第三章「砂漠のドラゴン編」第5話「激突」

魔王の復活から、およそ一ヶ月の月日が流れた。あれから依然として魔物たちの動向はなく、暫定王国パンテラでは、着々と外壁の強化や避難民保護区が作られていった。

魔物の襲撃にいくつかの集落も襲われたが、周辺でまだ生き残っている住民たちも避難させたのである。

ハイエルフのヴェダーは、ガラと共にペガサスでサーティマへ偵察へ向かった。


「こちら偵察隊、聞こえるか?」


ヴェダーは、かつて魔導士たちが使っていた古代魔導の遺物で、遠くからでも会話が出来る「トレモラーム」という装置を持っていた。

ボンジオビが、魔導士以外の人間でも使えるように、改良したのである。

装置からボンジオビの声がする。


《よく聞こえるぞ。だが、あまり使い過ぎるなよ。僅かだが使用者の霊力を使っているのだからな》


ヴェダーはそれに答える。


「了解。これよりクローサー城付近に着く」


ガラとヴェダーはそれぞれペガサスを操り、クローサー城の上空を旋回した。


「まったくもぬけの殻だな。魔物どころか、生き物自体一匹もおらん」


ガラがそう言うと、ヴェダーが答えた。


「ああ、だが油断するなよ。俺たちは4要素の民のうちの二つなんだからな、俺らがいなくなったら、魔王封印が遠のいてしまう」


二人は、まず城下町に降り立ち、街の様子を探ることにした。


昼間であったが薄暗く、街の中は一人も居なかった。野良猫や野良犬、鳥のさえずりすらなく、街は静まり返っていた。街並みは崩れた建物、崩れた石畳の道のあちこちから雑草が生え、瓦礫が散乱していた。クローサー城の城壁から吹き荒ぶ風がただビューと不気味な音を立てていた。


