スケープゴートに憐憫を

海野 藻屑

序 会議

 「では皆さん、お手元の資料かこちらの画面をご覧下さい」


 モニターから発せられる白い光だけが浮かぶ暗がりの部屋に、凛と通る女の声が響いた。

 その声の主である女は部屋の前方のモニターの傍に立っており、それと向かい合わせとなる形で四人の人間が着席していた。真剣な面持ちであったり、欠伸をかみ殺していたり、一言一句聞き漏らすまいとメモ帳とペンを構えていたりと、姿勢に差はあれど各々がモニターの四角い光を瞳に反射させている。


 女が操作し、パッとモニターの白い画面が切り替わる。映し出されたのは数枚の写真と、それを捕捉する数行の情報。


 まるで大学の抗議で最前列に座る生徒のような前のめりな姿勢で臨んでいた若い女が「う」と小さな呻きを漏らして露骨に顔を顰めた。室内の他の人間は慣れか、無関心か、表情を変えない。


 映し出されたのはどれも血の赤が多くを占める、直視しがたい凄惨な人体の写真だった。交通事故現場のように見えるものから、状況の読みとれない奇怪なものまで五枚。モニター横の女が説明を始める。


「本案件における被害者の方々です。既に死亡者四名、重傷者一名」


「ちょっといいかな」


 先ほどまで眠そうにしていた男が場にそぐわない明るい声で口を挟んだ。女に「どうぞ」と促されて続きを問いかける。


「僕には全員死んでるようにしか見えないんだけど……重傷者ってのはどの子のこと?」


「はい、左下の彼です」


 モニター横の女がレーザーポインターで丸く緑の軌跡を描いて示し、その一枚で画面に拡大表示させた。


 その写真には金髪の若い男子が白目をむいて大きく口を開け、何十本もの文房具をねじ込んだ状態で倒れている写真だった。より多く入れるためか、口端から右頬、右耳にかけて大きく切り裂かれており、ボールペンやカッターなどが頬や顎から貫通して飛び出ている。大量に出血しているが、これでもどうやら一命は取り留めているようだ。


「おっけーおっけーわかったよ。拡大はしないでいいから……」


 男は悪臭を払うかのように手でしっしっと手を振る。

 モニター横の女は画面表示を戻すと、これらの写真について説明を始めた。彼らには共通点は多く存在した。

 

 同じ高校の生徒であること。

 普段から行動を共にすることの多いグループのメンバー達であるということ。

 今月4月の春休み明けから2年生であり、1年生時は全員同じクラスであるということ。

 たった1週間という短い期間のうちに彼らはこうなったこと。

 ある生徒を虐めていた加害者たちだったということ。


 現在、彼ら彼女らの通っていた高校は未曽有の事態ということで生徒たちは自宅待機。警察はあらゆる可能性を考慮し、事件性がないか捜査をしている。


 「普通に考えるなら、そのイジメの被害者というのが怪しいですよね」


 「ええ、『静間 玲次シズマ レイジ』くん。本案件における最優先の調査対象です」


 再びモニターの画面表示が切り替わり、今度は1人の男子生徒の隠し撮りと思われる写真が映し出された。

 長いまつ毛に縁どられた切れ長の瞳に泣きぼくろが特徴的な、坊主頭の少年だった。整った顔立ちと怜悧な目元が、坊主だがむしろどこぞのファッションモデルを思わせるような風貌だった。


「へえ、予想外にカッコいい子だな。目も死んでいないし、いじめられっ子特有の雰囲気は無いな」

「有権者なんでしょうか」

「さあね。もし意図的にこの結果を起こしたんなら、お近づきになるのはちょ~っと難しいかもしれないね」

「そうではないことを祈りましょう」


 部屋の全員が同じような印象を受け、男の言葉に同意を示したところで、女が続ける。


「彼が本案件におけるファクターであるかを調査することが今回の任務です。1年もの間いじめられていた被害者の彼がもし今回の件を復讐として行ったのであれば、それを可能にしたを探り、我々が確保、もしくは抹消します。六郷ろくごうさん、今回は大人しくして面倒起こさないでくださいよ……って、あれ? 六郷さんは?」


「先生ならとっくに行きました」


 残っている他の男がぼそりと言う。

 今の今まで会話に参加していた六郷と呼ばれた男は、既に霞のように消えていた。モニター横の女は面喰らいながらも、すぐに一息で指示を飛ばした。


「報告書の三倍の始末書を書かされる羽目になりたくないのなら六郷さんを早く追いかけてください!!」


「うす」

「は、はい!」

「・・・・・・」


 女の甲高い指示に弾かれたように室内にいた男女はぞろぞろと出ていき、会議室は無人となった。

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