第4話 2984年製のビーム
ダンジョンの天蓋まで埋め尽くさんくらいの巨亀。いっそ山が動いてるように見えやがる。一歩踏み出すだけでダンジョン全体が震えてるし。
「ニア。アダマンタイマイってどんな魔物?」
『要約します。混沌層の代表的な魔物であり、多数の冒険者が犠牲になっています。背面の甲羅は、上級魔術以下の攻撃を全て無効化します。少なくともSランク冒険者一名の戦力が必要とされています。ドロップアイテムはオリハルコンです』
「オリハルコン……気になる」
『なお、最高級の剣エクスカリバーの素材と定義されています』
「エクス……カリバー……!」
ちょっと恥ずかしくなる名前だけど、各種ゲームで最終盤に登場しがちな最強の武器じゃないか。一振りするだけで聖なる力が噴き出し、一帯の悪を滅ぼすタイプの剣だ。
そういうストレートな『光が闇を照らす』的展開は小学校で卒業したつもりだが、生でその光景にお目に掛かれるなら話は別だ。オリハルコン欲しいな……。
しかし同階層にいるのは殆どがBランク以下の高校二年生だ。この分じゃ避難も後手後手に回りそうだし、普通に死人が出るな。
……流石に死人が出るのは平和じゃねえよな。
『斗真様は『ビームウェポン』を生成すると判断』
「良く分かってるじゃねえか」
念のため周りを確認。誰の姿も見えない。ソナーでも検出されない。
なら2984年のテクノロジーを発動しても問題ない訳だ。
「スクエアプリンタ機構、起動」
量子的に内蔵された永久機関から五指を通じ、超圧縮合金を光線出力してモデル通りに兵器を象っていく。
『スクエアプリンタ』。各種兵器を無から生成する、
各種兵器といっても2984年の兵器はどれも似たようなものだ。例えば今生成しているのは、
〈Type Gun〉
銃型に変形し、トリガーへ指を入れる。
あらゆる統計情報からアダマンタイマイの心臓部分を特定。また甲羅や体表の硬さに合わせてビームウェポンの威力も調整。距離、56m25cm。
『斗真様。私の補佐は必要でしょうか』
「まだまだお前の出る幕じゃねえよ。何より――結果なら、算出済だ」
トリガーを引く。光熱の摩擦音――刹那、彗星がアダマンタイマイを串刺しにした。甲羅と皮膚と心臓を貫通した風穴の向こう側に、ゲートが見える。
『アダマンタイマイの心臓破壊を確認。脅威は完全沈黙しました』
「見りゃわかるって」
魔物の死は分かりやすい。沈んだアダマンタイマイは煌めきながら収縮していき、後には途方もないエネルギー量を持つ虹色の宝玉が転がるのみだった。
あれを手に入れれば、エクスカリバーに近づく……。
『斗真様。オリハルコンの取得は推奨しません。2984年が露見します』
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……が、がまん、がまん……!!」
血の涙を流しながら踏ん張る。魔術が使えない足手纏いと思われている以上、少なくともアダマンタイマイを倒したのは俺とはならないだろう。それは望むところなのだが、『なんでお前漁夫の利みたいにオリハルコン持ってるんだよ!』と言われたら炎上待ったなしだ。
仕方ない。平和に生きるとはそういう事だ。と自分を抑えながら、クラスの中心人物が我が物顔でオリハルコンを手に入れたのをこっそり見届ける。
◆◇
アダマンタイマイの出現後、俺達は直ぐ教室に戻された。学校はダンジョンの安全設計に問題があるとしてダンジョンにクレームを入れる予定らしい。
……いやダンジョンの安全設計? このワードに違和感を覚えるのは何故だろう。
「アダマンタイマイが浅層に出たけど直ぐに倒されたらしいぞ!!」
「あんな怪物、一体だれが……!」
「三年のSランク冒険者の『
「Sランク冒険者は混沌層に居たから距離的に無理だろ」
よしよしよし、俺って事はバレてない。一応周りを確認して「ヨシ!」した上でアダマンタイマイを狙撃したからな。
「でもそいつがいなかったら、俺ら死んでたんだよな」
「救世主じゃねえか……!」
うっ、頭が……!
