白球を追いかけて~奇跡のホームランボール~

雨宮 塁

第1話 :一度諦めた夢、再びー甲子園への一歩ー

※この物語は、一部AIを補助として使っています。不快に思われた方は無理して読む必要はございませんので、予めご了承ください。


1989年、夏ーーーーーー

青木康平(18歳)は、夏の高校野球地方大会の決勝の舞台に立っていた。

9回裏、2死満塁のチャンス。打席に立っていたのは、康平。ブラスバンドの楽器の音、応援団の「かっとばせー、康平!」という声が確かに球場内にあったが、康平にはプレッシャーからか、全く耳に入っていなかった。

3ボール2ストライクとフルカウントまで粘って、迎えた8球目。

「シュッ…!」

鋭く落ちるフォークボールが、相手のエースピッチャーから投げ込まれた。康平はその球をめがけて、フルスイング。

「ストライク、バッターアウト!試合終了!」

空振り三振。その瞬間、最後の夏が終わった。

スコアは2-3。わずか1点差での敗北だった。

甲子園への切符を手にした相手チームのナインたちが、歓喜の輪を作っている。康平たち「翠嵐高校」のナインたちは、膝から崩れ落ち、全員が涙を流していた。

「…みんな、ごめん。…俺のせいで…。」

「大丈夫だ、康平。お前のせいで負けたんじゃない。俺たちがもっと、長打やホームランとか、塁に出ることを意識していれば…。でも、やっぱり悔しいよ。甲子園、行きたかった…!!」

その言葉に、再び悔し涙を流す、康平たち3年生。〈俺たちはこの大会をもって引退する。〉

その言葉の重みというものを、彼らは痛いほど実感しているからだ。

すると、2年生で次期キャプテンを務める田中章二が、口を開いた。

「大丈夫ですよ、先輩。甲子園出場という忘れ物は、来年必ず僕らが取りにいきますから。だから、見ていてください。」

「田中…。ありがとうな。新チームのこと、よろしく頼んだぞ。」

「はい!任せてください!」


こうして、康平たち3年生は、野球部を引退した。

野球部での活動は厳しかったが、とても楽しかった。仲間とともに挑んだ最後の夏を、全力で駆け抜けた。その日々は確かに熱いものだったが、〈甲子園出場〉を目指して白球を追いかけた3年間は、やはり後悔が残った。

康平以外の3年生部員は、ほとんどが大学や社会人でも野球を続けるという。しかし、康平は野球部がない会社への就職がほぼ決まっていたため、〈事実上の引退〉だった。だからこそ、余計に〈甲子園への憧れ〉が強くなってしまうのも、無理はなかったのだ。

「俺は本当に、このまま甲子園への夢が叶わないまま、人生を終えてしまうのだろうか…?」

18歳の青木康平には、これから起こる〈奇跡のホームランボール〉の物語が始まることなど、知る由もなかった。


それから18年後、2007年春。

康平は、「翠嵐高校」の野球部で当時マネージャーをしていた、越岡和美と結婚した。和美は旧姓の「越岡」から「青木」と名字が変わり、めでたく家族となった。同時に、和美との間に男の子を授かったことが分かり、二人はこれから始まる新婚生活への期待と、新しい家族が増えることへの喜びで胸を膨らませていた。

