第2話 隣の美少女が睨んでくる……

さて、月城さんに想いを告げる前に、一つ深刻な問題がある。それは――。


「おーい! 翼ー。」


「うぉっ!?」


 後ろから名前を呼ばれた瞬間、ビクッと全身が跳ね上がる。……ああ、恥ずかしい。誰も見てないよな? 中学では、名前で呼んでくれるのなんて月城さんくらいだったから、まだ全然慣れないんだよ。


 声の方を振り返ると、そこにいたのは入学式の日に俺に話しかけてくれた、記念すべき高校友人第一号――立花駿たちばなしゅんだ。


 整った顔立ち、爽やかな笑顔、女子からの圧倒的人気。クラスの中心に自然と立つタイプで、女子にも男子にも人気がある。……そんな学園カーストの頂点みたいなやつが、なぜか入学式の日から俺にやたらと絡んでくるのだ。


 「翼、こっちこっち」


 駿は意味ありげに手招きしてきた。俺は覚悟を決めて椅子から立ち上がる。


(が、頑張れ……イケメンの僕……!)


 頭の中で、汗ダルマ時代の俺が震える声で応援してくる。


 よし、落ち着け。深呼吸だ、神崎翼。

今の俺は――クールで余裕のあるイケメン、神崎翼だ。……と、自分に言い聞かせる。


 クラスメートと普通に話すくらい、余裕なはず。……多分。


 いや、やっぱちょっとだけ不安。


 実際のところ、俺はコミュニケーション能力にまるで自信がない。深夜にはラノベを読み漁ってイケメンキャラの台詞回しを研究。


 その成果が、今の“クールキャラ”神崎翼だ。


……ただし、このキャラ設定は紙装甲。

一歩間違えば、無口でクールじゃなく、ただの「会話できない奴」になる。実際、会話が続かないときなんて心臓バクバクで、脇汗ダラダラだ。


 つまり俺は、見た目だけ陽キャ、中身はコミュ障ボッチ。


 ――そう、薄氷の上を歩く高校生活を送っているわけである。

 

「なんだよ、駿」


 低めの声を作り、雰囲気だけはやけにクールっぽく装った。


 駿は小声で耳打ちしてくる。


「月城さんがまたすごい目でお前のこと睨んでるけど、なにしたんだよ?」


「いや、なにもしてない……と思う」


 恐る恐る月城さんチラ見してみると――。まるで俺が親の仇でもあるかのような凄まじい視線を飛ばしてきている。


 そう。深刻な問題とはこの視線のことだ。


 彼女はよく俺を睨みつけてくる。目尻をつり上げ、冷ややかな光を帯びた瞳。その鋭さに射抜かれるたび、胸の奥がひやりと凍るようだった 。


「ひっ……!」


 心臓がギュッと縮み、背中がぞわりと震える。あれはもう完全に殺意だろ……。


「この私を振るなんて……汗ダルマのくせに……」


 もちろんそんなこと、彼女は一言も言っていない。――けど、俺にはそう聞こえるんだよ。あの目つき、罪悪感をえぐってくる……。


 やっぱり……嫌われてるんだろうな……。


 そりゃそうだ。月城さんは誰もが振り向く超絶美少女になったんだ……。俺なんかが隣にいたら鬱陶しいに決まってる。気まずい……気まずすぎる……。


「なぁ、翼。お前ら同じ中学だったんだよな? もしかして付き合ってた、とか?」


「そ、そんなわけないだろ!? 絶対ない!」


「なんでそんな全力否定!? 美男美女でお似合いだと思うんだけどな~。でもさぁ……あの視線は、どう見てもなんかあっただろ?」


「そ、それは……その……」


 言えない。過去のことなんて、言えば彼女に迷惑がかかる。


「あんなに睨まれてるの、お前だけだぞ。他のみんなにはすっごい優しいんだからな?」


 ……知ってる。


 月城さんは普段は優しくて、笑顔で、清楚で、みんなが憧れるヒロインだ。そんな彼女が、なぜ俺にだけ、あんな視線を向けてくるのか……。


「他のクラスや上級生にも月城さんの噂が広がってるらしいぞ」


「噂って?」


「めちゃくちゃ可愛い子がいるって。しかも性格良くて、スタイルも抜群――そりゃあモテるわな」


「へ、へぇー……そうなんだ……」


 いや、知ってた。うん、知ってたけど……口に出されると胃が痛くなる。でも、駿はさらに俺の胃を破壊しにくる。


「入学してまだ二週間なのに……もう五人告白して玉砕したらしい」


「ごっ……五人も!?」


「好きな人がいるって断ってるんだって」


 俺は目を見開いて、駿に顔を近づけた。


「好きな人!? だ、誰だそいつは!?」


「近い近い怖い! そこまでは俺もわかんねぇよ」


 まずい……さすがに彼氏がいる状態で好きだと伝える勇気はないし、彼女の隣に誰かが立っているのを想像すると胸が苦しくなる。


 俺が暗い顔で下を向くと、駿はなにか察したのだろう。励ますような笑顔を向けてくれた。


「まぁ、なにがあったかは聞かないでやるけどさ。困ったことがあったらいつでも相談してくれよな。俺ら、友達だし」


 駿の言葉が本当に嬉しくて、気分が少し軽くなった。


「ああ。ありがとう駿」


 俺は駿に礼を言って、自分の席に戻る。


 これはウカウカしてる場合じゃない。せっかく、奇跡みたいに同じクラスになれたんだ。今度こそ、この想いを伝えなくては……。


 でもまずは、あの視線をなんとかしないとな。

 


*  *  *


 

 私、月城麗は幸せの絶頂にいた。


 だって……神崎君と同じクラスで、しかも隣の席になったから。


 神様ありがとうございます。


 でも……いざ彼を見ると緊張で表情が固まってしまう。本当は笑いたいのに、どうしても睨んでるみたいになっちゃう……。


 ああああ、違うのに――違うのにぃ!


 それでも……隣にいられるだけで、嬉しいんだよ……。


*  *  *

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