第一章「老龍編」第6話「満月の夜に」

満月が夜空に浮かび上がり、月明かりが“深淵なる森“を照らす。

東の空から物凄い速さで、大きな影がやってきて月明かりを一瞬遮る。


「グオオーーン!!」


その咆哮は、まさに“悪“に対しての“怒り“であった。

竜の女が生まれて初めて知った、人間の“善“に対する悪への“反撃“であった。

「私の大好きなものを壊すな」という少女の心の中からの叫びであった。


魔導士トーレスは、洞窟の上部の入り口に目をやった。


「ちっ!サンボラめ!しくじったな!!」


両手にガラとドロレスを抱えたドラゴンは、洞窟の上部から老龍の目の前に降り立った。


ガラとドロレスがさっと地面に降りる。


「あんたらの狙いは何だ!?神聖なものを踏み躙(にじ)ってまで得たいもんなのか!?」


ドロレスがバトルアックスの矛先をトーレスたちに向けた。


トーレスは、鼻で笑った。


「貴様らには分かるまい!我々の崇高な目的が!」


ガラはすぐに答えた。


「崇高だがなんだか知らんが、この俺を怒らせた罪はデカいぞ!」


ガラは名刀“メタリカ“を抜いた。

トーレスたちも詠唱を始めた。


「貴様らは、わが“ブラインド・ガーディアン“の真の平和への礎にしてやろう!」


トーレスたちは手をかざし、紫色のオーラをまとった。


「くらえっ!」


紫色の破壊光球“ディストーン”が一斉に放たれる。

ガラとドロレスはひらっとかわした。

ドラゴンのセレナは翼で掻き消し、トーレスに向けて火を吹いた。


「ちっ!」


トーレスは、横に飛んでかわす。

ガラたちに交わされたディストーンは、壁に衝突し爆発した。

洞窟内が爆発音で響き渡る。


「オーバードライブ!」


ガラは名刀メタリカに火をまとわせた。


「ロイヤル・ハント!」


ドロレスのバトルアックスが高速回転しながら魔導士たちを襲う。

魔導士たちはひらりと身をかわした。


「どうやら街にいた魔導士連中たちよりもできるじゃないか!」


ドロレスは回転しながら戻ってくるバトルアックスをキャッチした。

その時、ヴァノが再び動き出し、口から波動を放った。

コォーッという轟音と共にトーレスを襲うが、慌ててよける。

その一瞬の隙を突いて、セレナは尻尾を振り払い、トーレスに直撃させた。

トーレスは吹き飛んで壁に激突した。ドゴォン!という音共に、壁が崩れる。


「トーレス様!」


魔導士たちがトーレスの方を向いた瞬間、ガラは魔導士二人の間にすっと入った。


「よそ見してんじゃねえよ」


その瞬間ズバッと二人の魔導士を瞬時に焼き切った。

ドロレスもその一瞬の隙を逃さなかった。

魔導士たちに向け飛び上がり、斧を一閃。魔導士たちを真っ二つにした。


「よし!」


瞬く間の出来事であった。一瞬のうちに魔導士たちを撃退してしまったのだ。


「大したことない奴らだったな」


「ああ、だがオーブが何故必要なのか聞き出せなかった」


ドロレスは笑う。


「ははっ!確かにな!だがそれは後で考えよう。とりあえず守れたからよしとしよう!」


ヴァノは二人に語りかける。


「安心するにはまだ早いぞ…」


その時、セレナに吹き飛ばされたトーレスは、瓦礫の中からゆっくり立ち上がった。


「…古代魔導王朝をご存知かな?」


「ほう!あんた意外としぶといんだな!」


ドロレスは両手を腰に置きながら言う。

トーレスはゆっくりと話し出した。


「今の世界が始まる前に、実に1000年もの歴史を刻んだ偉大なる魔導王朝“ヴィルト“。我々は日夜その文明の文化、技術、哲学、様々な分野に至るまで研究を重ねている…」


