第37話 悪徳ギルマス、教祖と出会う
数時間後。俺は森の中に佇む教会へと到着した。
「さぁ、到着しましたよ、皆さん」
ウルフレドの呼びかけで馬車に乗っていた者達が目を覚ます。
「あれ……ここは?」
ミゲルは、ぼんやりとした顔で周囲を見渡す。俺もそれに合わせるように視線を向けると、仮面を付けた人々が教会の中へと入っていくのが見えた。その誰もが白い修道服を身に纏っていた。狂信者集団「魔人の使徒」の服を。
兵士達に促され、教会の中へ入る俺達。そこからさらに地下の通路へ。ここは原作でもあったな。原作でアロン達が乗り込んだ場所だ。
石造りの迷路のような通路を抜けると、大きな広間に出た。設置された席は100席ほどあるように見える。席の中央には通路が設けられ、その通路の先には舞台が。そこはまるで劇場のような造りだった。
元々ウルフレドの屋敷にいたメンバーは、席が決まっているのか迷わず奥の席へ座っていく。席に座った彼らは、他の者達と同じ白い仮面を身に付ける。俺とミゲルは、中央の通路に近い席に案内された。
「あ、あのウルフレドさん? これは一体……? 私はただの親睦会と聞いていたのですが……」
「何も心配する事はありません。お二人に、素晴らしいお方を紹介するだけですよ」
「素晴らしい? き、急用を思い出しました! 私はここで……」
席を立とうとするミゲル。ウルフレドは爽やかな笑みを浮かべながら、彼の行く手を遮った。
「ミゲルさん。このような場所に連れて来られて不安になる気持ちも分かります。しかし、お話だけでも聞いて頂けませんか? 聞いて頂きましたら貴方の研究の融資は約束しましょう」
「え、聞くだけで……いいんですか?」
「ええ。それだけで結構です。それだけで、貴方の研究は大きく前に進む事になりますよ」
「それ……なら……」
ミゲルが渋々といった様子で席に着く。なるほど。ミゲルは貴族達の学院で教師をしていると言っていた。恐らく、教鞭を取りながら何かを研究しており、その研究資金の融資を餌にこの場に誘い出されたのか。
俺には人脈、ミゲルには資金。美味い餌を与えて誘い出す。ウルフレドはこういうやり口をする男か。
ミゲルは俯いてそれ以降は何も話さなくなってしまった。
「ジルケイン君も不安かな?」
「いや? どんな話を聞かせて貰えるのか楽しみにしておこう」
「あの方は世界が変わるような体験をさせてくれるよ」
ウルフレドは俺が逃げないと判断したのか、その場を後にした。ヤツが最前列の席に腰を落とすのを見届け、もう一度場内を見渡す。出口は後方の大きな扉のみ。周囲は兵士に囲まれている。2階はバルコニーのようになっており、一定間隔で弓兵らしき者達が配置されている。
明らかに異様な空間。中に入った者を決して逃さないというような状況だな。
ここで何が起こるかは理解している。魔人の使徒の教祖バスタール・クシュルナは固有スキル「
その中で、信者達の最も望む言葉を的確に与え、自身の手駒にするという儀式だ。一度かかってしまえば、その威力は絶大。ヤツが意図的に幻惑を解除しない限り、正気に戻る事は無くなる。
この力を使ってバスタールは旧体制の魔人の使徒を手に入れた。前教祖から教祖の地位を奪ってな。
この幻惑スキルに飲まれないよう、俺とリゼットはアロンに「
あとはリゼットがこの場に潜り込んでいるかだが……。
ん?
