第28話:戻ってきた。
――ノクシア帝国国境・検問所。
ノクシア帝国の国境線からはイロスの出番となる。どんなに才能があっても向かったことのない場所には転移魔法は使用できないそうである。だから総督からイロスの出番となった。
馬車で時間を掛けてノクシア帝国入りした甲斐があったと、フリードとイロスとヒルデと私が話していれば、総督と皇太子殿下はノクシア帝国国境線に駐在している兵士の人たちと話をしている。皇太子殿下と総督と護衛二人でアルデヴァーン王宮に攻め入ることを知り、自分たちも連れて行ってくれと躍起になっていた。
「血気盛んな人たちだね」
「兵士だからね。武勲を上げたいんじゃない?」
少し離れた位置で皇太子殿下一行を見ていた私が呟くと、フリードが横で答えてくれる。そういえば戦争中も手柄を上げて出世すると鼻息荒い人がいたなと懐かしくなった。怪我を負って夢を諦めるか、功績をきちんと上げて出世できた人もいる。その点では私も戦争によって出世したのだろう。貧民街の孤児から王宮入りして聖女の位を賜り、第一王子殿下の婚約者となった。
婚約破棄されたから、アルデヴァーン王国では私の地位は底の底。理不尽な婚約破棄だったけれど、名誉を回復したいとかこれっぽっちも考えていない。けれど怪我人が出ることは分かるから、一緒に彼らとアルデヴァーン入りする。
自然に囲まれている検問所では、ノクシア帝国入りしようとする商隊や多くの人で賑わっている。逆に隣国へ向かおうとする人は少なく、ノクシア帝国の人気振りが伺えた。私は皇太子殿下一行から視線を外してフリードを見上げた。
「もし、アルデヴァーンの王さまが変わったら、フリードはどうするの?」
そう口にした瞬間、一陣の風が私たちの頬を撫でていく。
「イロスの護衛に就くつもりだよ。元々、落ち着たら王宮に入ってイロスの側に控える予定だったしね」
フリードの声にみんなで旅をしていた時間が終わってしまうのだなと今更ながらに気付く。本当にいろいろとあったし、宿の取り方とか野宿の仕方とか、お店で値切りの仕方とかたくさんのことをみんなに教えて貰った。フリードはイロスの護衛に就くようである。幼少期から友人として付き合いがあると聞いているので当然のことだろう。離れてしまうことになるのかと胸がチクリと痛む。
「サラは?」
「アルデヴァーンの状況次第かな。アルセディアの街で病気の治療も施せるようになったし……勉強はアルデヴァーンでもできるからね」
フリードは目を細めながら伸びた前髪を揺らしながら私に問うた。オットー王が失脚して、イロスが玉座に就けば私はアルデヴァーン王国から逃げる必要はなくなる。王宮にいる必要はなく、教会の片隅で治療士として働ければ日々は過ぎていくはず。
イロスは王さまになって、ヒルデは侯爵領に戻り騎士として働くのだろう。やっぱり寂しいと目を細めれば、話を切り上げた皇太子殿下がこちらへ歩いてくる。後ろには長い木箱を持った人たちが控えていた。
「この中から良さそうな物を選んでくれ。慣れぬ得物は使い辛いが、ないよりマシだ」
皇太子殿下の声に続いて、木箱が地面にゆっくり降ろされた。中身は長剣がたくさん入っている。鞘や柄の形が様々なので、手に馴染みそうなものを選んでくれと言いたいらしい。
私とイロスは必要ないと先にフリードとヒルデに選んで貰った。二人は柄の握り心地や剣の重さを確認しながら真剣に選んでいる。予備も持っておけと皇太子殿下が告げれば、小さく頭を下げた二人は更に馴染む剣を数本選ぶ。
「感謝致します、皇太子殿下」
「ありがとうございます」
「気にするな。君たちの活躍を見てみたいからな。アイロス王子と聖女殿は?」
フリードとヒルデが頭を下げると皇太子殿下がにっと口元を伸ばす。総督の褒めて伸ばす方針を訝しんでいたが、皇太子殿下も部下を褒めて伸ばす方のようだ。国境の護りを任せられている兵士たちが皇太子殿下の下へ集まって、揃って自分たちも連れて行って欲しいと乞うていた理由が見えた気がする。
「一本、拝借致します。流石に丸腰では心許ないので」
イロスは剣幅の狭い細身の長剣を手に取った。剣術は学んでいたけれど、フリードほどの実力はないそうだ。私は長剣を持っても仕方ないと皇太子殿下へと顔を向ける。
「私は魔法を扱えますから」