「なぁ、ガラ…」


ヴェダーは、街の家屋や店の中を覗きながら、ガラに話しかけた。


「あ?何だ?何か見つかったのか?」


「お前、セレナと付き合ってんのか?」


ガラは、突然予想だにしない質問に、思わず、ヴェダーの方を振り向いた。


「は?な、何言ってんだお前!」


ヴェダーは、言葉を続けた。


「ハッキリ言うが、俺はあの子に惚れた。ルカサ(トトの首都)評議会で、あの子を見た瞬間、こう、胸にグサっと刺さるのが分かったんだ」


アマダーンの策略により、ガラたちが一時トト評議会に捕えられ、尋問を受けた時である。


「俺は既に100年ほど生きているが、あんなに美しい女に会ったことはない」


「女っていうか、ドラゴンだがな」


ガラの鋭い指摘にも怯むことのないヴェダーは、至って真剣な目付きであった。


「ガラよ、正直に答えてくれ!お前とあの子は愛し合っているのか?」


ガラは少し黙って考えた。

ヴェダーは、真剣な眼差しでガラを見つめている。


「な、なぁ、どうなんだ?」


「べ、別にそういう仲じゃねえよ」


ガラは、キッとヴェダーを睨みつけた。


「お前、まさかこの話をする為にわざわざ俺を偵察隊に選んだのか?」


ヴェダーはキリッとした表情で答えた。


「ああ!その通りだ!だがこうでもしないと、こんなことあの場では聞けんだろう!」


ガラは手を目に当てて上を向いた。


「呆れた野郎だ!こんな一大事に…」


ヴェダーは怯まずにガラに尋ねた。


「だが、あの子がお前を見る目、経験上よく分かるぞ、あれは『恋する乙女の目』だ!」


ガラはヴェダーを無視しながら家屋を調べ始めた。


「な、なあ、ガラよ!あの子はお前に惚れている。それをお前は、分かってんのか?」


「…」


ガラは無視を続けている。


「俺が奪っていいか?」


ガラはピタッと動きを止めた。


「…ああ、奪えるもんならな」


ヴェダーは眉をしかめた。


「な、何だそりゃ!お前!何でそんなに余裕たっぷりなんだ?」



「うるせえな、何しに来たんだよ!偵察しに来たんじゃねえのか?」


二人はクローサー城の近くまで来た。

ヴェダーは、まだガラに質問をしている。


「…キスしたのか?」


ガラは、パンテラの地下道を走り、魔導士の追っ手から逃げていた時を思い出した。

川の土手に出てドラゴンに変身する際、思念で会話が出来るようにセレナがガラに口付けをしたのであった。


「ああ、したよ」


「なっ!貴様!」


ヴェダーは、激しく憤っている。


ガラは、少しいたずらな表情を浮かべた。


「俺と一生一緒に居たいんだとよ…」


サーティ平原で遊牧民に捕まった時、セレナはガラへの思いをぶつけていたのであった。


ヴェダーはカッとなって、トレモラームを地面に投げ付けた。


「っざけんな!チキショウ!!」


ガラは慌てた。


「おい!馬鹿!壊すな!」


ヴェダーはトレモラームを拾い、話し出した。


「ヴェダーだ。聞こえるか?」


《うん?どうした。少し聞き取りにくくなってるが、何とか分かるぞ》


「これから、城内を見回る」


装置を再び懐にしまい、ヴェダーは、ガラを睨みつけた。


「心配するな。まだ使えるぞ!…ガラよ!俺は決めたぞ!必ずあの子を、セレナを俺のものにしてみせる!」


ガラは、やれやれという表情で、城の中に入ろうとした。


その時であった。


崩れた城壁の内側からバッと何か大きな影が飛び出してきた。


「!?」


ガラはとっさに剣を引き抜き、上を見上げた。


「きぇぇーっ!!」


叫び声と共に、その影は突然ガラに襲いかかってきた。

ガキン!と剣がぶつかる音が響く。

そして、その影は素早く後ろに飛び、ずざっと地面に降り立った。


「魔物か!?」


ヴェダーも剣を抜き、ガラの方へ駆け寄る。


それは、城壁の影でよく見えなかったが、こちらにゆっくりと近付いてくる。次第に陽の光照らされると、その姿がはっきりと見えてきた。

それは、ウェアキャット(猫型獣人)の女戦士であった。

全身が猫のような茶トラの毛皮で覆われているが、姿形は人間の女性のように曲線美を描いている。長い尻尾がゆらゆらと揺れ、顔付きも、ちょうど人間と猫の合いの子のようであり、青く美しい瞳に、猫のようなヒゲを生やしている。

その女は鋼の胸当てを付け、両手に短剣を持ち、構えていた。


ガラは、剣を構えていたが、ウェアキャットの女は、何かに気付いたようだ。


「ん?ガラ?…お前ガラか?」


ガラはどこか懐かしい声を聴いた気がしたのである。


「ん?…あ、その声はフリンか!?」


ウェアキャットは、その声を聴いた途端、双剣を捨て、ガラに抱きついてきた。


「ガラ!久しぶりだな!会いたかった〜!!」


ガラは驚いて慌てた。


「うおっ!フリン!お前、一体ここで何してんだ!?」


彼女は、勇者英雄隊の一人、フリンであった。

クァン・トゥー王国の命により、最近力を増してきた北方の遊牧民討伐へと出掛けていたのである。見事遊牧民を退けた後、クァン・トゥーへ戻ったらこの有様であったという訳である。


「ガラ!一体何がどうなってるんだか、こっちが知りたいよ!チドと二人でクァン・トゥーに戻って来たら、街は空っぽ!何もない!あたいは夢でも見てるのかと思って、べそかきながらここを彷徨ってたのさ!」


