第19話

 ◇


 私とレオツルフを先頭にした『高慢の寮』の一同は黙々と寮を目指して歩き始めた。ただ先ほどの威嚇が効いているせいか、みんなに距離を置かれてしまっている。


やりすぎたか?


 でもその分、波路もはるか後ろへ追いやられていたから結果オーライだ。


「寮、というのはここからは遠いんですか?」

「うーん、遠からず近からずといったところかな。それよりも迷わないことが重要だね。何しろ、この学園自体が広い上にあちこち入り組んでいるから。


 確かに。学園の敷地内に入ってから大した事はしていないが、迷路と言っても過言ではない程に入り組んでいるのはよく分かる。おまけに校舎のあちこちに魔法陣での仕掛けが点在し、油断していると魔法酔いをしかねない程に複雑な雰囲気を纏っている。


 地理を覚えるだけでも一苦労しそうだな…。


「けど今日の寮への挨拶が終われば、使い魔が色々と気を使ってくれるから」

「使い魔? 使い魔がもらえるんですか?」


 使い魔と聞いて、一気に魔術アカデミーにやってきた実感が沸いてきた。どんなのがいるのだろか。カッコよさよりは可愛い方が嬉しいのだけれど。ところがこちらの期待を少し裏切るような返事が返ってきた。


「もらえるのとはちょっと違うかな。寮生で共有するっていうの方が近いかも…あ、ちょうどいい」


 レオルツフは渡り廊下を曲がり、そこから外に出た。外は月夜の支配するところになっており、校舎に囲まれた庭園だろうと何となく予想はついたが全容は知れなかった。


 すると庭園の花壇の茂みから、ガサガサと何かが動く気配がした。全員が注して見てみると、ひょこっとソレは顔を出した。


「…蛇?」


 正しく一匹の蛇だった。まるでこちらを品定めするようにじっと眼差しを向けたまま動かない蛇を見ていると、私達も動いてはいけないと言われているような気がしてくる。そんな中、レオルツフが気さくに蛇に話しかけていた。


「こんばんは。正式な挨拶はこれからだけど、今日から傲慢の寮へ入る新入生たちです。よろしく面倒を見てくださいね」


 蛇は言葉が分かるのか、コクリと頷くとまた茂みの中に顔をひっこめた。不覚にも一連の動作に可愛いと思ってしまう。


 そして話の流れで、今のが使い魔と呼ばれる存在なのだと予想した。


「今のが使い魔なのですか?」

「うん。七つの寮すべてにその象徴たる偉大なる悪魔の名前とそれに割り当てられた魔獣と穢れた獣がいる。傲慢の寮の場合は…」

「『ルシファー』の名前の下、グリフィンと蛇が与えられている訳ですね」

「その通り。どうやら君は歴史にも精通してるらしいね。僕も含め、大抵の奴はこの学校に入るまでそんなこと知りもしなかったのに」


 私が先んじて知識を披露すると、レオルツフは驚きつつも感心したような顔を見せてきた。この手の知識は魔法と一緒に散々コルドロン先生に叩き込まれたのだ。


 魔女と悪魔は友好的な関係を築きやすいが、それでも私が人間であることには変わりない。隙を見せれば私をむさぼるためにいつでも牙を剥く。それが悪魔というモノだ。そして悪魔が人間に付け入る隙と言うのは、『無知』に他ならない。それは聖書の時代から使われる悪魔の常套手段だ。


 悪魔を手下に使ってやると決めてから、かなりの勉強をしてきたのだ。というか鼻を高くできるような知識ではない。むしろ常識だと思っていたが、案外そうでもないことに驚いた。


「流石、アヤコ様。お詳しいんですね」


 その時、後ろから声をかけられた。見れば一人の女子生徒が一団の前に躍り出ていつの間にか私のすぐ後ろを歩いていた。声をかけてきた女の子には見覚えがある。確か…。


「あなた…確か」

「最初の試験会場でお会いしたリリィですぅ。先ほどは生意気な口をきいてしまって失礼しました」

「…同じ寮になったんですね。よろしく」

「はい! こちらこそ」


 さっき会った時とは打って変わって猫なで声を出して接してくる。下に見ていたり侮っていたりした相手に実力の程を見せつけて媚びさせる感覚は何度味わっても気持ちがいい。状況次第なら生殺与奪の権を握ることだってできるし。


 すると、リリィはずいっと私との距離を縮めてこっそりと耳打ちをしてきた。その声は甘く、私が男だったら簡単になびいていたかもしれない。


「ところで、一つ提案したいのですけれど?」

「提案?」

「もしご入用なら私を従者にして頂けませんか?」

「え?」

「ほら、アジアから来たのなら勝手も分からない事が多いでしょう? それに主席合格で【七つの大罪】の長として私達一年生をまとめ上げるとなったら、ご多忙になることは必至。身の回りの世話役が一人いても困らないと思いますが?」

「…私のご機嫌取りってこと?」

「はい。そうです」


 嫌味を言ったつもりが面と向かって本心をさらされてしまった。どうしよう。こういう裏があるのに裏表のないタイプの奴って結構好きなのよね。要は裏しかないから。


 それに確かに彼女の言う通り、多忙を極めることは必至だし、悪魔やアメリカの風俗に精通した誰かが傍にいてくれるというのは助かる場面も多そうだ。所詮は極東の島国から出てきただけの田舎娘というレッテルはどこかで張られるだろうから。


 けれど…。


「けど、同級生を従者って…」

「別におかしいことじゃありませんよ? 他にも貴族の家の出身の生徒は従者従僕と一緒に受験してますし、学校生活でお世話をするのは普通の事です」

「そうなの? けど寮が違うことだってあるでしょ?」

「入学前からの主従なら同じ寮になるのは当然です」

「けど抽選で決めるんじゃ…」

「クジくらいをどうにかできないようなら、従者として殺されたって文句は言えないですよぅ」


 そんな理不尽な話があるのか? いや、あるだろうな。何せ相手は悪魔なのだから。不条理で不合理な無理難題などを否応なしに押し付けてくるのは容易に想像できた。


「それで、どうでしょうか?」

「お願いしてみようかな」

「ホントですか!?」


 リリィの両目が宝石のようにキラキラと輝く。これが演技だとしたら大したものだ。傍にいてもらって退屈することはないだろうし、そうでなくともここまで世渡りが上手ければ得をすることも多いと思う。どの道、従者として仕えてもらって損をすることはないだろう。


「リリィの言う通り、少し心細いから」

「任せてください。何だったらさっきから飛びあがってまでこっちを伺っているストーカーも始末しておきますよ?」


 殺害予告を嬉々として提案する様も悪魔らしくて気に入った。あのバカがターゲットでなければ私も笑顔で応じていたかもしれない。が、アレはダメだ。関わるだけ損という悪魔も裸足で逃げ出すほど質の悪い男だから。


「ううん。アレは放っておいて。見てもダメ、目が腐るから」

「そうですか?」


 しょんぼりするリリィに私は並んで歩くことを許可した。ところが、それも束の間、目的の場所に辿り着いてしまった。


 屋敷と呼んでも差し支えない四階建ての建物が私達の前にそびえ立っている。窓から漏れる暖色の光が、闇夜の中にあってより不気味さを助長させていた。レオルツフは玄関に続く数段の階段を一足先に駆け上がると、振り返って私たち全員に告げた。


「さ、ついたよ。ようこそ『傲慢の寮』へ」

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