第24話:特になにも起こらない。

 皇太子殿下一行が見守る中、お昼の時間がやってきた。お昼ご飯は治療士が交代しながら順番に摂っていく。そうして私がもう一度天幕の下へ戻れば、皇太子殿下一行の姿は消えていた。

 天幕の下に現れる患者さんはいつも通りになって、治療士と患者さんの楽しそうな喋り声が響いている。私は自分の席に腰を降ろして、後ろに控えてくれているヒルデの顔を見上げた。


 「嵐が去ったのかな?」


 「ですね、サラ」


 私を見たヒルデは肩を竦める。


 「私に声を掛けてきた時は驚いたけれど、他の治療士にも声を掛けていたから好奇心の強い人なのかなあ」


 ともかく、何事もなく終わって良かったと、私が安堵の息を吐けばヒルデは言葉を紡ぐ。


 「どうなのでしょうか。この街の総督と同じ匂いがするような?」


 「ヒルデの勘は当たるかな?」


 どうなのだろう。総督と話した時は茶目っ気のある人だなと感じたけれど皇太子殿下にはそれがない。気になることがあった場合は積極的に話しかけていたところがある。天幕での治療士の活動に興味があっただけではないだろうかと私が前を向けば、ヒルデがポツリと声に出す。


 「外れて欲しいですがねえ」


 ヒルデの声に私が肩を竦めると、お昼の患者さん第一号が簡易椅子に腰を降ろした。さて、お偉いさんは去ったから気楽に患者さんと喋りながら術を施せると、私は気合を入れ直すのだった。


 ――夕方。


 空が茜色に染まる頃、天幕の下での活動が終わりを告げる。今日も多くの患者さんが訪れたなあと、私は席から立ち上がり両手を組んで上へと掲げる。ぱきぽきと鳴りそうな骨の軋みを感じつつ力を抜いて腕を下げる。

 さて、出した簡易椅子とか仕舞おうとすれば、受付係をしていたフリードとイロスが私たちの下へとやってくる。

 

 「本当に何故、訪れたんだ?」


 「なにか目的があったのかもしれないね。帝国は優秀な者であれば平民でも貴族でも召し抱えると聞いているから、それが狙いなのかも?」


 フリードとイロスの声に私は耳を傾ける。たしかにアルデヴァーン王国では馴染みのない文化だと肩を竦める。せめて前陛下が生きていればと目を細めるものの、望んだところで戻ってくることはない。

 

 「優秀な治療士を帝都に連れて行くつもりなのか……それだと教会が困るだろうに」


 「流石に無理な引き抜きはしないだろうけれど、本人が行きたいと言い出せば止められないよ」


 片眉を上げながらフリードとイロスは難しい話を興じている。ただ王太子殿下が訪れた際に目の色を輝かせて治療に励んでいた人が多くいるから、治療士として帝都に異動すれば栄転となるのかもしれない。


 「腑に落ちないな」


 肩を竦めたフリードと目線が合い、私の方へと身体を向ける。


 「サラは声が掛かれば帝都に行きたい?」


 どうだろう。あまり興味がないというのが私の本心なのかも。


 「分からないかな。そもそも私は帝都がどんな所か知らないし、アルセディアの街の図書館と魔法学院に興味があって旅をしたから」


 私の声にフリードがホッとしたような顔になり、彼の隣ではイロスが苦笑いを浮かべている。そういえば図書館で医療関係の本を読むばかりで、私は帝都に関しての本を全く目を通していない。今度調べてみようと決めてふと考える。自分のやりたいことを見つけようとして旅に出て、アルセディアの街に辿り着いた。でもやはり私は治療士として働くことが性に合っているようだ。


 足りない知識がたくさんあって勉強中ではあるものの、患者さんから信頼を得て再指名を受けている。病気が治った、怪我が治ったと笑顔で報告に天幕や教会へとわざわざ顔を出してくれる人もいた。

 帝都がどんなところか興味はあるけれど、できることならこの街に根を張りたいとも考え始めていた。でもフリードとイロスとヒルデと私はアルデヴァーンの人間だ。急に国元へ戻ることもあるかもしれないと、ぎゅっと手を握り込みながら教会へと戻るのだった。

 

 ◇


 ――アルセディア総督府・賓客室。


 皇太子殿下が私、ミハイル・フォン・シュヴァルツの前で椅子に腰を降ろして、顎に手を当て考える仕草を見せている。そうして殿下は対面に座す私に視線を向けて口を開いた。


 「何故、あの国の王は彼女を見放したのだろうか」


 皇太子殿下は聖女殿に婚約破棄を突き付けた馬鹿……あの王の行動が信じられないらしい。私もアルデヴァーンの情勢が気になったため、諜報員を送り込んでいる。上手く王都へ潜り込めたようだし、協力者も得ることができたそうだ。アイロス第二王子殿下が、なにかあればエーデンブルート侯爵を頼れば良いと教えてくれていたから、こういうことも見越しての発言だったのだろう。


 アルデヴァーンの王宮は戴冠祝いで盛り上がっているそうだ。執務は廷臣に任せて、王は王妃と血統派の者たちで固まり毎日夜会を開いているとか。革新派の者たちは華やかな陰に隠れて、水面下で動いているようである。