フリンの様子を見て、ヴェダーは、わなわなと体が震え出した。


「ん?ガラ、何だこのエルフ」


フリンはガラに抱きつきながらヴェダーを指差した。


「ああ、こいつはトトからやってきたヴェダーだ。いい加減離れろって!」


ヴェダーは、ガラを睨みつけ、言った。


「おいおいおい、何だこの可愛い子猫ちゃんは…お前…なるほど…そういうことか…この子猫ちゃんが居るのを黙ってて、あの子をたぶらかしていたと言う訳か…!!」


ガラは呆れた顔で言った。


「あのな、こいつは元同僚だ。クァン・トゥーの勇者英雄隊だよ」


フリンはヴェダーを指差しながら言った。


「子猫ちゃんじゃない!あたいはフリンだ!お前、

ガラをいじめると、この鋭い爪で引っ掻くぞ!」


ヴェダーは、改めてフリンをマジマジと見つめた。


「なんと美しいウェアキャットだ…こんな美しいウェアキャットは、100年間今の今まで見たことがない…」


フリンは、ヴェダーの言葉に驚いて顔を真っ赤にした。


「ふ、ふえぇ?あ、あたいが美しいだって?……な、なんか、照れる!」


フリンはガラの陰に隠れたが、尻尾が物凄い勢いで動いて、ガラの体にバシバシと当たっている。


「おい、ガラよ。お前は、そこ子猫ちゃんとセレナ、どっちを取るのだ?」


ヴェダーは、ガラの顔をビシッと指差しながら言った。


「…どっちっつったってな…どっちも、俺のもんじゃねぇし…」


フリンはガラの後ろからヴェダーに向けてこう叫んだ。


「また子猫ちゃんて言った!ふんぬー!あたいはガラのもんだもん!」


そう言うとフリンはガラに体を擦り付けた。

そして、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。


「おい!猫みてえなことすんな!ったく、何年も会ってなかったのに、全然変わってねえなお前は!」


ガラはフリンの首の後ろを掴んで、グイッと持ち上げた。フリンは手とくるっと丸め、膝も丸めている。


「な〜ご…」


その様子を見て(ほとんど、猫じゃないか…)と、ヴェダーは思った。


その時、城の奥から大きな足音が聞こえて来たのである。人間にしては大き過ぎる、ガラはサイクロプス級の巨人が来たと、焦りながら剣を抜いた。


「あ!チドが来た!おーい!」


フリンは、ガラの後ろからぴょんと飛び、城壁の向こうへすたっと降りた。とんでもない跳躍力である。


すると、大きな影が現れた。それは、3メートルほどの巨大なウェアタイガー(虎型獣人)であった。

ウェアタイガーは、ポールアームという斧と槍が一体になったような長い肢の武器を肩に担いでおり、腰布を巻いている。よく見ると小さなメガネを掛けていた。


「な、なんだこのバケモンは!」


ヴェダーは剣を構え、震えた声を出した。


「やっぱりガラだ。何となく匂いで分かったよ。久しぶりだね!」


ウェアタイガーは穏やかに話し始めた。

その恐ろしい見た目とは裏腹な、何とも低く優しい声である。


「チド!お前も一緒だったか!久しぶりだな!」


ガラはそのウェアタイガーに抱き付いた。

ウェアタイガーは、ガラが見えなくなるくらい覆い被さるように抱きしめた。


「会いたかったよ、戦友!」


ヴェダーは、つぶやくように言った。


「こいつも英雄隊か…なるほど、世界最強と言われる訳だ…」



ガラは、今までの経緯をフリンとチドに伝えた。ヴェダーがなぜここにいるのかも。


「なるほど…それは大変だったね。で、アマンはまだ見つかってないの?」


フリンの問いかけにガラは無言で頷く。

チドは、ガラに城の中で凄いものを見たと、彼らを案内した。


「これだよ、これを見て!城がまるまる無くなって、そこにおっきな穴が空いてるんだ!」


ガラたちは、驚愕した。


クローサー城の中心部がそっくりそのまま消え去り、巨大な穴が出現していたのである。穴はとても深く、そこがまったく見えない。


「な、なんだこりゃ…!?城壁が高くて気が付かなかった…」


そして、チドは言った。


「僕は鼻がいいからよく分かるんだけど、この中、とても悪い臭いがするよ。たくさんの魔物の臭いが!」


ガラは、そっと穴の奥を覗き込んだー





ーガラたちがサーティマへ偵察に向かう少し前、セレナは一度コンパルサ(深淵なる森)へ戻ってみることにした。


懐かしい森の香り、動物たち、竜族の仲間たち。何一つ変わらない姿を見て、セレナは心が落ち着いた。

竜の洞窟の中で魔導士を打ち破り、老龍ヴァノの進言通り、ガラとドロレスと共にここを旅立ってから数ヶ月が経っていた。まだたったの数ヶ月であるが、彼女にとってこの数ヶ月間は、今まで生きてきた中でもっとも激しく、辛く、楽しい数ヶ月間であった。彼女の実感として何年も経ったような気さえしたのである。