「なにを喋ってる?」


ガラは怪訝な顔でトーレスを睨みつけている。


「様々な発見や驚きの連続なのだよ。今の世界があっと驚くほどの高い水準の文明だったのだ」


トーレスはゆっくり歩き出した。


「アングラ様は、この高い水準の文明を今の世の中に甦らせさえすれば、素晴らしい理想郷を築くことが出来るとお考えなのだ…」


「君らももうウンザリだろう?戦争や飢餓、疫病、そして異常気象や自然災害などなど」


セレナはドラゴンの姿でトーレスを睨みつけている。


「それらありとあらゆる人類に対しての課題を乗り越える術が、古代の帝国には存在したのだ!」


「ふーん。で、オーブを使って何をする気なんだ?」


ドロレスがそっけなく聞く。

トーレスは不気味な笑みを浮かべて言った。


「このオーブは、世界の均衡を保つとされている。それはドラゴンの霊力によってのみ、能力を発揮する。…そう言い伝えられてきた。しかし、我々の研究によれば、さらに、素晴らしい効果を発揮出来ることが分かったのだ!」


「ほーう。そらなんだ?」


ガラに対して目を向けるトーレス。


「すなわち、人心だよ。人々の生み出す憎悪、エゴ、怠惰。それらを抑制することが出来るのだ!素晴らしいとは思わないか?」


ドロレスは言った。


「たしかに、それが実現したら平和な世の中になるかもな!だが、あたしはごめんだ。人の心の中をコントロールするって?気持ち悪くてしょうがないね!」


ガラは言う。


「俺は、かつて勇者と共に様々な戦争に参加してきた。あんたの言うことも一理あるな。人間なんざ、憎悪と報復の連鎖から抜け出せやしないんだ…」


トーレスは両手を広げガラに言った。


「おお…炎のガラよ。お前なら分かってくれると思ってたぞ!」


だがガラは声を張り上げた。


「だがな、お前らのやり方は気に食わねえ!お前らの“平和“とやらのために、他の人間やドラゴンを犠牲にするってこと自体がエゴの塊じゃねえか。クソ矛盾してるぞ!」


トーレスは顔を強張らせた。


「…実に残念だよ。我らの理想こそが人類の希望であるのに。やはり、貴様らは人類にとって邪魔な存在なのだ。それは排除せねばならない…」


ドロレスは呆れた感じで言う。


「はっ!お前分かってんのか?まわりを見てみろよ!追い詰められてんのはお前だぞ?」


その時、セレナが思念でガラたちに話しかけた。


《気を付けて!こいつ何か隠してる!》


トーレスは懐から何かを取り出した。何やら先が尖った棒のような物だ。


「これを使うと、二度と元には戻れない。最後の手段だったのだが、俺はアングラ様の理想の為に、この身を捨てると今宣言しよう!」


トーレスは手に持っていた棒を自分の首元に突き刺した。するとトーレスの体が激しく震え出した。


「グググゴゴゴ…」


ガラとドロレスは身構える。


「一体何をした?」


すると突然、トーレスの背中から2本の腕が飛び出し、足の付け根からもさらに2本の足が飛び出したのである。そしてさらに体がみるみる巨大化していく…


「グボァッ…!」


なんと、トーレスは巨大な大蜘蛛へと変身してしまった。


「キキキキ…!」


不気味なに鳴き声をあげる大蜘蛛の怪物を見て、ドロレスは身の毛がよだった。


「うげげっ!気持ち悪い!あたしは蜘蛛が苦手なんだ!」


ガラは身構えた。


「来るぞ!」


大蜘蛛は、ガサガサっと足を動かしながら、物凄い速さでガラたちに向かってきた。

ドロレスは、バトルアックスを深く構える。


「真っ二つにしてやる!」


次の瞬間、大蜘蛛は紫色の液体をドロレスに向かって飛ばした。そしてドロレスの体にかかった。


「うっ!何だこれは!」


するとドロレスの顔は真っ青になり、ガタガタと体が震え出したのである。そして膝を付き、激しく嘔吐した。


「くそっ!毒だ。くらっちまった!」


ガラは大蜘蛛に突進した。


「この野郎!」


大蜘蛛は、目にも止まらなぬ速さでガラの剣を交わした。


「は、速い!」


次の瞬間、大蜘蛛はガラの背後に回った。


《危ない!》


セレナが思念でガラに伝えたが次の瞬間、ズンと大蜘蛛の爪がガラの背中を突き刺した。