 聖女殿がノクシア帝国へ逃げ込んだという噂もあるようだから、アルデヴァーン王国の革新派の者がそのうち彼女を頼って現れるかもしれない。しかし、まあ。


 「盛大な馬鹿でなければ、婚約破棄などしないのでは」


 聖女殿に非はなかったはず。だというのに王は一方的に決めつけて婚約破棄を告げたのだから。本来なら聖女殿に違約金を払うべきだろうに、金すら払わず悦に浸っているらしい。

 それに有能な聖女殿をわざわざ他国へ逃がすとは。私であれば逃げられないようにして、飼い殺しにするのだけれど。いや、まあアイロス第二王子殿下たちが聖女殿を助けたから、無事に逃げおおせたのか。魔法使いとして優秀になれそうな聖女殿をアルセディアの街に寄越してくれたことは感謝している。


 「言うなあ、ミハイル」


 「殿下の嫌いな人間ですよねえ」


 くつくつ笑う皇太子殿下に私が肩を竦めると、ふっと笑いが彼から消える。


 「ああ、虫唾が走る。――ミハイル」


 「はい?」


 やはり皇太子殿下はアルデヴァーン王が気に入らないようで、青い瞳にはっきりとした怒りを灯している。


 「受付にいた金髪の男がアルデヴァーン王国の第二王子か?」


 「そうです。アイロス・アルデヴァーン第二王子殿下ですね。婚約破棄の場でつい第一王子殿下を殴ってしまった聖女殿を、ヴェルフリード・グレンツヴァハト男爵と共に助けたと」


 私の声に『つい』で王子を殴る奴がいたのかと、皇太子殿下が膝を叩きながら笑い声を上げる。確かに聖女が第一王子殿下を殴るなんて信じられないが、本当に起こったことである。

 命を馬鹿にした第一王子に聖女殿が切れたというのが真相なので、殴られても仕方ないというわけだが。第一王子に手を出した理由を皇太子殿下が知れば、すっと来賓室の空気が冷える。どうやら民の命を蔑ろにした第一王子の発言が皇太子殿下の琴線に触れたようだ。


 「その男爵は?」


 「アイロス殿下の側に控えていた黒髪の男性になります」


 「なるほどな。俺が治療士に声を掛けた時に、並々ならぬ殺気を向けていた者か」


 皇太子殿下がアイロス第二王子殿下に控えていた男を思い出したようで、くつくつと笑う。グレンツヴァハト男爵は聖女殿にご執心のようである。戦場で聖女殿に命を助けられたと聞いているので致し方ないのだろうか。ただ皇太子殿下に無謀にも殺気を放つ彼の姿は面白かった。帝国内で皇太子殿下に喧嘩を売ろうと考える者は皆無なのだから。


 「殿下は相手にしておられませんでしたねえ」


 そう。皇太子殿下は類まれなる傑物だ。だから帝国の皇太子の位に就いている。


 「ああ。俺に殺気を向けていただけで、殺す気概は感じ取れなかった。男の嫉妬など格好の悪いものはないが致し方ないのか。しかし我が帝国でちまちまと機会を狙われるのは面白くない」


 「では、どうするのです?」


 あー……陛下と私が面白がってアルデヴァーン王を揶揄ったことがいけなかったのだろうか。目の前の男に火を付けてしまったと頭を抱えそうになるが、帝国のためになるなら仕方ない。


 「私が直接、第二王子にアルデヴァーンをどうしたいのか直接問う。良い暇潰しができたな」


 「暇潰しで国を落とそうとする殿下は随分と酔狂なお方ですよ。アルデヴァーンの者が少々気の毒です」


 はあと私が溜息を吐けば、皇太子殿下が良い顔になった。あれ、なにか私は失言してしまったかと彼と視線を合わせる。


 「なに。やり方次第で犠牲は最小限に済ませられる。向こうの民を心配しているなら、ミハイルも俺の下に就け」


 しまった。どうやら私は余計なことを言ってしまったようである。私が帝国の心配よりアルデヴァーンの者を慮ったことが皇太子殿下には気に入らなかったようだ。


 「口が軽いとそうなるんだ」


 「反省します」


 ふっと笑う皇太子殿下に私は小さく頭を下げて、戦に巻き込まれることが決定した。まあ、新しく開発した魔法を試す良い機会だろうと諦めよう。


 「では、アイロス第二王子殿下とヴェルフリード・グレンツヴァハト男爵を召喚いたします」

 

 「いや、治療士も話の場に参加させろ。彼女の覚悟を問いたい。返事次第で私は陛下にアルデヴァーン侵攻許可を乞おう」


 あれ、いつの間にか聖女殿も巻き込まれている。まあ彼女の実力を知る良い機会だろうし、ノリに乗っている皇太子殿下を止められる人はいないと、私は盛大に溜息を吐いた。


 「猫被りのじゃじゃ馬な聖女が本物になれるかどうか……見物だな!」


 くっと口の端を釣り上げた皇太子殿下の機嫌は最高潮に達しているのだった。本当に彼を止められる人がいない。

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