洞窟の前には、ハーフドラゴンのジェズィが立ってセレナの帰りを待っていた。


「お帰りセレナ…」


セレナはジェズィと抱擁を交わし、洞窟の中へ入っていった。


洞窟の中では、オーブの近くでヴァノが眠っている。


セレナは、ヴァノの顔にキスをし、優しく抱きしめた。


「ただいまヴァノ…」


その時、ヴァノはゆっくりと目を開けた。


「セレナよ…愛しきわが一族…辛く悲しい旅であったな…」


セレナは、ううんと首を振った。


「ヴァノの願い、エルフの竜は一人救えなかったけど、私は沢山の仲間に出会えた。悲しいけれど、何だかとても楽しかったよ…」


ヴァノは、ゆっくりと答えた。


「魔王は…やはり目覚めてしまったようだな…」


セレナはヴァノを見つめて、真剣な顔になった。


「ヴァノ、私たちはどうなるの?このまま滅びてしまうの?」


「…セレナよ…それは、お前が決めるのだ。滅ぶか滅びないかではなく…必ず勝たねばならない…」


セレナは涙ぐみ、語気を荒げた。


「あの勇者だって、叶わなかったんだ。私に勝てる訳ない!」


ヴァノは、ゆっくり目を閉じて言った。


「…この世は、正義と魔との永遠の闘争なのだ…ゆえに、我々は勝ち続けなければいけない…

お前が、出会った仲間たちと団結し…智慧を出し…決して諦めることなく…戦い続けるのだ…」


セレナは、ヴァノからまさに厳愛の言葉を受け取り、涙が止まらなかった。セレナ自身が、心のどこかにヴァノに頼ろうとしている心を見透かされたようであった。


ヴァノは、自身の命がもう尽きようとしてることを知っていた。これから先は、次の者たちが何とかしなければならない。ヴァノは、セレナに後を託すしかなかったのである。


「セレナよ…お前も気付いているだろうが…我はもう長くない…おそらく、これが最期となろう…」


セレナは泣きじゃくった。

肩を震わせ、ヴァノの顔にたくさん涙の粒を落とした。生まれた頃から当たり前のように、自分や森や、皆を見守り続けていた存在が、今まさに命尽きようとしているのである。


ジェズィはセレナの肩に手を置いた。


セレナは、涙を拭い、ジェズィにこくりと頷いた。そして、すっとヴァノから離れた。


ヴァノはゆっくりと再び眠りについた。おそらくこれが最後の眠りであろう。


「ヴァノ…今まで本当にありがとう…」


セレナは目を閉じた。深く深呼吸すると、目を開いた。それはまさに、ドラゴンの少女が、自分自身の力で立ち上がる決意を込めた眼差しであった。


ジェズィは、セレナに竜草がたくさん入った袋を手渡した。


「セレナ、どうかお前の未来に祝福を…」


その時、遠くの方でゴゴゴと大きな地響きのような音がしたのである。


セレナはジェズィの目を見つめ、言った。


「行かないと!」


ジェズィは、こくりと頷き、セレナを送り出した。


竜の少女は、ドラゴンの姿へと変身し、また空に向けて飛び立った。

その姿は、以前の彼女とは違い、勇ましく、そして力強かった。



ーガラは、クローサー城があったであろう場所に大きく開いた穴を覗き込んだ。


「うん?なんだか奥の方が赤く光ってないか?」


その時である。


ゴゴゴという地響きが鳴り響き、地面が揺れ出したのである。


「あれを見てみろ!」


ヴェダーは穴の奥を指差した。すると、穴の奥から赤い光がどんどん強くなり、中から魔物たちが這い出ようと穴を登ってきているのが分かった。


