それでも空は嘘をつく
季都英司
プロローグ:今日も空は嘘をつく
「今日も空は嘘をついてる」
ある暖かい日の昼下がり。村はずれにある、心地よい風が吹く丘に寝転んで空を見上げながら、リーリアははっきりと口に出す。どこかの誰かに聞かせるように。こんなのはおかしい、そんなわけがない、ずっとその思いがリーリアの頭を満たしていた。
生まれてから10年と少し。背も伸び、ようやく村のヤギと同じくらいの背丈にはなった。髪も伸びて、それなりに大人っぽくなってきたはずだとリーリアは思っている。そんな年頃の少女だ。
そのリーリアは物心ついてから空を見上げるたびに、すっきりしない思いが頭をよぎるのを感じていた。
ただの世界の天井がこんなにも綺麗なわけがない。そうリーリアは考えている。
「だって、だって」とリーリアはつぶやく。
晴れた日には、透き通るような青の空が輝くばかりに目を刺すし、遊び疲れて家に帰る夕方には暖炉の火が燃えるよりも、河原にあった赤く綺麗な石よりも、もっともっと切なくなるような赤が胸に飛び込んでくる。どれだけ見ても見飽きない、どんな絵画よりもおやすみの歌よりも心を動かす。人間が造ったものでもないというのに、こんなに人を感動させる物なんてあっていいんだろうか。
晴れの日だけじゃ無い、雨の日だってそうだ。
それまでどこにも無かった雲があっという間に空を埋め尽くしたかと思ったら、小さな水晶のような水の粒が降り注ぎ、静かに優しく音を奏でる。水滴が地面や屋根をたたく音は楽器のように、楽しいときには心弾ませ、悲しいときには安らぎで人を包む。まるで人に素敵な音を届ける装置のようだ。
それだけじゃない。陽光が身体を温め、雨が畑を潤し、疲れれば闇の帳が降りる。人に必要な物が勝手に空から与えられる。ありがたいし、空の恵みが人を生かしているのもわかっている。
だからこそリーリアは思う。
都合がよすぎると。こんなにできすぎている物はおかしいと。
村の友達にも、周りの大人にもこの画期的な発想を話してみたが、みな笑ってばかりでだれも相手にしてくれなかった。それもリーリアにとっては不思議だった。なぜみんなあんな不思議なものをそのままにしておけるのだろうと。
そうして小さな頃から空について考え続け、空とは何かを自分なりに分析し、天気と空の色と空への感想をまとめた研究ノートが数十冊になった頃、リーリアはある結論に辿り着いていた。
この空は偽物だ、と。
きっと、どこかのだれかが人に見せるために造った偽物の天井で、見た人を喜ばせるためにできたものなのに違いない。だからこんなに素敵で、人に優しく、空が無くては世界は回らないのだ。
本当の空があるならば、こんなにできすぎているはずはないと推測する。きっとどこかに本物の世界の天井、すなわち真実の空があって、この偽物の空はそれを隠しているのに違いない。
だったなら、本当の空とは一体どんなものだろう?
人の都合にとらわれず、人に気に入られることを気にもせず、ただあるがままに存在する本当の空はどんな姿をしているのだろう。
「私は本当の空を見てみたい」
リーリアはそう思った。
目を閉じ、それまで視界にあった偽物の空を遮断して、自分がとるべき最後の決断へ向けて心を整理していく。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
そして、リーリアはがばっとはねるように起き上がった。
「決めた! 私、本当の空を探しに行く!」
大きな声でリーリアは宣言する。それはまるで、空への宣戦布告のようだった。
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