「グハッ!」


ガラは血を吐いて倒れた。

そして、ドロレスも倒れてしまった。

セレナはすぐに大蜘蛛に向けて火を吹くが、大蜘蛛はひょいとジャンプし交わした。そして、ひょいとジャンプし、天井にくっ付いた。


《速すぎる!》


ヴァノは口を開けて波動を出そうとするが、波動は放たれなかった。老龍はそのまま力尽きて倒れてしまった。ズズーンという音が洞窟に響き渡る。


《ヴァノ!》


その瞬間、大蜘蛛は尻をセレナに向けると、ビューッと勢いよく糸を放出し、セレナに巻き付かせた。


《し、しまった!》


セレナはバランスを崩して倒れ込んだ。糸は見た目より強靭で、セレナがもがいても外せない。

あっという間に、形勢は逆転し、ガラたちは万事休すとなってしまった。


「な、なんてこった…」


ドロレスは体を震わせ、地面に顔を付けながら悔しがった。目は虚ろな状態である。

大蜘蛛トーレスは「キキキキ…」と不気味な音を立てながら、オーブに近付いていく。


その時であった。


大蜘蛛の背後から、一つの影が飛び出した。

ハーフドラゴンのジェズィである。彼は雄叫びを上げながら、槍を大蜘蛛の背中に突き刺した。


「グオオ!」


大蜘蛛はもがき苦しんだ。

ジェズィは、すぐさまドロレスを起こし、ガラの元へ行く。ガラはかろうじて息があった。


「か、鞄を…」


ガラはジェズィに道具の入っている鞄を持ってくるよう伝えた。


「これかい?」


ガラはジェズィにマリル特製ドリンクを持たせ、ドロレスに飲ませるよう指示した。

しかし、ドロレスは、意識が朦朧としている為、彼女の頭を抱えて口に流し込んだ。

その時、ドロレスの目がパッと開き、意識が戻ったのである。少し、咳き込んだ後、ドロレスはスッと立ち上がった。


「うおお!な、何だこの飲み物は?力が漲ってくるぞ!」


ドロレスは鞄の中からもう一本の特製ドリンクを取り出し、今度は彼女がガラに飲ませた。

ガラはヨロヨロと立ち上がった。

ドロレスは、すぐにマントを破り、ガラの背中をギュッと縛り止血した。


「はぁはぁ…やばかった。こいつ、まさか変身するとは…」


ドロレスは、その時、鞄の中からシュリケンを取り出した。


「何だこりゃ?」


ガラはドロレスに言った。


「それはドワーフの鍛冶屋にもらった道具だ。投げ付けて使うんだが、あいつには効きそうにもないな…ましてや、当たるかどうか…」


ドロレスはシュリケンを持ち眺めると、何やらピンときたようだ。


「よう!ハーフドラゴンの兄ちゃん!さっきはありがとな!ちょっとだけ時間稼ぎ出来るか?ガラと二人で」


ジェズィは、こくりと頷くと、ドロレスからバトルアックスを受け取った。


その時、大蜘蛛は背中に突き刺さっている槍を自らの足でグイグイと引き抜き、バキッと折って投げ捨てた。

そしえ再び不気味な音を立てて、ガラたちに近寄ってきたのである。


「次はもう食らわねえぞ…」


ガラはもう一度オーバードライブを発動させ、“メタリカ“に火をまとわせた。ジェズィはバトルアックスを構えた。

その時、バッと大蜘蛛がガラに向かって飛んで来た。しかし、ガラは大蜘蛛が接近してくる直前で手から光球を放った。


「ファズ!」


バーンという音と共に、大蜘蛛の目元で閃光と爆発が起きる。大蜘蛛は驚いてバタバタと転げ回った。その隙を逃さず、ガラはすぐさまサッと大蜘蛛の足を一本切断した。


「ギャース!」


そしてジェズィがアックスで切り掛かろうとしたが、間一髪で大蜘蛛が横に飛んでかわした。


「さっきより動きが鈍くなってるぞ!」

「いける!」


二人が攻防を繰り返している間、ドロレスは、シュリケンを二、三枚手に持ち、セレナの元へ近付いた。


「ロイヤル・ハント…」


ドロレスがそう呟くと、シュリケンは、高速で回転しながら、セレナの周りを飛び回った。


「よ〜し、いいぞ!」


ドロレスは両手をかざして集中した。彼女の指の動きに合わせて、シュリケンは高速で回転しながらセレナのまわりをぐるぐると回りながら、スパスパと糸を切っていく。