「今まで俺んちには、福太郎しかいなかったからなぁ。福太郎との生活も楽しかったけど、やっぱり独身生活は寂しいものだったよ。なっ、福太郎。」

「ワン!」

「ウフフ。『そんなことないよ、パパ!』って、言っているみたいね。」

「おっ、そうか!福太郎は全然そんなことなかったのか!」

「ワン!」

「そうみたいよ。尻尾、元気いっぱいに振ってるもの。あなた、良かったわね。」


それから数日後。和美が、出産の時を迎えた。

「和美、頑張れ…!!もうすぐ会えるぞ…!!」

康平は、病院の待合室で、ひたすら祈っていた。無事に元気に産まれてくること、母子ともに健康であること。ただそれだけを願ってーーーーーーー。


「オギャー!オギャー!」

ついに産まれた。元気な男の子。看護師が、分娩室から出てくる。

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。母子ともに健康です。」

康平は、ついに父親になった。思わず涙を流す、36歳の康平。

「良かった…!本当に良かった…!」


そして、和美がいる病室に入ると、看護師が産まれたばかりの赤ちゃんを連れて、病室に入ってきた。

「本日は、誠におめでとうございます。こちらが、赤ちゃんの身体重の記録になります。」

看護師から手渡された「母子健康手帳」には、「平成19年4月26日 午前11時56分 3600g」と書かれていた。

「和美、本当によく頑張ったな。」

「うん…。無事に産まれてきてくれて、ホッとしたわ。」

「そうだな。俺も、父親になれて、ホッとしたよ。これから、この子が幸せを目一杯感じられるように、大切に育てていかないとな。」

名前は、「心身ともに太く大きく、優しい子どもに育つように」という意味を込めて、「優太」と名付けた。

そして康平は、男の子だったこともあり、将来的に「息子を甲子園に連れていく」という淡い夢を、心の奥底に秘めていくのだった。


そして、それから7年後。2014年春。

優太は、小学一年生になった。

「行ってきまーす!」

「行ってらっしゃい。車に気をつけるのよ。」

「はーい!」

優太は、幼稚園から仲良しの親友・幸太郎と一緒に、元気よく学校へと向かって行った。

「おはよう、優太。今日から待ちに待った給食だね。」

「うん!しかも今日のメニュー、カレーだって!めっちゃ楽しみ!」

「マジで!?4時間目の授業、頑張れるかな?」

「だな。お腹空きすぎて、匂いに誘われないようにしなきゃ。」

桜の花びらが舞うなか、二人の元気な会話が、春の通学路に響き渡っていた。


次の日曜日。青木家の3人は、野球場に来ていた。

「うわぁ、すっげぇ…!!」

優太は、東京ドームのバックネット裏の観客席で、野球の世界に魅入っている。

「すげぇだろ?あれが坂本選手で、手前にいるのが阿部選手だ。今から菅野投手が投げるから、よーく見ておくんだぞ。」

「うん!」

菅野投手が最初に投げたのは、インコースのストレート。その伸びと球速はとても速く、美しい動きをしていた。

「ストライク!」

球審が手を挙げる。観客席からのどよめき声。阪神タイガースの応援歌が鳴り響くドーム球場で、菅野は阪神のバッターを空振り三振に仕留めた。

「パパ、すごいね!野球って、こんなに面白いんだ!」

「そうだぞ。野球というスポーツは、ピッチャーとキャッチャー、そして後ろを守る内外野、目の前にいるバッターによる『微妙な駆け引き』によって、進められていくスポーツなんだ。すごく面白いだろ?」

