第3話 新しい居場所

 目が覚めると知らない人の顔が目の前にあった。

「彩羽! 起きた! 起きたよ!」

「わかったって、そんな大きな声出さないでよ」


 いすに座っていた女の子がこちらに歩いてくる。この子の顔はみたことがあった。扉を開けたあの子だ。

「あなた、頭大丈夫?」

「ちょっと、その聞き方やばいって」

「えっ?」

「頭、大丈夫って」

寧々ねね、笑いすぎだって」


 ツボにはまったように笑い続けているこの子はネネと呼ばれているようだ。ピンクのカーディガンを制服の上に着て、やけに短いスカートをはいている。

 一方でイロハは濃い青のパーカーにグレーのジャージをはいている。


 イロハがネネから視線を私に移してから尋ねた。

「あなた、名前は?」

「ミア」

「ミアって言うのね。あなた気を失ってたわよ」

「……そうなんだ」

「もう電車ないし、今日はここ泊めてあげるけど、明日になってたら出てってね」

「それは無理!」


 思わず大きな声が出てしまった。イロハも驚いた顔をしている。でも、もう家に帰ることはできないし、というか戻ればまたあの生活だ。

「なんで?」

 ネネが私に聞いてきた。

「その…… 家出…… みたいな」

「はぁ そんなの知らないよ。さっさと帰って」

 イロハそう言い捨てて、後ろを向いた。


「えー、ひどくない? なんかかわいそうじゃん」

 ネネがそう言ってイロハの足を止める。

「あのね、寧々。あたしたちこの子とは別になんでもないの。家出とか面倒なこと首つっこまない方がいいって」

「でも、家戻りたくないんでしょ」

 ネネと目が合った。私はうなづいてから続けていった。

「家出したってよりかは、逃げてきた… って感じで……」


「えーそうなの!? 彩羽、ねぇ!」

「ねぇ!、じゃないよ。余計面倒じゃん」

 確かにもっと嫌な顔をしている。しかし、ネネが一歩も引かない。

「そうと言わずに、いさせてあげようよ」

「ここはあたしのライブハウスだから、あたしが決めるの」


 ライブハウス? ここはそう言う場所なんだ。

 コンクリートの無機質な壁と、いくつかの机といす、そしてイロハの立っている奥のほうには一段高くなっているところがある。


「えー? おねがい。寧々このままじゃ心配で夜寝れないよ」

「だめ!」

 さらに強い言葉でイロハが否定する。するとネネがイロハの腕をつかんでブンブン揺らす。

「おねがいだよ。あっ! そうだ、バイトって形でさ!」

「だから……」

 だんだんイロハの顔が苦しくなってくる。矢継ぎ早にネネはしゃべっている。そして最後、決め台詞のように首をかしげて言った。

「おねがい」

「わかったよ」

 ついにイロハが折れた。

「やった! よかったね!」

「う、うん」

 ……すごいな、この子。


 ネネのおかげでここにいさせてもらえることになって、次の日私は頼まれていた掃除を終わらせ暇な時間を過ごしていた。


 夕方になって、バンと勢いよく扉が開かれた。そこには制服姿のネネとイロハがいた。

「ただいま!」

 ネネが大きな声で私に向かって言った。相変わらずのテンションの高さである。

「あんたの家じゃないでしょ」

 あきれたようにイロハがネネの後ろについていきながら言う。


「じゃあやるよ」

 イロハがそう宣言したけれど、なんのことがよくわからなかった。

「何ボサッとしてんの。バイトするんでしょ」

 ボサッと…… おもしろい音だな、なんて思っているとネネが私の顔をのぞきこんで言った。

「わかんないことがあったら全部聞いてね。寧々がミアっちに教えてあげる! ようこそライブハウス『ダイアモンド』へ!」

 誇らしげに胸を叩いた。

 ……ミアっち。

「あんたも始めたの最近でしょ」

「ギクッ」

 イロハの指摘は鋭かったようだ。


 それから一時間後、人がぞろぞろと入ってきて気がつけば満員になっていた。

 私とネネが飲み物を用意したり、洗い物をしたりと忙しくしていると、エレキギターの音がジャーンと会場中に響き渡った。


「今日は来てくれてありがとうございます!盛り上がっていきましょう!」

 ほとんど絶叫に近いマイクをもった男の声に観客は今までにない勢いで反応する。


 ドーンと空気のかたまりが押し寄せると同時に彼らの演奏は始まった。ボーカルの熱意が伝わる歌声を聞きながら私たちは仕事を続ける。


 曲が間奏に入ると、エレキギターが空間を切り裂くように激しくかき鳴らされた。私は思わず彼を見ていた。この音が私はお気に入りなのかもしれない。


 隣にいたネネが話しかけてくる。

「気になっちゃう? やっぱ気になっちゃうよね~。あの人たち大手のスカウトに目が留まって今度メジャーデビューするらしいよ」


 メジャーデビューがどういったものかはわからないけれど、ギュイン、ギュインとなるギターの音に私は聞き入っていた。尻尾も反応してる。


「こら、仕事する!」

「「イタ!」」

 突然頭を襲ってきたイロハのチョップに私とネネは同時に反応した。


「えっ? 今あたし頭叩かれたんだけど。えっ? ひどくない?」

「仕事しないならクビにするよ」

「あ! 職権濫用だ!」

「うるさい!」


 隣で二人が言い合いをしていると、目の前にすっと男が来て飲み物を頼んだ。

「あっ! 山下さん」

 さっきまでとは違うフワッとした柔らかい声色でイロハが男に声をかける。


「何をのまれますか?」

「今日はウーロン茶でいいや」

「わかりました」

 それから二人は会話を続けて、それを横目に私は仕事をする。


「聞きましたよ。水上さんとご結婚されるんですね」

「ああ、そのはずだっんだよ」

「え?」

「僕は沙穂ともう結婚できないんだ!」

 男は机に両拳をドンと打ち付けた。

 ウソ、泣いてるよ。

「この人ほんとにお酒のんでないの?」

 ネネがあきれたように呟いた。

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