しかし、彼が助けを求めるのも虚しく、迫られている彼の姿を片目を開いて魔女はその様子を見るものの、それに何かを言ったりするわけでもなく、ただ椅子に座って紅茶を優雅に飲んでいた。


 そんな魔女に助けてを求めるのが無駄だと分かった男は苦笑いを浮かべながら来客へと声を返した。


「俺、もう騎士団を引退したんだけど……」


 彼の名前はガルウェン・アグルレンド。

 この王都にある騎士団で隊長を務め、かつて王都を襲った竜を倒したことで【竜殺し】とも呼ばれていた彼は、四十歳を超えたのちに色々あって騎士団から追放されてしまい、王都の片隅で酒場を経営して余生をゆっくり過ごそうと考えていたのだが……そんな彼を周りは放っておいてくれたりはしなかった。


 時には街のギルドの受付の少女から魔物の討伐依頼を頼まれたり、時にはこの王都の衛兵の仕事を頼まれたり、果ては元部下でこの国の王女でもある姫騎士が彼の家にやってきて相談に来る。


 そうして、彼が気付かないうちに、魔物の討伐や反乱軍の鎮圧から王族の護衛、さらには魔女の討伐まで任されるのだが……それって、引退した騎士にやらせて本当に良いの?


 そんなことを思いながらも、引退したはずの彼は今日も剣を握る。

 こうして、かつて街を襲った竜をも倒し、【竜殺し】とも呼ばれた老騎士と呼ぶには少しだけ早い中年のおっさんのちょっとした英雄譚が始まるのだった―。





「―お前の騎士団としての地位をはく奪する」


 そんな一言で、騎士団で隊長を務めていた俺の人生は簡単に幕を閉じてしまった。その理由は『とある事件』で隊長としての責任を押し付けられたからだ。まあ、要はクビになったわけだ。


 その辺りはまあ、おいおい話すとして、ともかくそんなこんなで、俺は騎士団を辞めることになったわけだが―


「―無職になってしまった」


 騎士団の宿舎の前で四十歳のおっさんこと、俺―ガルウェン・アグルレンドはそう言ってうなだれる。


「しかも、まさか退職金まで減らされるとは……給料はほとんど孤児院のためにあててたから、ほとんど手持ちもないんだよなぁ……」


 そう言って、袋に入った少ない金貨を見ながら俺はもはや苦笑いするしかなかった。


 両親を亡くした俺は孤児院で育ち、俺の給料は育ててくれた孤児院の再建のためにあててもらっていた。


 向こうは「悪いから……」って断ってたけど、実際、孤児院は寄付だけで成り立ってるし、生活が厳しいのは俺自身がよく知ってる。だから、子供達や職員の人達の生活が少しでもよくなるようにと寄付し続けていたわけだ。


「それにしても、まさか、いきなりクビになるとはな……長年苦楽を共にしてきたこの剣だけは持ち出すのを許されたのは良いけど、今は妙に重く感じるよ……」


 少ない荷物と一緒に腰にこしらえた剣を見て再びため息を吐く。


「……ともかく、宿を探すか」


 長い間、騎士団の宿舎で寝泊まりしていたが、クビになった今、もう使うことはできない。そんな宿舎にどこか名残惜しさを感じた俺は宿舎に向かって軽く頭を下げると、誰にともなく一人小さく呟いた。


「……今までありがとう」


 当然、宿舎が喋ることはない。

 しかし、俺はそれを告げられたことに満足すると、気持ちを切り替え、その場を後にしたのだった―。

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