あんまり『救世主』って言葉は使わないでもらいたい。
「倒したのは俺だよ」
教室で一番盛り上がっている空間の中心から調子に乗った声がした。クラスの一軍男子、五十嵐だった。
「俺の近くに現れやがってよ、だから迅雷突きで倒してやったって訳。おかげで念願のオリハルコンを手に入れたぞ」
愛用のジルコンソードを取り巻き達に自慢しつつ、しかもオリハルコンを掲げて見せた。
「これならSランク冒険者も直ぐじゃないか?」
「別にそんな硬い肩書に興味ねえよ。それより見ろよ。めっちゃ
うわ。さもアダマンタイマイを倒した成果を我が物顔で語ってやがる。陽キャになるにはああいう図太さが必要なのかね。
一軍グループの外からは「いやAランクに成りたての五十嵐がアダマンタイマイ瞬殺は無理だろ……」って声もあるにはあるが、誰も面と向かって物申す者はいない。敵と見定めた奴は物理的にも社会的にも虐げてくる奴だからな。ましてや冒険者ランクの違いがより一層逆らうハードルを上げてるって訳だ。
『ママ』を倒した2984年の時代では、きっとああいう奴がのさばってんだろうな。人間は疲れるねぇ。
「よう下村。俺のこと覚えてるか?」
気付けば五十嵐達一同は俺の机を囲んでいた。なんで?
「お、覚えてるよ。Aランク冒険者の五十嵐君だよね」
「アダマンタイマイ、結構入口近くに現れたよな? 大丈夫だった?」
「見ての通り五体満足だよ」
「そりゃ良かった。怖かったろう? 怖かったよな。魔術を使えない君じゃ、餌になるのを待つしかないから。気にすることは無いよ。アダマンタイマイは俺みたいなAランクの上澄みでもなきゃ太刀打ちできないから」
自慢と見下しを同時に熟してきた。器用な奴だ。
にしてもウザさは元の世界より数段跳ね上がってやがるな。俺達の歳でAランク冒険者に成れるのは珍しい事だが、それを笠に着て何もかもを下に見てやがる。
特に俺へと向けられた目線は冷たい。
「もう怖い思いしたくなきゃ転校を勧めるよ。魔術使えない奴が魔術強化指定校に通っても意味ないだろ」
「……一応学校からは在学の許可は出てるけど?」
「空気読めよ。お前早期退職を迫られてる窓際族って事に気付け」
乾いた笑い声と拍手が取り巻き達から響いた。
「魔力暴走なんて身の程弁えない馬鹿のする事だ。っていうか『魔人』にだって成ってたかもしれない。そうなったらお前、討伐対象だぜ?」
「そうなんだ。以後気を付けるよ」
「気を付けようがないけどな。魔力失ってちゃ」
チャイムが鳴った事でダンジョン外の場外乱闘は終わりを迎えた。しかし置き土産と言わんばかりに五十嵐が捨て台詞を吐いていく。
「次、ダンジョン実習まで残ってたら、今度は痛い目見るかもねー」
「なんで?」
「ダンジョンなんて事故死が当たり前だ。特に君みたいな夢見がちな無能はね」
担任の入室と入れ替わるようにして、五十嵐も席に座った。
……アダマンタイマイを倒したのは俺だからなぁ。どうにもピンと来ない。
が、あんな奴の為に折角の平和を崩す気にはならない。よって見返す気もない。寧ろ周りからの同情的な目線に申し訳ないと思うくらいか。
『斗真様。私のリミットを解除してください』
何故かスマホの中でニアがブチ切れてた。脳のインターフェースに直接メッセージを送られているので、怒り心頭具合がわかるのは俺だけだ。
『斗真様の成果を自分のものと偽り、不当に辱める五十嵐を無力化します。まずはスマートフォンをハッキングして爆破します』
「ニアさん? 落ち着いて?」
『オリハルコンを奪還する最適解を108個検出済みです。斗真様はオリハルコンの取得を望んでいた筈です』
「そりゃ殺してでも奪い取りたいけど……まあ寧ろ安心するところだよ。だって俺がアダマンタイマイを倒したとバレてないって事は、ビームウェポン使ったって事も隠し通せてる訳だろ?」
『……流石斗真様です。目的を見失っておりません』
五十嵐の虚言を聞き流すよりも相棒を宥めることの方が大変だった。
ここで手を挙げた結果が2984年の面倒くさかった救世主伝説だ。同じ轍を踏まないよう、目立たず静かに暮らせればそれでいい。
救世主と呼ばれなければそれでいい。エクスカリバーはまた今度だ。
……ただ、俺はまだ失敗に気付いてなかった。
ビームウェポンを放った瞬間を、五十嵐なんて可愛いくらいのとんでもない人物に目撃されていたなんて。
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