第11話 再会と再会
ついにヤマシタの結婚式が1週間後に迫った。イロハとネネは練習といって朝から出かけて行ってしまった。お店も今日はお休みだからやることもない。誰もいない部屋は少しさみしい。ひさしぶりにゆっくりすることができるので、これまでのことを振り返って見ようと思った。
私はまず向こうの世界にある謎の扉から人間界へと落ちてきた。そして、ナギサという少女に拾われた先でミュートラスが人間界に侵略していることが分かった。目的はわからないが、彼らはバイトで幸せな記憶をもつ人間を狙って記憶のレコードを抜き取っている。
けれど、私個人を狙って襲撃してきたやつが何体かいた。そしてあのアレグロという名前の男、あの日は暗くてよく姿が見えなかった。でも、そいつは監視役と名乗っていたから私が倒してきたミュートラスより強いのかもしれない。それに私はあの名前をどこかで聞いた気がするんだよな。
いずれやつと戦うことになるかもしれない。それまでにもっと強い力をつけなければ。
そうと決まればギターの練習だ。私は部屋においてあるギターを取りに行った。
姿見に私の姿が映る。今日はしっぽを隠さなくてもいいかもな。やっぱり私がミュートラスであるということは知られてはいけない。知られたらここを出ていかなくちゃいけなくなるかもしれないし、イロハやネネがやつらの標的にされてしまう。
それからは4時間くらいギターの練習に熱中した。音を奏でるのはものすごく楽しい。けれどコード進行といったものはむずかしい。あれは手の形的に無理なものなのではと思ってしまうものが何個かある。Fコードは指がつりそうだった。
時計を見るとすでに三時をまわり、夕飯の食材のおつかいを頼まれていることを思い出した。イロハたちは五時に帰ってくるとのことだったので急いで外に出る準備をする。
扉を開けると風が強く吹き込んできた。人間の世界での三月は暖かい季節に分類されるようだけど、それは嘘だと思う。今日はちょっと寒いな、なんて思いながらスーパーに向かった。
出かける前にイロハが置いていった紙を確認して必要な食材をかごに入れていく。今日はカレーという料理だそうだ。あのライブハウスは別にイロハの家というわけではないのだけれど、彼女は私のためにこうして料理を作って一緒に食べてくれる。あとなぜかネネがいることもある。
イロハはうまくやれているだろうか。ヤマシタとの約束を叶えるために彼女は今過去にケンカしてしまった相手と会っている。ダイアモンドのメンバーのカノンとだ。
イロハは照れ屋なところがあるから、こういった話を掘り返して本音で話すということを避けようとしてしまうかもしれない。この間、ありがとうと言ってくれた時も、うれしかったけれどだいぶそれを言うのにためらいがあった風に見えた。
でも、イロハがとてもやさしいことも、身近な人のことを大切に思っていることもこの数週間でよくわかる。それはきっとカノンにも伝わっているはずだ。二人が気持ちよく前に進むには過去の自分たちと戦わなくてはいけないのかもしれない。
店内を一周しレジにむかおうとした瞬間、しっぽが反応した。まさか、とは思ったがこの近くにミュートラスがいることは否定できない。あたりを注意深く見ていると黒いコートに黒い帽子という怪しそうな人物が目にとまった。
黒い人物もレジに向かったから、私も向かった。常にそいつを視界に入れながらレジを済ませると、私は尾行を開始した。どこまでいってもしっぽの反応が途切れない。私の勘は当たっていたのだ。
帽子とコートのえりで顔がよく見えない。それに気がついたらまた人気のいない場所に来てしまった。
急に黒い人物が後ろを振り返るので近くの電柱に身を隠した。危なかった、と思ったらそいつは裏路地に入っていった。
やがて、昨日シカノの家に向かった時と同じような山のところに来てしまった。黒い人物は道を外れて林の中を突き進んでいった。私も黒い人物の姿が見えなくなるぎりぎりで林の中に入っていく。
山だから坂があって歩きずらいし、日がかたむき始めて前が見にくくなってきた。そして気づかずに枝を踏んでしまった。パキッという音が思っていたより響いた。
「誰だ!?」
黒い人物が振り返るので体勢を低くして背の低い植物と木の中に隠れた。同時に顔も見ることができた。男のようだ。
黒い男は再び歩き出したので、どうやらばれなかったようだ。
植物の間から体を出し男のいた方を進んでみるがどこにも姿が見当たらない。
見失ったか……
引き返そうと後ろを向いたら上から何者かにのしかかれた。
何者かと言ったらもう一人しかいない。あの黒い男だ。
袋が手から離れてやぶれたところから中身が飛び出してしまった。
私は思い切り体をひねって拘束から抜け出そうともがく。
「何する気だよ!」
男は叫びながら肩を押さえてくる。ロックがかかってうまく体勢を変えられない。振り回した左ひじが運よく脇腹に入り、男は一瞬だけ力が抜けた。
この機を逃すか。
体を横転させ、同時に腕をつかみ投げながら馬乗りを脱する。
「お前何者だ?」
男は聞いてくる。やっぱりスピーカーから流れてくる合成音声だ。こいつは本当にミュートラスだ。
「聞きたいのはこっちの方」
警戒心を抜かず、脅すように低い声で答えた。
「おまえ、しゃべれるのか?」
「え?」
男は急に帽子を取った。
「俺だよ、俺。覚えてないか? コーダだよ」
そこには、うれしそうな顔をした見覚えのある顔があった。
私はこの日、こっちの世界で初めて知ってるミュートラスに出会った。
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