私は全く鍛えていないので、長剣を下げれば身体の動きが鈍くなるだけ。イロスも細身だけれど、そこは男性である。問題ないらしい。私たちが選び終えれば、また木箱を抱えて場を去って行く。そして皇太子殿下が良い顔になるのを認めればイロスが声を上げる。
「では、参りましょうか。エーデンブルート侯爵領領都に!」
イロスの声でみんなの顔が引き締まり、彼の下へと近づいて行く。
「ああ」
「はい」
皇太子殿下と総督が短く声を上げ。
「うん」
「サラ、転移の時は気を付けて」
「ええ。どうなるか分かりませんので」
私とフリードとヒルデも声を上げるのだが、二人は転移後の私を気に掛けてくれているようだ。過保護ではありませんか、と言いたくなるのを我慢しているとイロスの足下に魔法陣が浮かび魔力風も流れた。
置いていかれまいと私はイロスの側に寄ると、フリードも私の側にピタリと立つ。その様子を見ていた皇太子殿下と総督が苦笑いを浮かべれば、白い光に包まれて侯爵領領都にある領主邸の庭へと転移を終えているのだった。
私は自分の足で地面に立っていることに気付き、恥を掻かずに済んだとほっと息を吐く。すると目の端で動く誰かがこちらに視線を寄越した。
「く、く、曲者ーーーー!」
立ち止まった人は大きく目を見開きながら大声を上げる。その人は下働きの男の人だったと私は記憶を掘り返していれば、慌てた様子のフリードも割と大きな声を上げる。
「待ってくれ! 俺だ、ヴェルフリードだ! 確かに侵入者だが、なにもする気はない! 親父殿を呼んで欲しい。あとノクシア帝国の皇太子殿下とアルセディアの総督も一緒だと伝えてくれ!」
「あ、そういえば朝の連絡で!! しょ、承知致しました! 誰か、どなたかー!!」
フリードの声に下働きの男の人が更に驚くも、連絡を受けていたことを思い出したらしい。口元に手を当てて、さらに大声を出して仲間を呼んでいる。
侯爵領に戻ってくるかは未定だったから、不審者扱いは仕方ないのだろう。皇太子殿下と総督は曲者扱いされたことを特に気にしていなかった。良かったと私が安堵していると、イロスと総督が声を上げる。
「連絡を入れておいたのですが」
「流石に転移の場所や時間までは指定していませんからね。仕方のない対応かと」
肩を竦めている二人に、皇太子殿下が腕を組んだ。
「良い対応ではないか。手本の様な大声だ!」
はははと皇太子殿下が笑い声を上げていれば屋敷の方から侯爵閣下が現れる。そうして私とフリードとイロスとヒルデは閣下に頭を下げ、総督は小さく礼を執り、皇太子殿下は組んでいた腕を放した。
閣下の後ろで控えている人たちはフリードが無事に戻ったことにホッとし、皇太子殿下と総督の顔を失礼のないようにマジマジと見ている。アルデヴァーンという小国に帝国の二番目に偉い人が目の前に立っていることを信じられないようだった。閣下は皇太子殿下に臆することなく毅然とした態度で、二人の前で立ち止まる。
「ようこそいらっしゃいました。エルンスト・ディ・ノクシア皇太子殿下、ミハイル・フォン・シュヴァルツ総督。私はこの地を預かるカール・エーデンブルートと申します」
「卿がエーデンブルート侯爵か! よろしく頼む。卿が独立を宣言したことでアルデヴァーンの騎士団と近衛騎士団が武装し、侯爵領を目指しているのはご存じか?」
侯爵閣下が皇太子殿下と総督に頭を下げれば、いろいろとすっ飛ばして本題に入る。
「もちろんでございます。しかし流石ノクシア帝国。耳の早い」
「なにを言う。卿とアイロス第二王子が仕組んだものだろう?」
侯爵閣下と皇太子殿下が、お互いに口の端を伸ばしている。それを見たフリードとイロスが『楽しそうだな』と言いたげに、総督は『殿下が楽しそうです』とぼやいていた。
「いえいえ。老骨の私が博打を打てるはずもなく。全ては神の差配でしょう」
「喰えぬ狸だな。まあ、良い。卿が独立を宣言してくれたことで王宮の護りが薄くなっているからな。我らは八人で王宮を目指し制圧する!」
また閣下と皇太子殿下がお互いにふっと笑う。いつの間にイロスは侯爵閣下と連絡を取っていたのだろう。でも侯爵位を持つ人と王子の立場である人が無能なはずはない。きっと、私の知らないところでやり取りがあったのだろうと笑っていれば、王国軍を引き付けるために一日侯爵領に留まろうと、王都への移動予定を変更するのだった。
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