第14話 ダンジョンマスター

 元魔人であった人間達を簡易テント(魔物が近寄らないらしい)に横たえる鳥荷先輩の隣にも『ムラマサ』は鎮座していた。


「危なかったですね。このまま時間が経てばフェーズ2以上となり人間に戻すことは難しくなっていたでしょう。その上これだけの魔人が街を本格的に襲っていたら……」

「なあ」


 ぎょっとして鳥荷先輩が振り返る。


「もう戻ってもいいと話したはずですが……」

「いや帰るけどよ。でも流石に『不死』を目の当たりにするのは初めてでな。正直呆気に取られてた」

『私も貴方の機能には興味があります。有機生命体の細胞増殖による回復の範囲を大きく逸脱しています』


 鳥荷先輩の額は血だらけなのに傷が無い。先程まで脳天を刺されていたのにも関わらずだ。


 左腕も血痕が手首のところで途切れていて、『さっきまで千切れてたけど急に生えてきた』と雄弁に物語っている。


 衣服までは回復しないのかボロボロで、特に触り心地が良さそうな臍が丸出しになっていたので、俺は思わず顔をそむけた。しかし猫みたいな顔で鳥荷先輩に先回られ、白くて細い腰回りを見せびらかされる羽目になってしまった。


「んー? もしかして恥ずかしくて帰りたかったとか?」

『斗真様。今はシリアスな場面の筈です。空気読んでください』

「ごめん男子って皆こうなの! 女子のお腹に弱いの!」


 っていうか時折見せる、俺に気があるようなムーブしやがって。畜生騙されねえぞ! どうせ他の男子にも同じことをしてんだろ!


「ええ。私は死なないんです。『不死』に制限はありません。何万回ミンチになっても、ちゃんと五体満足で復活するのですよ」


 ムラマサが鞘に納まる音がした。この刀、持っているだけで致命傷の呪いを受けるんだよな。けれど彼女は『不死』故に死なないって事か。


 ……いや、痛みも走るんだよな。ムラマサの呪いって。

 

「あんた、そうやって一人で戦ってきたのか」

「はい。人類の天敵とは、私が最前線に立って戦い続けます。


 聖女みたいな事を恥ずかしげもなく言ってきた。自分の命に無関心な微笑のまま。


 死にながら生き続ける。怪物に何度も喰らわれながら、怪物を殺す。


 鳥荷先輩だけに許された、残機無限の使い方。


「そんなの、まるで兵器じゃないか」

「はい?」

「一つ教えて欲しいんだけどさ」


 腰に下げた『ムラマサ』に目を遣りながら、俺は続けた。


「……そんな生き方、?」


 その回答は得られなかった。彼女の声を掻き消すように、空間の軋む轟音がダンジョン全体に広がったからだ。


 世界が縮むようなこの感覚には身に覚えがある。あれは確かアダマンタイマイが出現した――。


「ゲートホール!?」


 黒色の魔法陣が混沌層への階段を塞ぐように展開され、六芒星の図形が歪んだ風景に置き換わる。繋がった空間からは凄まじい熱量が人の形して歩いてきた。


 人間ではない。魔人に近い。しかし異形とはいえ秩序だった外見だ。伝説上の龍を思わせる黒い鱗はいっそ刺青のように芸術ささえ感じた。アダマンタイマイに匹敵する鱗の鎧をまとった筋骨隆々の二足歩行が迫ってくる。


 魔物ほど獰猛ではなく。かといって人間ほど丁寧でもなく。


「……まだ深層なのに貴方が現れるとは思いませんでした。黒龍」

「我が配下の魔人たちが次々とやられたようでな。こちらから出向く甲斐もあるというものだ」


 あれがダンジョンマスター黒龍……っていうか当たり前のようにコミュニケーション取れたのね。

 

「貴様、純粋な人間ではないな?」


 もしかして強化人間エージェントって見抜かれてる?


 初手でそんな事を聞かれるとは思わなかった。ダンジョンマスターともなると多分色々分かるんだろうなぁ。


「ダンジョンマスター『黒龍』、お初にお目にかかります。私は政府より派遣された鳥荷汀衣と申します」

「ほう貴様が。武勇伝は我の耳にも入っておるぞ」


 鳥荷先輩が割って入ったおかげで余計な回答をせずに済んだ。


「単刀直入に申し上げます。これ以上の侵攻、並びに魔人化をおやめください」

「それは人間側からの最終通告か」

「はい。応じて頂けない場合、この場で貴方を殺害させていただきます」

「ならば貴様ごと人類は滅ぼす」


 即答。落ち着いた顔立ちをしているが、一方で全く嘘の気配はない。


 ……いや待て。普通にダンジョンマスターって人類滅ぼせるんかい。てか滅ぼすとか考えるんかい。


「何故『協定』を破って人類を滅ぼさんとするのです」

「協定を破ったのは貴様らだ」

「何の事です」

「知らぬとは言わせぬぞ。貴様らは我の『宝』を奪った」


 宝か。ダンジョンと言うくらいだし隠しアイテムでもあったのかな。というかよくよく考えたら魔物ってダンジョンマスターの持ち物だよな。魔物を倒されるのってダンジョンマスターからしたらそりゃ面白くないよな。


「否。知っていても変わらん。人間達との共存は不可能と分かった」

「……その返答を以て、これより貴方の抹殺を開始します」

「いやお二人さん。もう少しコミュニケーションをだな――」


 鳥荷先輩が疾風になった。


 対する黒龍の周辺から数個の漆黒が噴き出す。それが黒い焔と分かった時には、鳥荷先輩は『ムラマサ』を抜刀。全ての黒炎を切裂いた。副産物で発生した鎌鼬を黒龍が腕の鱗で防ぐ。


 初手から容赦なく命の取り合いをしてやがる。


 黒龍の左腕から青い血が滴っているところを見ると、まずは鳥荷先輩に一ポイントってところか。


「よい刀だ」


 称賛を無視して鳥荷先輩は一人疾駆する。


 吹き荒れる突風の最中、超速度で鳥荷先輩が『ムラマサ』を斬りつける。かと思えば太陽のフレアよりも熱量に満ちた黒焔が次々に鳥荷先輩を削っていく。


 なんじゃこりゃ。神々の戯れか?