そして、セレナは糸から解放され、体制を立て直すことが出来た。


「よし!やったぞ!」


その時、大蜘蛛の足がジェズィに命中し、ジェズィを吹っ飛ばした。


「ぐあっ!」


すかさずセレナが参戦し、ガラと二人で大蜘蛛を攻撃した。

しかし、動きが衰えたとはいえ、ガラの剣は大蜘蛛を掠(かす)るのがやっとであった。セレナは火を吹くがやはり避けられてしまう。


ドロレスは、ジェズィの元に駆け寄った。


「大丈夫か!あんたよく頑張ったよ!ちょいとそこで休んでな!」


ドロレスはジェズィから再びバトルアックスを受け取ると、ガラたちの方へと向かった。


「うおお!」


ガラは必死で大蜘蛛の爪を交わしているが、背中の傷がひびいて、次第に動きが遅くなってきていた。すると、とうとう膝がガクッと落ちてしまったのである。そして、その隙にまたしても大蜘蛛の爪が襲いかかった。


「危ない!」


ドロレスはガラの目の前に飛び込み、ガラに当たる直前で、大蜘蛛の挟撃をバトルアックスで防いだ。

ガーン!という音と共に、二人は後ろに吹き飛んだ。


「ぐあっ!なんて力だ!」


そしてセレナがすぐさま大蜘蛛に飛び掛かる。

次は、セレナと大蜘蛛が激しく撃ち合い始めた。


その時、ガラは倒れ込んだまま、ドロレスにボソボソと何やら話し出した。

ドロレスは、こくりと頷くと、次の瞬間、大蜘蛛とは対角線の洞窟の隅へ走り出した。


「!?」


大蜘蛛トーレスは、少し不思議に思ったが、セレナの攻撃に集中するしかなかった。


そして、ドロレスはある地点に止まり、地面を殴り、穴を開けた。

そして、また反対の壁沿いに走り出したのである。

その様子を見てガラはヨロヨロと起き上がり、ふうと一呼吸し、神経を集中させ、剣を地面に突き刺した。


「いいぞ…その調子だドロレス!」


その瞬間、大蜘蛛はまたしても糸を吐き、セレナに巻き付かせた。


「しまった!」


ドロレスは一瞬躊躇したが、そのまま、壁沿いに走り出した。


「間に合ってくれ!」


ガラはすかさず光球を放った、


「ファズ!」


しかし大蜘蛛はとっさに避けた。

そして、糸でぐるぐる巻きになったセレナを担ぎ、カタカタと歩き、天井にくっ付けた。

強靭な糸はドラゴンの重みでも取れないようだ。

セレナは逆さまになり、天井からぶら下がった状態になってしまった。

そして大蜘蛛は、くるっと振り向き、ガラに襲いかかってきた。


「くそっ!」


ガラは咄嗟に剣を抜き、大蜘蛛の爪撃を防いだ。

ガキーン!という音が響いた。


「さすが壊れねぇな!この剣は!」


ガラはすぐさまくるっと回転しながら、大蜘蛛の顔を斬りつけた。

シュバッという音と共に、大蜘蛛の顔横から血が吹き出た。


「ギャース!」


大蜘蛛は顔を押さえて悶絶した。

その時、ドロレスが叫んだ。


「ガラ!準備オッケーだ!」


ガラは頷き、再び剣を地面に突き刺した。

しかし、天井にセレナがくっ付いたままだ。

ガラは頭の中を急速に巡らした。


(どうする?セレナを助ける?大蜘蛛はドロレスに任すか?いや、ドロレスもやられてしまうかもしれん…)


ガラはドロレスに叫ぶ。


「ドロレス!大蜘蛛の動きを封じれるか?」


「なんとかやってやるさ!セレナはどうする?」


《私にダガーを投げて!》


その時、ガラとドロレスの頭の中にセレナの思念が聞こえた。


「ダガー?」

「鞄だ!」


ドロレスは鞄の中からトゥインゴからもらったダガー“スキッドロー“を取り出した。


《それを私の口に向けて投げて!》


セレナは逆さに吊るされ、顔だけが出ていた。

ドロレスは、すぐさまダガーをセレナに向けて放り投げた。ヒュルヒュルと回転しながらダガーはセレナの方へ飛んで行った。


ガチッ!


セレナは見事口でダガーを捉えた。

しかし、その時、大蜘蛛は再び体勢を整える始めた。それを見たドロレスは、再びバトルアックスを構えた。


「ちっ!そこで大人しくしてろ!」


セレナはすぐさま人間の姿に戻り、ぐるぐる巻きの糸をダガーで切り裂いた。

そして、そのままダガーを持ち、大蜘蛛の上に落下したのである。


グサッ!