「まずい!どんどん出てくるぞ!」


ヴェダーは、すぐさま口笛でペガサスを呼び、飛び乗った。

ガラも急いでそれに乗り、フリンもペガサスに乗せた。チドは叫んだ。


「クワンカ!」


遠くからとてつもなく大きなビッグホーンが走ってきた。口には、手綱を付けている。チドはそのビッグホーンにまたがった。


「チド!パンテラに迎え!そこで会おう!」


ドドドという足音と共に、チドはビッグホーン「クワンカ」に乗り、勢いよく飛び出した、


「出てきた!魔物が出てきたぞ!防衛体制を敷け!」


ヴェダーがトレモラームで指示を出す。


《な、何だと!いよいよ来やがったか!分かった!お前たちも早く戻ってこいよ!》


トレモラームをしまい、ヴェダーは手綱を取り、さらにスピードを上げた。


一方、パンテラでは、ヴェダーの一報を受け、急ピッチで防衛体制を整えだした。兵士、魔導士、エルフたちは、それぞれ持ち場に着き、魔物の襲来に備えたのである。


ドロレスが、空を指差し、叫んだ。


「セレナだ!戻ってきた!」


セレナがパンテラに降り立った。ドロレスは、セレナに駆け寄り、服や武器を渡した。


「セレナ、とうとう来たよ!魔物の軍勢が!」


セレナは力強く頷き、武器を手にした。


「ガラは?」


セレナが尋ねると、ドロレスはそろそろ着く頃だと伝えた。


「来た!ガラたちだ!」


ガラとヴェダーのペガサスが、降り立った。セレナは、ガラと一緒にペガサスに乗っているウェアキャットに気が付いた。


「ガラ!その人は?」


ガラは答えた。


「こいつは、英雄隊のフリンだ。クローサー城で会った」


セレナとフリンは数秒間見つめ合った。セレナはニコッと笑い、手を差し伸べた。


「私はセレナ。よろしくフリン!」


「よろしくセレナ…」


フリンは、セレナと握手を交わした。


門番が叫ぶ。


「チド様だ!英雄隊のチド様がやってきたぞ!」


門を開けた途端、巨大なビッグホーンに乗った巨大なウェアタイガーが現れた。


それを見た住民は驚き、泣き叫んだ者もいたが、あれは味方だとヴェダーが伝えた。


「こいつらが噂の英雄隊か…」


ドロレスは、ニヤリと笑い、その姿を見ていた。

そして、トレモラームを持ち、話し始めた。


「よし、皆帰ってきたな!いよいよ奴らが来るよ!各部隊、持ち場に着け!準備はいいか?」


各部隊から通信が入る。


《こちら、歩兵隊問題なし!》


《同じく魔導士部隊、大丈夫だ!》


《ペガサス騎馬隊、配置に着いたぞ!》


「マコト?そちらはどうだ?」


《上空にてエズィールと旋回中、今のところ、動きはないようですぞ!》


ガラは、その様子を見て思った。

何と頼もしい連中であろうかと。ついこの間まで歪み合っていたような人間たちが、互いに手を取り合い、団結しているのである。

まさかこんな日が来るとは思ってもいなかったが、それが今、厳然たる事実として起こっているのである。

ガラはこの戦いは、必ず勝たねばならないと身を引き締めるのであった。


その時、ドロレスのトレモラームに、マコトの叫ぶ声が聞こえてきた。


《来た!魔物を確認した!北東の方角だ!とんでもない数の魔物がすぐそこまで迫って来てるぞ!》


その一報を受け、全員固唾を飲んで備えた。


マコトは、魔物たちが一定の距離に近付くまで、エズィールに乗り上空に待機している。