『斗真様。如何なされますか』

「……あんだけ化物級の黒龍だ。もし倒したら、確実に持ち上げられちまう」


 初めてあの少女を助けた時みたいに。


 ……俺は戦いたくなかった。世界の為にだなんて真っ平ごめんだった。けれど一度踏み込んでしまえば、『ママ』を倒すまでは戻れない底なし沼だったなんて知らなかった。


 一度弱音を吐いたことがあった。するとレジスタンス達は絶望した。だから弱音も吐かず頑張って『ママ』を倒した――期待と絶望の面を持つ襷に縛られながら。


 やっと、解放される。もうダンジョンマスターだとかSランクだとかそんな高望みはしない。混沌層の魔物からドロップアイテムを奪い取り、換金した金で一生遊んで暮らす。


 平和に生きたい! もう戦いたくない!


 その、つもりだった――。


「不死とは卦体けたいな。だがやり様はある――『黒紅』!」


 戦局が傾く。黒龍が魔法陣から黒剣を呼び出す。


「隙あり!」


 直後、鳥荷先輩が強い踏み込みの後ムラマサを大振りにする。鱗の鎧が裂かれ、決して小さくないダメージが黒龍に入る。


 が、それこそが肉を切らせて骨を断つ黒龍の罠だった。自らも血塗れになりながら、『黒紅』と呼ばれた長剣を彼女の中心に突く。だがほんの先端が入っただけ。致命傷にもなり得ない――筈だった。


「あっ、あああああああっ!!」


 ゴォ! と鳥荷先輩の身体から黒い靄が突き出てきた。炎というより結晶だった。それが鳥荷先輩の中心で拡散し、破裂する。


 鳥荷先輩のあどけない身体が、四方八方に飛び散る。


 死んだ。一目でわかるほどオーバーキルだった。


「……」


 けれども飛び散った肉片がすぐさま集結し、小さな身体へと再生する。蘇る。殆ど全裸であることも厭わず、目を覚ますや否や鳥荷先輩は刃を構える。


 でも呼吸が荒い。


「……残念ですが何度喰らっても同じですよ。永遠に復活しますから」

「本当にそうか? 言い忘れていたが『黒紅』も一度刺した標的相手なら、!」

「!?」


 固形爆発。要は固形のまま体積を瞬間増加させる物質という事か。俺とニアが同じ推察に至った頃には、また鳥荷先輩が全身串刺しになっていた。


 おまけに途方もない熱があるのか、微かに残った部分も黒焦げになっていく。


 ……が、また肉片は一つに成り、立ち上がってしまう。


「はぁ、はぁ……!」

「肉体は不死でも精神は不死ではあるまい! いつまで黒炎の地獄に耐えられるかな? 人間!」


 初めて見た。目を瞑る彼女の顔を。


 ……痛かったんだ。俺と違って。


 なのに、まだ戦おうとするのか。そこまでして世界を救いたいのか。


 救世主じゃないか。本当に。


 ……だとしたら俺は後方で救世主の存在に拠り所を感じてる、あのレジスタンス達みたいだなぁ。


『斗真様。私は貴方の行動を既に予測済みです』

「バーカ。決まってんだろ。そんなの」


 そんなの、やっと手に入れた平和だ。


 誰からも期待されない、生きたいままに生きられる時代にやってこれたんだ。


 ましてや鳥荷先輩は確実に死なない。不死身は2984年の技術でさえもどうこう出来る代物じゃない。だから彼女が勝つのは確実だ。


 だから仕方ないだろう?


 だから。


 だから――。


「では何度目で貴様は心を失うかな? 見ものだ――」


 ……だから鳥荷先輩に任せて俺は帰るべきなのに、どうしてスクエアプリンタを発動して彼女の中の『黒紅』を上書きしているのだろう。


「貴様、何故我の力を無力化できる!? 何をした!?」

「説明しても分かんないだろうよ。1000年先の技術だし」

「1000年……!?」


 鳥荷先輩の身体から爆散する黒い炎は消え失せた。


『斗真様。予測通りの動きです。だから貴方は、2984年を救えたのです』


 人工知能がうるさい。


 そして鳥荷先輩……縋るような顔をして見上げるな。俺はそういう目に弱いんだ。色々あってな。


「下村君。君は、黒龍を倒した人間と言われるのが嫌だった筈……」

「言い忘れてたことがあってさ。パンツもお腹も、自分から見せたら価値が減るんだぜ。俺はチラ見が好きな変態だ」

『やはり最低斗真様と呼ぶことにします』

「じゃあ俺を最高にしてくれ。相棒」


 上着を全裸の彼女に羽織らせ、黒龍の前へ出る。


「人外、何者だ」

「ただの人間だよ。不死身よりは平和主義だ」


 グッバイ平和な時代。こんな2984年の殺戮兵器オーバーテクノロジーなんて隠しておきたかったんだけどなぁ。


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