ダガーが大蜘蛛の首元に突き刺さった。


「ギャッ!グエッ!グエッ!」


大蜘蛛はばたばたともがいていている。


「よし!セレナ!そのままこっちに来るんだ!」


ガラはセレナに呼び掛けた。


「ダメだ!ガラ!私が抑えてないと、また動き出す!」


セレナは足をバタバタさせている大蜘蛛を必死で抑えつけている。


「ドロレス!」


「任せろ!」


ドロレスがセレナの元へ駆け寄ろうしたその時であった。


グサッ!


大蜘蛛の爪がセレナに突き刺さった。


「ぐっ!」


セレナの口から血が垂れ落ちた。


「しまった!」


ドロレスは叫んだ。

しかし、大蜘蛛はさらにセレナに容赦なく爪を突き刺した。


グサッ!グサッ!グサッ!


「やめろおおお!!」


ガラは怒りに震え、ありったけの声で叫んだ。

そして大蜘蛛は、すかさず糸をセレナに巻き付け、自分の背中にそのままくっ付けた。


「ウゴクナ!ソレイジョウチカヅイタラ、コイツニトドメヲサスゾ!」


大蜘蛛トーレスは足の爪をセレナの喉元に当てがいながら叫んだ。

ドロレスは、ギリギリと歯を食いしばり、悔しさいっぱいの表情で立ち止まった。


「サガレ!」


大蜘蛛トーレスは、ドロレスに向かって叫んだ。

ドロレスはジリジリと後退した。

そして、ガラは地面に突き刺さっているメタリカを抜こうとした。


その時であった。


《ガラ!あの技を!ファイヤーハウスを撃って!》


セレナの思念が聞こえてきたのだ。

実際にセレナは大蜘蛛の背中に無造作ぐるぐる巻きにされていて、顔すら見えない状況であった。


「今撃ったらお前も…


《大丈夫!私のことは気にしないで!早く!》


「いや、ダメだ…今助けてやるから待ってろ!」


《ガラ!お願い!》


「黙れ!助けてやるって言ってんだ!」


《ダメだよ!もうこうするしかない!ガラ!分かってよ!》


ドロレスは、二人のやり取りを聞きながら、涙を流している。


「くそったれ!」


ガラは、剣を掴みながらしゃがみ込んだ。

彼の頭の中には、またしてもあの悪夢が蘇ってきた。

燃え盛る家々、逃げ惑う人々、腕の中で死にゆく愛しき妻ウラ。


ガラは呟いた。


「また…俺は…失っちまうのか…!」


ガラの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


《大丈夫だよガラ…私はもう十分生きた。最後にガラに色んな場所に連れて行ってもらって、本当に楽しかった…》


「くそぉ…くそぉ…」


ガラは涙で顔がぐしゃぐしゃになった。


すると大蜘蛛が叫んだ。


「キシシシ!オマエラ!ソノママニシテロヨ!オーブハモラッテイク!」


大蜘蛛は、足をカタカタ動かしながら、オーブへと歩き出した。


《撃って!ガラ!》


ガラは、立ち上がり叫んだ。



「ファイヤー・ハウス!!」



その瞬間、ドロレスが開けた四隅の穴の内側の地面が赤く光り出すと、巨大な火柱が上がった。そして、ドゴォーン!と物凄い爆音をあげ、洞窟の天井をすべて吹き飛ばしたのである。


「ぐあっ!こんなに凄いのか!」


ドロレスは、地面に伏せて避難した。


「なんだこの炎は!?」


ジェズィは、体を引きずりながら、その火柱を見つめた。


真っ赤に燃えた火柱はさらに大きくなっていく。


「うおおーっ!!」


ガラは最後の力を振り絞り叫んだ。


「オ…オ…オ…!」


大蜘蛛は焼き焦げ、消し飛んだ。



《ガラ…ありがとう…》



そして火柱は徐々に小さくなり、消えていった。


ガラは膝から崩れ落ちた。

ドロレスは、涙を流しながらガラを抱きしめた。


火柱が消え、天井は跡形もなく、ぽっかりと穴が空いた状態になっていた。


気付いたら満月はすっかり沈み、東の空が白み始めていた。

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