第三話 

「どういうつもりだったのか説明してもらおうか」


 屋敷に帰り、普段食事などをする食堂に入るなり、ライナーはハノとロートに問詰めてきた。

 帰る道すがらも、三人は無言で、特にライナーには話しかけられるような雰囲気も隙もなく、ハノはただしょんぼりとうな垂れているばかりだ。

 ロートはというと、普段通りに飄々とした様子ではあるものの、しょ気ているハノを見やっては困ったように眉を下げて苦笑し、肩をすくめる。

 そうしてそのまま屋敷へ――ロートが宿代替わりにと言って、滞在二日目にあっという間に魔法で修復してしまった――入り、食堂に入ったところでそう問われている。

 ライナーは腕組みをして仁王立ちし、うな垂れるハノと悪びれる様子なく肩をすくめているロートを交互に見やり、ため息を吐く。


「どうして勝手に屋敷から出たんだ。ひとりで出るんじゃないといつも言っていただろ」

「私がついていたから、まあ一人じゃないんだけどねぇ」


 苦笑しつつそう言い訳をするロートに、ライナーは睨みを利かせて、「俺はハノに聞いている」と言い返し黙らせる。ロートはやれやれと言いたげに肩をすくめ、そっぽを向いてしまう。

 ハノは、そのやり取りに一層気まずさを覚え、どう返せばいいのかを考えていた。

 だってライナーが屋敷に閉じ込めているから、外に出てはいけないというから、と、抱いていたままの不満を告げようとしたのだが、それだけでライナーが許してくれる雰囲気には到底ない。何よりそんな言い分こそ子どもだろう。

 ずっと頑なに止められていたものを破ったのだから、それ相応の理由を述べなくてはならないのではないか。そんな気がハノにはしていた。


「ハノ、どうなんだ?」

「え、っと……」

「俺との約束を破ってまで外に出たかった理由はなんだ、ハノ」


 厳しい口調で問われ、ハノはますます答えに窮してしまう。返答次第では、ライナーの逆鱗に触れ、最悪、屋敷を出ていってしまう気がしてならないからだ。


(ライナーに、出て行って欲しくない……でもそれよりも、ライナーは僕が約束破ったことをすごく怒ってる……)


 ではまずどうすればいいのか。謝ろうにもそのタイミングを逸してしまっているし、問われたことにもどう答えればライナーを怒らせずに済むのかがわからない。

 どうしよう、どうしよう……そんな想いがぐるぐると頭の中を渦巻き、喉が詰まったようになって声も言葉も出てこない。出るのは、知らぬ間に溢れた涙ばかり。


「……だって、僕はもう十八なのに……ライナー、ずっと、小さい時のままみたいに扱う、から……だから……」


 十八だから、もう大人と同じだから。それは確かに一理あるにしても、いまこうしてしゃくりあげながら弁明するにはあまりに幼稚で、説得力に欠ける。情けないとわかっているのに、涙が溢れて止まらない。


「僕だ、って……もう、大人、なのに……」


 消え入りそうな声でそこまで呟くと、それ以上ハノは何も言えなくなり、ただすすり泣くばかり。しんとした、夕暮れの射し込む食堂の中で、ハノのすすり泣く声だけが静かに響く。


「だから、ロートと一緒に外に出ようとしたのか?」


 ライナーの問いかけにハノはこくりと頷き、はたはたと涙がこぼれていく。小さく溜め息が聞こえ、ライナーが呆れているのかと思い、ハノはぎゅっと身を硬くする。次に、もし「ここを出ていく」と言われたらどうしよう。そんな悪い予感しかしない。


「いいや、外に出ようと言ったのは私だよ」


 気まずさを覚える沈黙を破るように、ロートがけろりとした様子で、ハノの代わりに答える。思わずハノが顔をあげて隣に立つロートを見やると、ロートもまた苦笑してハノを見やり、そしてライナーを見据える。