「うん!ただボールを投げたり、打ったりするスポーツじゃないんだね!」

「そういうことだ。…おっ、菅野が0点で抑えた!すげぇな、まだプロ2年目だぞ!」

試合は、6-2でジャイアンツが勝利。菅野は勝利投手として、お立ち台でヒーローインタビューを受けている。

「パパ…。」

優太は、康平のユニフォームの裾を、小さな手でそっと掴んだ。

「うん…?」

「僕…、野球がやりたい!」

そう言って、目をキラキラと輝かせる優太。康平は、思わず嬉し涙を流す。

「優太…!!」

康平の脳裏には、25年前の「悔しい記憶」が、鮮明に蘇ってきていた。

高校生活最後の夏ーーーーーーー甲子園の夢が途絶えた、あの瞬間。その悔しさが今でも忘れられないまま、結婚し、優太が産まれた。

その優太が、野球という奥深いスポーツの魅力にハマり、「野球がやりたい」と言ってくれた。それだけで、康平はとても嬉しかったのだ。

「優太なら、俺が果たせなかった『甲子園の夢』を、果たしてくれるかも知れないーーーーー」

康平は、心の中で、そう確信した。


それから1週間後。

今日は、4月26日。優太は、7歳の誕生日を迎えた。

「誕生日おめでとう、優太!」

朝起きて早々、康平はリビングで朝食を食べている優太に、そう声をかけた。

「ありがとう、パパ!」

そう言って、親子でハイタッチをする、康平と優太。今日は土曜日なので、優太は学校がお休み。康平は会社があるため、急いで朝食を食べている。

「昨日は給料日だった。そして今日は、優太の7歳の誕生日。ということはーーーーーー」

康平は、頭の中で、あることを密かに考えていた。


そんなこともつゆ知らず、優太は幸太郎と一緒に、近所の公園に遊びに来ていた。

ブランコに乗り、こぐ回数を競い合う二人。すると幸太郎が、

「なぁ、優太。俺とキャッチボールしようぜ。」

「キャッチボール?」

「うん。実は俺、地元の学童野球チームに入って、本格的に野球を始めたんだ。俺のパパも、張り切って小遣い使って買ってくれてさ。…ほら。」

そう言って、幸太郎が見せた野球道具に、優太は目を輝かせた。

「うわぁ、すげぇ…!」

「すげぇだろ?俺のグローブ、普段用と予備用で二つあるから、ひとつ貸してやるよ。」

「マジで!?本当にいいの…!?」

「うん。優太、野球やりたくなったんだろ?それに、今日はお前の誕生日だから、何かひとつでも思い出になればいいかな、って思って。」

「幸太郎…!ありがとう…!!」

〈やっぱり、幸太郎は俺の大切な親友だーーーーーー〉

優太は嬉し涙を浮かべながら、幸太郎が手渡した予備用のグローブを受け取り、ゆっくりと左手にはめた。


そして、公園で一通り遊んだ後、二人は公園の屋根があるベンチで、お昼休憩を取った。

「「いただきまーす。」」

テーブルの上に彩り豊かに盛られた弁当を広げ、二人は美味しそうに頬張った。

「う~ん、うまっ!やっぱ母ちゃんが作ってくれた弁当は、最高だな!」

すると、そんな優太に、幸太郎は声をかけた。

「なぁ、お前さ。やっぱすげぇよ。」

「えっ、何が?」

「野球の才能。…さっき、キャッチボールした時、俺確信したんだ。お前から受けたストレート、すごくきれいだった。優太、野球、向いてると思うぞ。」

幸太郎の言葉に、驚く優太。まさか、自分の誕生日に、親友から『特別な才能』を見抜いてもらえるなんて…。

さらに、幸太郎は、こう続けた。

「だから、俺決めたんだ。…優太、俺のチームに来いよ!」

「えっ、本当にいいの…!?」

「うん!俺のチーム、すっごくいいチームだよ。一緒にやったら、絶対楽しいし、俺もお前がいた方が、もっと野球が上手くなると思って。」

「幸太郎…!!」

〈君は、なんていいやつなんだ…!!〉

優太は、お弁当のおにぎりの味を上回るほどの温かい言葉に、深い感動を覚えた。そのおかげで、優太の胸には、ますます「野球がやりたい」という気持ちが、強くなっていったのだった。


そして、その日の夕方。

康平は、会社からの帰り道、近所のスポーツ用品店に立ち寄っていた。

数々の豊富な品揃えの中から、康平は「ひとつのグローブ」を探し求めていた。それは、あの日、優太がキラキラした眼差しで目で追っていた、菅野投手のモデルグラブ。

「…おっ、あった!」

価格は、一個で30000円ほど。決して安いものではないが、「優太のためなら」と、康平は迷いなくそのグラブに手を伸ばした。そして、そのままグラブを手に、レジへと向かった。

「お会計、30000円になります。」

「あの、すみません。このグラブ、ラッピングすることって出来ますか?」

「はい、もちろん。お子さんへのプレゼントですか?」

「はい。…今日、うちの息子が、7歳になりまして。つい先日『野球がやりたい』って言ってくれたんです。それがもう、嬉しくて嬉しくて…。」

「息子さん、お誕生日ですか。それはめでたいですね。…では、それでしたら…、少々お待ちくださいね。」

「…?」

店員さんが、店の奥へと消えていった。何事かと思いきや、店員さんが大きな大人用の同モデルのグラブを持って、奥から戻ってきた。

「せっかくのお誕生日ですから、大人用のグラブも一緒にラッピングいたしますね。いかがですか?」

「えっ、そんな…。いいんですか…!?」

「えぇ。高価なものなので、お代は結構です。お子さんとのバースデーキャッチボール、目一杯楽しんでくださいね。」

「…はい、ありがとうございます…!!」

店員さんからの粋な計らいによる「神対応」に、康平は涙を流した。康平は、嬉しさのあまり、レジ横にあった軟式ボールも手に取り、それも一緒にラッピングしてもらった。

ボール代も追加で会計し、店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

「優太が俺の帰りをずっと待ってくれている。早く帰らなきゃーーーーーー」

康平は、急いで車に乗り込み、エンジンをかけると、そのまま家路へと急いだ。


家に帰ると、優太と和美が、バースデーケーキを作って待ってくれていた。

「パパ、お帰り!待ってたよ!」

優太は、ニコニコの笑顔で康平の顔を見ていた。

「お帰りなさい。誕生日会、始めるわよ。」

食卓には、誕生日会仕様なのか、いつもより豪華なメニューが並べられている。昨日の夜から、和美が今日のために、一生懸命仕込んでいたものだろう。照り焼きチキンに唐揚げ、海老ピラフにポテトサラダ…。実に美味しそうだ。

