第39話 殺すつもりはないが、誤って死ぬなよ?
――やはり、こうなったか。
マオは、ずっとベルに魔王であることを隠していた。墓場まで持っていくつもりだったろう秘密が暴かれた今――、理性を失い暴走してしまうのも無理はない。
正直、この場に戻るのは気が重かった。
まさか……この俺が臆病になるとはな。
状況は――悪い。
マオのキャンヴへの攻撃によって、会場は一部壊れてしまってはいるが、奇跡的に観客にまで被害が及んでいない。とはいえ、大混乱で双星競技会どころではなくなってしまったが。
これだけの攻撃規模で、そんなことがあり得るだろうか。……もしかすると、まだマオの理性はかすかに残っているのかもしれない。
「……せ、先生」
ベルが怯えたように俺を呼んだ。
マオに肩を掴まれ、彼女は身動きが取れない状態だった。
俺はベルを安心させるように頷き、マオを一瞥する。
「……マオ、落ち着け」
両手を上げ、できる限り冷静な声で語りかける。
「…………人間が、我に命令するか」
口調も、声音も明らかにマオのものではなかった。
俺を誰だかも認識できてもない。きっと、“魔王”の精神に逆戻りしているのだろう。
「……俺だ、ユシャだ。17代目の勇者で、ベルの家庭教師。アンタは俺の依頼主でミスティオ家当主のマオだ。わかるか?」
返答はない。ただ黙って俺のことを凝視している。
「お前は魔王でありながら、人としても生き、家庭を築いた。もう、争いごとはしたくないと……そう言っていた」
「…………」
ベルにとってはショックかもしれないが、誤魔化している暇はない。ここで今、真実を突きつけるしかない。
「これまで築いてきたものを、自分で壊す気か。マオ」
マオがベルに直接危害を加えることはないはずだ。彼女へ触れ方を見てそう判断する。
だが、圧倒的な魔力量があるとは言っても、ベルは普通の子供だ。流れ弾一つが致命傷になる。
さてどうするかと考えている最中に、マオが口を開いた。
「人間は……弱すぎる」
「……なに?」
「人間はすぐに死ぬ。脆弱すぎて……叶わん」
怒り。呆れ。そんなニュアンスだ。だが、同時に悲しみや、切なさが相俟っているようにも思える。
「……誰のことを言ってるか知らんが、俺は簡単には死なない」
腰に差した相棒に触れながら告げる。
「最強だからな」
「口だけだ。どうせ貴様もすぐに壊れる」
「……いつだったか言っていたな。――“抜きたいときは、いつでも言え”と」
刃こぼれだらけで錆びついた鉄塊。
スライムすらまともに斬れないが、片時も手放したことのない愛しきなまくら剣。
エクスカリバーⅡを、俺は引き抜きながら叫ぶ。
「今が……そのときだ、マオ!」
「……懐かしいな。俺もよくシテもらっていたよ」
不意に声がした。
現れたのは、無精ひげに長髪を束ねた中年男。しかもその腕には、気を失ったベルが抱えられていた。
今の一瞬でマオから奪ったのか。……只者じゃない。
男は軽やかに俺のそばまで来ると、ベルを背におぶった。
「……アンタは?」
「初めまして、“18代目”。俺は、隠居中の“16代目”だ」
どうやら勘違いされているらしい。
16代目は、マオをちらりと見てから肩を竦める。
「覚えのある魔力が暴発してると思ったら、やっぱりマオちゃんか。えげつないことになってるな……。助け、要るか? って……ん? 君……思ったより歳食ってるな。まだ十代じゃなかったっけ? まさか老け顔?」
出会って早々、好き放題言う男だな。独自の空気感を持っている。流石は勇者村出身者と言ったところか。
「俺は17代目だ。18代目は今どっかで伸びてる」
「……なんだそりゃ。こんなときに何してるんだよ」
「気にするな。それよりベルをありがとう。アンタには観客の避難誘導を頼みたい」
「マオちゃんと……ヤルんだろ? 君一人で大丈夫か?」
「少し身体が鈍ってる……久しぶりに暴れたいんでな。仲間がいたら、それもできなくなる」
「見くびるねぇ。君からは……正直、あまり強さを感じないが」
16代目の目が、俺を値踏みする。
「どうとでも言え。俺は最強だ」
「……そこまで言うなら任せるさ。ただ、彼女、本気でキレてるぞ。飲み友達の俺から見ても、今は正直近づきたくない。見ろよ、鳥肌が止まらん」
16代目が袖をめくると、俺以上にぶつぶつと鳥肌が立っていた。
「……死ぬなよ。あと、殺すなよ」
「死なないし、殺さない。これは鬱憤晴らしだ。お互いにとってのな」
「変わったヤツだな……まぁ、俺も人のことを言えないが」
16代目が飛び去っていくのを見送ってから、俺は、ピン――と指を弾いて、マオに瞬間移動の魔法マーキングを付与する。
「……何をするつもりだ? ……儚き我が子、ベルを……どうする」
「安心しろよ。ベルは俺にとっても大事な人だ。取って食いはしない」
「…………」
――どれだけ暴れても、誰も傷つけない場所。
そんな場所は……ここしか思い当たらなかった。
念じる。
――――視界に広がるのは、穏やかな草地に、途方もなく広大な平原。
それは、勇者村で修行していた頃に使っていた広大な平原だった。
「――よし。移動完了。ここでなら、思い切り暴れていいぞ。マオ」
「…………人間よ。貴様は自分が強いといったな」
「ああ。何度でも言おう。俺は最強だ」
「試してみたくなった。お前が死んだら、世界をもらおう」
「構わないぞ。俺は死なない。それに、アンタを殺す気もない。俺にとっては、アンタも大切な人だからな」
「……余裕と申すか。面白い。ならば、全身全霊で相手をしてやろう」
――余裕なんてない。
剣を握る手は、武者震いで震えている。
こめかみを伝う冷や汗が、緊張を物語っていた。
だが――胸の奥が高鳴っていた。
勇者村でずっと想い描いていた理想が――今ここにある。
邪魔はない。守るべきものもない。
目の前にいるのは、全力で挑むべき敵が、ただ一人。
ならばやることは一つだ。
「マオ――鼻から全力でいくぞ。……殺すつもりはないが、誤って死ぬなよ?」
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