2階のバルコニー。その隅にいる1人の弓兵。それが持ち場を離れるのが見えた。恐らく他の者と交代したのだろう。
弓兵が他の兵士達の前を通り過ぎ、暗がりに差し掛かった時、暗闇の中から2本の腕が伸びる。
「……ッ!?」
片方の腕で口を押さえられた弓兵は、叫び声を上げる間も無く喉元にナイフを押し当てられる。血の代わりに走る淡い光。
リゼットと目が合う。彼女は俺をジッと見つめると、弓兵を暗がりに引きずり込んだ。そして数十秒後、暗がりから弓兵が何事も無かったかのように現れる。現れた弓兵は、他の兵士に気付かれないよう、俺に親指を立てて見せた。
……弓兵と入れ替わったか。やはり彼女こそが最適解だったな。
そんな事を考えていると、会場に声が響き渡る。
「バスタール・クシュルナ様の入場です!」
舞台袖から白い修道服を着た老人が現れた瞬間、会場内に割れんばかりの拍手が巻き起こる。俺の隣に座っていたミゲルは、不安そうに耳打ちして来た。
「な、何が始まるんですかね……?」
「さぁな。俺には見当もつかん」
生憎、俺は全員を救えるだけの準備はして来ていない。ミゲルには悪いが、一度バスタールの幻惑にかかって貰うしか無いな。知り合ったよしみだ。全てが終わった後で幻惑の解除だけはしてやるか。
懐に手を伸ばし、2つの小瓶を開封する。対抗呪文と抵抗値上昇の魔法が発動し、俺の体が淡い光に包まれた。これで準備は整ったな。
「今日はよく集まってくれた。新たな顔ぶれも見ることができ、私は嬉しく思うよ」
口を開くバスタール。まるで講演会だな。ヤツが軽口を交えるたびに会場に笑いが起こり、熱のような物がこもっていく。ふと会場隅を見ると、赤いモヤのようなものが発生していた。
あの色、精神異常を引き起こす薬草を燻した煙か。
赤いモヤが薄くなり、室内に充満する。甘ったるい香りが鼻をつく。すると、俺達以外の者達の瞳に熱烈な支持の色が。第三者の俺から見て、明らかに異様な光景。それは狂気にも見える。これが奴らの組織の力の根源か。
「では、新たな仲間を迎えるとしよう。名前を呼ばれた者は私の前へ。スレア・フィリング」
右奥の席、スレアと呼ばれた女性が兵士達に促されて壇上に上がる。不安げな表情のスレア。対して、バスタールは仏のような笑みを浮かべていた。
さて、ここからが本番だな。見せて貰おうかバスタール。貴様の手品を。
教祖バスタールが、壇上に呼ばれた女性、スレア・フィリングの元に歩み寄る。怯える表情のスレアに対して、バスタールは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「あ、あのう……私は別に……」
「何も心配する事は無い。君の悩みは分かっている。苦労して領主の元に仕えるようになったが、君より上のポストの者に出世を邪魔されているのだろう?」
「え……どうしてそれを……? 誰にも言っていないのに……」
「私はね、魔人の力によって他者の心が読めるのだよ。そういう固有スキルを持っている」
……あからさまなペテンだな。ヤツに人の心など読めるはずもない。ターゲットの選定と徹底的なリサーチがそれを可能にしているだけだ。悩める者の心を覗いたのではなく、悩める者をここに集めたのだろう。俺の世界でも時折見る詐欺の手口だ。
なおも舞台上では問答が続く。まるで演劇でも上演されているかのように。
「君は生まれが他の者より劣っているな? 様々な嫌がらせを受け、今の地位に辿り着くのも他の者より時間がかかった」
「そ、そうです……私は愛人の子として生まれたから……」
この世界に詐欺の知識を持つ者はいない。結果としてすぐに騙されてしまう……誰も舞台上にいるスレアの事を笑う事はできないだろう。
「安心していい。私は全て知っている。だからこそ、私は君をここへ呼んだ。君の努力が報われる世界を作る為に」
「本当ですか……?」
「君は本来魔人として生まれるべき存在だった。それが運命の悪戯で人として生まれてしまったのだ。今、証拠を見せよう」
バスタールが指を鳴らす。ヤツの体から波動が放たれ、会場を包み込む。次の瞬間、会場から感嘆の声が漏れた。
「じ、ジルケインさん! 彼女の体に翼が……!?」
ミゲルが興奮したように俺の袖を掴む。
「バスタール様の奇跡だ!」
「私達の真の姿を映す力よ!」
「あの女性も俺達の仲間だ!」
信者達が口々に叫び出す。原作でこの集まりのシーンは見た事があるな。あの波動は真の力を晒す力などではない。アレこそがヤツの固有スキル「
ヤツの固有スキルは相当強力なのか魔力抵抗値を上げ、対抗呪文を使った俺でも、彼女の変化する姿を見る事ができた。
紫色の肌に赤い瞳、頭の2本のツノ。そして……コウモリの様な翼のスレアの姿を。
彼女の姿は幻想だ。タネを知っている俺には何の効果もないが……俺とリゼット以外の者は精神異常を起こした上で目撃している。彼らにとってこれは全く違う光景に見えているだろう。それこそ、バスタールの起こした奇跡だと。
人間は信仰や民話という物語を共有する事で群れを成して来た生物。それはこの世界においても同じようだ。より強い物語を共有した者達が強い結束を生み、世界を動かす。
奴ら魔人の使徒の物語はこうだ。
この世界とは異なる次元、魔人の世界。本来自分達はそこで生まれる魔人だった。しかし、因果の歪みが自分をこの世界へと産み落とした。
努力しても報われぬ世界。それは生まれの順や血筋、差別によって引き起こされる。このような試練を自分はなぜ与えられたのか?