「そうだよパパ、早くやろうよ。お腹ペコペコだよ~。」

「分かってるよ。今手を洗ってくるから、ちょっと待ってて。」

優太の屈託のない表情に、康平は確信していた。

「優太、やけに嬉しそうだな。もしかして、いいことでもあったんだな。」

そう思いながら、康平は手洗い場へと向かっていった。


そしていよいよ、誕生日会が始まった。

「優太、7歳おめでとう!乾杯!!」

「ありがとう、パパ、ママ!乾杯!!」

豪華料理を食べながら、7年間の思い出を語り合う3人。優太には幼稚園の頃の記憶しかなかったが、とても嬉しそうにアルバムやホームビデオを観賞している。

食事が終わると、いよいよクライマックス。バースデーケーキの登場だ。

「ハッピーバースデーの歌」でろうそくの火を消した後、色とりどりのフルーツが盛られたケーキを切り分け、3人で美味しそうに食べた。愛犬の福太郎も、隣で犬用ケーキを美味しそうに頬張っている。

「ママ、最高だよ!どれもすごく美味しい!」

「ほんと?良かったわ。昨日から、頑張って作ったもの。ありがとうね、優太。」

そして、会もいよいよお開き。いよいよ、康平が買ってきたプレゼントを渡す時がやってきた。

「優太、心の準備はいいか?」

「うん!」

「まずは、ママからだ。和美、よろしくな。」

「はい。…優太、ママからのプレゼントよ。開けてみて。」

和美に促され、少し緊張しながらも、プレゼントを開ける優太。するとーーーーーーーーーー

「うわぁ、すげぇ…!!」

それは、2014年シーズンのプロ野球選手たちが載った、選手名鑑だった。

「菅野投手も載ってる?」

「あぁ、もちろん。菅野投手は、球界を代表するエースピッチャーだからな。載ってない方がおかしいだろ。」

「アハハ!そうだね。」

「…よし、次はパパの番だ。優太、何だと思う?」

「えっ、いきなり問題?」

「そうだ。パパからのプレゼントは、ただのプレゼントじゃない。優太の人生につながる、とても大きなものだ。」

「えぇっ!?何それ?そんなに大きいのって、まさかーーーーー」

そう言った瞬間、何かをひらめいた様子の優太。そして、恐る恐る口を開く。

「…野球…道具…?」

優太の言葉を聞いて、康平はバッグから袋を取り出した。そして、

「…開けてみろ。」

康平は、あえて何も言わなかった。優太と一緒に、ひとつの感動を共有したかったからだ。あの時、スポーツ用品店のレジで店員さんがしてくれた「神対応」のおかげもあって、余計にその思いが強くなっていたのだ。

「…あれ…?」

これには、和美も驚いていた。

「菅野投手のグローブだ!すげぇ!」

「あなた、どうしたのよ。こんなに高いもの二つも買っちゃって。」

「びっくりしただろ?…実はな、これには裏があるんだ。」

康平は、スポーツ用品店での出来事を、こと細かく説明した。

康平が菅野投手モデルの子供用グラブだけを買うつもりだったが、店員さんの粋な計らいにより、大人用のグラブを「おまけ」してくれたこと。それは、優太の誕生日を祝福しただけではなく、これから始まる野球人生を、心から〈応援〉してくれたから。康平はそれが嬉しくて、レジ横にあった軟式ボールにも、思わず手を伸ばしてしまった。でも、康平は、決して後悔などしていなかった。

「優太。このグラブとボールを使って、一緒に甲子園を目指そう。俺が果たせなかった夢、一緒に果たしてくれるって、約束してくれるか?」

優太は、目に大粒の涙を溜めながら、康平の顔を真っ直ぐ見つめていた。そして小さな手で、プレゼントの二つのグローブを、ぎゅっと力強く握りしめた。

「うん…!」


2014年4月26日。優太の7歳の誕生日は、こうして幕を閉じた。

この日は、もしかしたら優太にとって、決して忘れられない「誕生日」になったことに違いないと、康平と和美はそう確信した。


夜9時。優太が眠りにつき、静かな夫婦二人だけの時間が始まった。

「今日ね、優太、とっても嬉しそうに話してくれたのよ。」

康平の持つグラスにビールを注ぎながら、和美が話してくれた。

「公園で、幸太郎くんとキャッチボールをしたんですって。そしたら、幸太郎くんが優太の野球の才能があることに気づいたみたいで、優太を野球チームに誘ってくれたみたい。優太ったら、それがよっぽど嬉しかったみたいで、あなたが帰ってくるのを心待ちにしてたのよ。」

「そうか…。それで優太はあんなに嬉しそうに。」

「えぇ。きっと、あなたが買ってきてくれたグローブに泣いてしまったのも、それがあったからかも知れないわね。」

「そうだな。…優太と一緒に、甲子園、必ず実現しないとな。俺、頑張るから。」

こうして、親子二人三脚で歩む『甲子園への旅』が、幕を開けたのだった。

(第2話につづく)


※この物語はフィクションです。




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