パンテラの外壁の外側には、何本か大きな鉄の柱が立っている。その先は細く尖っていおり、ある一定の距離を保ちながら規則正しく並んでいるのであった。


そして地響きと共に、魔物たちが物凄い勢いで迫って来た。とんでもない数である。魔王が出現した直後のものとは比較にならないほどの数であった。


先程の鉄塔周辺にも魔物たちが集まって来た。


それを確認したマコトは、2本の指を眉間の前に立たせ、叫んだ。


「雷鳴よ!怒り轟け!」


その瞬間、上空から無数の稲妻が走り、鉄塔に落ちたのである。


ズドドドン!という大きな音とともに、稲妻が鉄塔を伝い、地面に走った。

周囲にいた魔物たちは、一斉に悶えながら倒れた。


そして、マコトはさらに目を閉じて神経を集中させた。


また向こうの方から魔物たちが、鉄塔付近に近付いては、さらに雷の一撃を落としていくのである。マコトはそれを数回繰り返した。


おびただしい数の魔物が倒れていく。


《まこちょん!さすがだな!今ので大分削れたんじゃないか?》


ドロレスの通信に、マコトが答える。


「かなりの数はやったが、まだまだやってくるぞ!拙者はひとまず退却する!」


エズィールに乗ったマコトは、胸を押さえながら、苦悶の表情を浮かべた。


「マコトよ。よくやったぞ!お前の術は素晴らしい。後はペガサス隊に任せるのだ!」


エズィールはマコトを讃え、街の中へと降ろした。


しかしさらに魔物の軍勢は、次から次へと押し寄せてくる。


外壁上空にペガサス騎馬隊が現れた。

騎馬隊は空から風の魔法“フライヴィ“を放った。別名「風の刃」とも呼ばれ、真空の刃を作り出し、対象をズタズタに切り刻むのである。


地上の魔物たちは、風の魔法で、体を切り刻まれて倒れていく。


その時、空から凄まじい金切り声と共に、魔物が飛んできて、ペガサスに襲いかかった。


羽毛に覆われ、身体は蛇の様に長く、大きな翼を羽ばたかせていた。

ケツァルコアトルである。


「ぐあっ!」


ペガサス隊の一人が、噛まれ落ちていった。


すぐさま、周りから援護射撃を受け、ケツァルコアトルの全身が切り刻まれていった。


さらに空からはケツァルコアトルに加え、コカトリスなども、襲いかかってきた。

しかし、セレナが炎の息で応戦する。


地上の魔物たちの構成は、小さいものはゴブリンからトロル、スケルトン、大きなものでは、バジリスクやサイクロプスなど、地上では見たことのない、伝説や昔話にしか存在しないとされていた魔物ばかりであった。


迎え打つのはサンボラ率いる魔導士部隊、チド、ガラ、ドロレス、フリンが率いる歩兵部隊である。


ガラはファズと剣劇を駆使し、次から次へと魔物を切り刻んでいく。

ドロレスは、お得意のロイヤル・ハントで一気に魔物たちを一掃する。

素早い魔物たちも、フリンのスピードには敵わない。舞を舞う様に双剣であっという間に魔物の死体の山を築く。

チドは巨人にも怯むことなく、ポールアームを振り回し、吹っ飛ばしていく。

各自がそれぞれの得意な戦い方で、魔物たちを一掃していくのであった。



そして、彼らは己の限界まで戦いを繰り広げ、またしても魔物の軍勢を退けることに成功したのである。


魔王復活より、人類との最初の激突である。

人々は、これを「パンテラの戦い」と呼び、後世まで語り継いでいくのであった。

(魔王生誕の歴史より)

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