それを起こしたのが因果の歪み。何かの間違いなのだ。
自分達は本当は魔人なのだ。矮小な人などではなく、選ばれた民。
その真実を見せるバスタールこそ、魔人が使わした預言者。彼と共に自分は本来の姿となる。魔人の世界とこの世界を繋げ、この世界に再び魔人を復活させる。そして自分達は魔人の力によって本来の人生を歩むのだと。
……原作で復活した「本当の魔人」は人を人とも思わぬ戦闘民族。彼らの信じる魔人とは全く違う存在だ。
唯一原作バッシュだけがその復讐心を奴らに気に入られ力を与えられた。が、それ以外の魔人の使徒は全員魔人共に皆殺しにされる。それはもう悲惨なまでに。バスタールやウルフレドすら肉塊にされる。
結局の所、ここにいる全員はバスタールの妄言を信じたゆえに破滅する哀れな存在という事だ。
これが魔人の使徒が信じる物語だ。実にくだらない物語。実にくだらないが、よく出来ている。
人の弱みと希望を徹底的に研究した者の物語だ。これは、バスタール自身も魔人復活のシナリオを信じているからこそできた所業。ヤツは自分自身を預言者だと信じ込ませている。それ故に強さを得たという事だ。
信じる者は救われる……例えそれが幻想でも、か。皮肉だな。
バスタールがスレアに言葉をかける。感極まったようにスレアは感謝の言葉を口にした。真の自分に気づかせてくれたバスタールに。
そうしてまた歓声が上がる。共感が共感を呼び、ここにいる者をより深い深淵へと導いていく。見ている分には面白い余興なのだが、俺の順風満帆な人生に魔人復活という影を落とすのだからタチが悪い。
こうしてバスタールは次々に人を呼び出し、魔人の姿を見せ、賞賛されていく。ヤツはやがて両手を開き、信者達へ語りかけた。
「この世界に魔人を!! 我らが掲げる生贄はあと5人!!! それを成せば我らの長き試練の日々は終わる! 魔人として生きる真の人生が始まるのだ!!」
歓声が上がる。狂気の渦が巻き起こる。隣にいたミゲルが呼ばれた時、彼は爛々と目を輝かせて言った。
「私の番ですよジルケインさん! 私も魔人だったみたいです!」
怯えていたミゲルがこのようになるとは。すっかりヤツの術中にハマっているな。
2階に目を向ける。そこには既に弓兵は誰もいない。1階に視線を落とすと、俺達を取り囲んでいたはずの兵士も既に「処理」されていた。
暗闇の中からボワリと少女の姿が浮かび上がる。既に弓兵の服から普段の装備に戻っているリゼット。彼女は、俺の視線に気付き、コクリと頷く。
そろそろ頃合いか。
俺は全員に聞こえるよう大きく声を上げた。
「くだらないな。ここにいる者達はバスタールのペテンにかけられているようだ」
俺の言葉に会場が一瞬にして静まり返る。全員の視線が俺に向けられた。
バスタール。素晴らしい手品を見せてくれたお前に礼をしてやろう。
貴様の化けの皮を剥がすという礼をな。
―――――――――――
あとがき。
次回、ジルケインは信者達の前で教祖に話しかけ、ヤツの持つ矛盾を……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます