第6話 いまはまだわからないけど

 私の前に立っている男は、河川敷で何度も私たちの前をとおり、あとからつけてきていた。ボサボサの頭に、ギザギザの歯、ヨレヨレの服。


「ったく、狩りの最中なんだ。邪魔すんなよ。」

 いらだちと共に男は吐き捨てる。あの信号でこいつの近くにたったとき、尻尾が反応した。

 こいつは、ミュートラスだ!


「まあ良いか、お前も早く寝かせちまえばいい」

 ミュートラスが手をたたくと、一瞬何かが体を通過した感触がした。

 すると、今まで聞こえていたイロハの声が聞こえなくなった。また、無音状態にされたんだ。


 男が右手をこちらにかざす。手にはスピーカーが埋め込まれていた。

 ニヤッと笑う男を見て、私は危機感を覚える。


「やめろ!」

 やつまでの階段を二歩で駆け上がり、体をつかんで押し倒す。

 私たちは道路に転がるように出て、再び距離を離して向かい合う。


 にらみ合っていると、階段の下から声がした。

「ミア?」

 イロハの声だ。そのまま彼女は昇ってきた。


「あれ? どこ行っちゃったんだろう?」

 イロハ? どうしたんだ? まるでなにも見えていないようなそんな素振りを見せている。


「ハハ! お前、俺らと同じか!」

 男は興奮気味で私の後ろの方を指差した。

「そのしっぽがあるってことは、ミュートラスだろ。お前、知らねえようだから教えてやるよ。この無音のなかにいれば、外からは俺らの姿は見えなくなる」


 そうか! だから、イロハは私のことを探しているのか。

「それにしてもなんで邪魔する? お前もバイトだろ」

「バイト?」

「ああ、幸せな人間たちの記憶のレコードを集めてくるっていう」


 記憶のレコード――きっとナギサの家が襲われた時に彼女や彼女の母親から飛び出していたもののことだ。


「それ持っていったら、何かあるの?」

 私の問いに、やつはボサボサの髪をかきながらため息をついた。

「んなこた知らねえ。ただ俺はこれが欲しいんだよ」


 そういって取り出したなぞのかたまり。やつはそれを自分の腰のプラグを抜いてから、突き刺した。改造されたミュートラスは自分のしっぽの先のプラグを入れる穴を開けられている。そこにプラグを刺すと人間の姿に化けられるわけだ。


 やつはそれを抜いた。体が徐々にもとの姿に戻っていく。

「あぁ、これだよ…… 俺が求めてるのはこの快感だよ!」

 背中から6本の触手がはえて、空中でうねうねと動いている。


「バイトをすりゃ、これがもらえるんだよ。一度こいつを使っちまうと幸せな気持ちでたまんねぇよ。俺はこれが欲しいんだ。だから、邪魔すんなよ!」

 やつの目つきが鋭くなる。すぐに私は構えを取ると、男の触手が私を包むように全方位から伸びてきた。


 私が後ろに飛んで避けると、今度は男が接近してきて攻撃してきた。襲い掛かってくる拳や蹴りを受けていると、死角から触手が飛んでくる。この触手の先は刃物ように鋭くなっている。すでに腕や腹などにかすって出血している。


 だが、私だってなにもせず、ただこいつに押されているだけじゃない。少しずつ、戦いの場所をこの街中からさっきの公園の方に移している。公園まで行かなくとも、あの辺りは川沿いで河川敷が続いているのでそこまでもっていければいい。


 実際、やつはうまい具合に誘いにのってくれた。ここまでくれば私も存分に戦える。

 ギターケースからイロハにもらったあのギターを取り出す。しっぽをつかんで、先をジャックとつなげる。弦を弾くと音が流れて、私はまたあの姿へと変わった。


「それがお前の本当の姿か。やっぱり変だ。どうして邪魔する? お前もバイトでこっちの世界に来たんじゃないのか。お前もミュートラスなら人間たちを襲えば、幸せになれるのに」

 やつはまた頭をぼりぼりと搔いている。


「……幸せか」

 幸せってなんだ?

 ずっと暗い部屋の中にいた希望すら感じていなかったあの生活にはそんなものはなかった。

 じゃあ、こっちの世界にいられることが幸せなのか? どちらにせよ、あちらには戻れないから、私はこの世界にいるしかないだけなのではないか。


 ……でも

 イロハの泣いた顔が頭に浮かぶ。大切なものを無くしたら、あんな気持ちになるのかな?

 ナギサの母親が襲われた時の怒りを思い出す。どうしてあんなに必死になってたのか。


「私に、幸せがどんなものかわからない。けど、私はそれを奪ってその上に幸せを気づくようなことはしない。だからお前には奪わせない。だって、あんなに悲しそうな顔をしてたから」


「ああ、そうかい」

 触手が勢いよくうねりながら飛んでくる。私は武器へと変化したギターを持ち換えてぶつけると、スパッと切った。


「なに!? 俺の触手を切るなんてありえねえ!」

 一度男の元に戻った触手は肥大化し、やつの頭上で絡み合い、やがて一つのドリルのようになる。


 男の手のふりを合図に触手は私の心臓めがけて、地面をえぐりながら迫りくる。けれどもう私は動じない。触手が私に触れる直前で反転し、ギターのボディを刺した。


「エレクトロ・スティング!」

 弦をかき鳴らす。ただ思い切りかき鳴らすと、ギターから直接電流が放出され触手は黒焦げになった。しかも、この電流はミュートラス本体にまで届いていたようだ。


 両膝をついて動けなくなっているそいつに私は問う。

「選びな。あっちに帰るか、ここで私にやられるか。もし、まだ人を狙うんなら、容赦はしない」


「ふざけるな! ふざけるな! 俺は誰にも邪魔されない!」

 激しい怒りとともに、男の触手が根元から再生しだす。たった一本だけだが私を狙ってきたので、私は斧でとどめを刺した。


 バイトに失敗したミュートラスは改造時に口封じとして仕組まれた爆弾で爆発するようだ。この男も私の一撃で爆散した。


 ライブハウスに戻ると一件落着のようで、2人は仲良く手をつなぎながらカウンターで話していた。サホの指には輝く宝石がついていた。ここにいるみんなが笑顔で時間を共有している。それを守るためなら、私は化け物と言われてもミュートラスと戦い続けたい。この様子が私にそう思わせてくれた。


 戻ってきた私の傷にイロハとネネは驚いていたし、それからイロハはガミガミ言っていたけど、なぜか笑みがこぼれてしまった。それを見て二人はもっと驚いていたけれど。


「今日はありがとう。おかげで仲直りできたよ。それで一つ提案なんだけど、結婚式の披露宴で彩羽ちゃんたち、ダイアモンドに演奏してもらえないかな」

 ヤマシタとサホは去り際、こんなことを言った。

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