重なり会う平面一

「事故、だったのです」

 ケージはそう言って、ポケットから手帳を取り出し、紙を一枚破り、その上にペンで、二つの点を書き、それをつなぐ線を引いた。

「年代物のスーツですから、紙の手帳なんていう、古道具も付属しているんですね。ああ、失礼。自己紹介を詳しくするのを忘れておりました。もう、リョウコさんはお気付きかと思われですが、私はもちろん、地球人でもないですし、ハルケキ星人でもございません。このスーツ、つまり、この地球人に似た体と身に纏っている洋服一式を被っている、この私は」

「自己、じゃなくて、事故の話でなかったかしら」

 リョウコはすげなく答える。

「失礼、私が誰かなどは今はどうでも良いことですね。こちらの点が地球で、こちらの点がハルケキ星です」

 点と線の書かれた紙を頭の上に掲げて、ケージは説明を続ける。

「遠く、いや、近くかも知れません。地球とハルケキ星は、約四光年離れています。移動する方法は、大きく分けて二つ。四光年の距離を真っ直ぐ、別に曲線でも良いですが、移動すること」

 ケージは、ペンで、点から点に引いた線をなぞる。

「亜光速タクシーを使えば、四光年なんて、あっという間。数秒間で移動できますから、アリバイなんか簡単に崩せる、とはいきません、もちろん」

「ウラシマ効果がありますからね」

 ケージは紙を優しく曲げて、点と点とを重ね合わせる。

「もう一つの方法は、空間を歪ませて、ある地点とある地点の物理的距離をゼロにする。いわゆる、ワープ航法ですね。これなら距離がゼロなのですから、実質的な時間もゼロで離れた地点を移動することができます」

「けれど、移動する時間はゼロでも、殺す時間はゼロにはできませんよ。死亡推定時刻に私がオトキ・ユキコに会っていないのは、アリバイが証明しています」

「ですから、貴方は殺せない。これは、事故だったのです」

 紙に書かれた点と点をぴったりとつけたまま、ケージは続ける。

「ここには今、紙の厚さがありますけれど、実際のワープ航法では、空間と空間とが完全に一致します。同じものが、別々の空間に同時に存在する、いや、別々の空間が、同一の空間になる」

 ケージは点と点を離す。

「ワープ航法を終えると同一になっていた空間は別々になります」

「そんな誰だって知っていることを、どうして、わざわざ説明なさるんです?」

「貴方は、地球でタクシーに乗った。ワープによって、地球とハルケキ星のある空間は同一になった。空間はまた、別々になって、貴方は、貴方の乗ったタクシーは、ハルケキ星のある空間に移動した。ただ、一方で、地球にもタクシーは残ったままだった。貴方は、地球にあるタクシーに乗ったままだった」

 リョウコは何も言わない。

「同一になった空間が二つに分かれる時、同一のタクシーも二つに分かれてしまったんです。もちろん、貴方も二人に。地球に残った貴方は、もう一人の貴方に連絡を取った。貴方たちは会い。今回の犯行を計画したんです。貴方Aがファッションショーを行い、地球人とハルケキ星人の注目を浴びる。貴方Bは誰にも見られることなく、オトキ・ユキコと会った。最初は、ためらいもあったのでしょうが、自分のファッションショーをオトキ・ユキコは見ていなかった。自分に会っても大して驚きもしなかった。私は美しいのに、と怒りを覚えた。貴方Bはオトキ・ユキコと一緒に食事をとり、そこで毒物を飲ませた。ただ、殺すだけでなく、蘇生することもできず、醜い、凄惨な死体となる毒で」

 パチ、パチ、パチ。朗々と澄んだ声でケージが話すのを、リョウコが拍手で遮る。

「面白いお話です。ケージさん。でも、タクシーのワープでの事故なんて、聞いたことありませんよ。それにお話は面白いですが、証拠がないじゃありませんか。オトキを殺した、私Bは一体どこに行ったのです?」

「タクシー、ですよ。ワープ航法のタクシーでなく、亜光速のタクシーで現場から逃げたんです。そのタクシー内では時間の進みが非常に遅い。ウラシマ効果です。貴方Aが死ぬまでの間、貴方Bはタクシーでそこらを走っているだけでいい」

「面白い、面白い。それで? 言ったじゃないですか、証拠がないと。光速で逃げる私Bはどこに居るんです? 百年後? 二百年後?」

「貴方はこのアリバイ。不在証明のトリックでなく、不在そのものというトリックに、大層自信がおありのようだ」

 ケージはドレッシングルームの扉を開け、外に出て、パン、パンと手を叩く。

「ジョシュア君、彼女を連れて来なさい」

 ケージはそう言うと、後ろ姿のまま、中に戻る。ジョシュアと呼ばれた男と、一人の女性、リョウコ・サヤマが入って来た。

「どっ、どうして? そんな、馬鹿な」

 リョウコ・サヤマAは椅子から立ち上がった。リョウコ・サヤマBは項垂れたまま、黙っていた。

「どうして? リョウコさん、貴方、そう言いましたね。そうですね、それでは、自己紹介からいたしましょう」




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