「あんたがそそのかした、ってことか?」

「まあ、そう言われたらそうなるんだろうねぇ」

「あんたって人は……!」


 ロートの悪びれない様子にライナーが苛立った口調で何か言い募ろうとすると、ロートは「まあ、私の話も聞いておくれよ」と、ため息をつく。


「あんたの言い分を聞いてどうしろって言うんだ。あんただって見てただろう、さっきの騒動を」

「その騒動がどうして起きてしまったのかは、ハノに説明しなくていいのかい?」


 柔和に笑いつつも、有無を言わせないロートの口調に、ライナーがグッと口をつぐみ、「それは……」と、言いよどむ。ロートに言い分にも一理あるということなのだろうか。


「お前さんがハノを守ろうとしてる心意気は買うよ。でもな、だからって当人が知らないままに頭ごなしに閉じ込めておくことが最善だとは、私は思わんよ」

「……しかし、それは」

「ハノだって人で言うならもう十八で、この屋敷の主なんだ。屋敷の外は知らないとは言え、まったくの無知ではないだろうよ。それはお前さんが一番よく知っているだろうに」


 ロートの言葉に、ライナーは口を引き結んで頷き、そして小さく息を吐いて、「……そうだな」と答えた。

 そうしてライナーはハノの方を見やり、先程までの怒気を含んだ表情から一転し、いつものやわらかくやさしい目で見つめてくる。


「ハノが知らない方がいいのではないかと俺は思っていたが……それが最善とは限らないのは、確かかもしれないな」


 何かを確かめるように呟いた言葉に、ハノが数度瞬きながら首を傾げていると、ライナーは小さく苦笑した。


「頭ごなしに君を閉じ込めていて悪かった。ただ、俺の話も聞いてくれるか?」


 いままでのように、幼い姿のままのハノに言い聞かせていた時の雰囲気とは違う、まっすぐにハノを見つめてくるライナーの真剣な表情に、ハノはこくりと頷いて返す。


「うん、聞かせて、ライナー」


 どんな話であっても、大人であるなら、ヴェルグ家の主であるなら、聞かなくてはならない。そんな気がハノにはしていた。だからハノはまっすぐにライナーを見つめ返し、そして彼の言葉を待った。



「ハノが屋敷に隠れていた時、村もまた、賊から離れたやつらからひどい目に遭わされていたんだ」


 日が落ち、暗くなってきた食堂に、ロートが魔法で明かりを灯す。蝋燭より明るくやさしい光は、ハノたちの心を安心させる。

 しかしライナーは沈痛の面持ちでうつむいていて、そして当時村で見聞きしてきた話を教えてくれた。


「賊の目的はハノたち竜人ではあったんだが、中にはそれだけでは気が済まない荒くれがいたらしくてな……そいつらが村にまで竜人狩りと称した強奪に出向き、暴れ回ったというんだ」


 その被害は屋敷ほどではなかったそうだが、それでも全くケガ人がいなかったわけでも、奪われたものがなかったわけでもない。冬を越すために蓄えていた食糧や財産とも言える家畜、代々伝わる懐中時計など、人々の生活に欠かせない物の多くを奪い、壊された。


「そしてやつらはこう言った。“恨むんなら竜人たちを恨むんだな。あいつらがここにいなけりゃ俺らがここに来ることはなかった”と」

「そんな……」


 フライハイト領において、竜人と人間は長きにわたって共存してきた、いわば仲間のような間柄だったと、ハノは父から言い聞かされていた。竜人としてこの地を治め、人間と共存し、争いの絶えないクロイツ国で一番と言える平穏な地になっているのだ、と。

 しかしそれを、どこの誰とも知れない野蛮な賊の振る舞いで打ち砕かれ、壊されてしまったのだと、ライナーは言う。だから村人はヴェルグ家のハノを、ひいては竜人そのものを恨んでいるのだろう、と。


「じゃあなんで、ライナーは毎日のように村でお手伝いとか出来ていたの?」


 よそ者という点で言えば、脱走兵であるライナーだって賊と同じようなものと言える。それなのに、毎日のように村に出て農作業などを手伝い、食材を得たりしていたのだ。

 しかしその疑問はあっさりと解けた。


「――俺が、竜人はすべて死んだ、と言ったんだ。だから、もうこの地に竜人はいないから安心しろ、と」


 ハノから目を逸らし、申し訳なさそうにうつむきながらこぼすライナーの言葉にハノは言葉が出なかった。自分を死んだ者として扱われているなんて思いもしなかったからだ。


「なんで、そんなこと……」

「そうでもしないと、村の者はそのうちこの屋敷に立ち入ってくると思ったんだ。本当に竜人が死に絶えたのか、と何度も俺は聞かれた。そうでないと、またあのような賊に襲われると思っていたんだろう」


 それは確かにそうかもしれない。竜人の牙を目当てとしている賊がいるのなら、いつかまた同じような目に遭うかもしれないと思うのは自然な考えだ。しかしそれはつまり、竜人の生き残りであるハノの存在を知られれば、ハノの命が危ういということでもある。


「だから俺は、ハノをこの屋敷から出したくなかったんだ。そんなことをすれば、みすみす君の牙を抜かれて殺されてしまうかもしれないからな」

「…………」

「だが……この大馬鹿なお節介魔法使いのせいで、ハノの姿が露呈してしまった、というわけだ」


 そう、ライナーがロートの方を睨みつけると、さすがのロートも肩をすくめ申し訳なさそうにしている。

 ハノはライナーの言葉に自分の思慮の浅さを突きつけられ、何も言えなくなっていた。異様に頑なにハノをこの屋敷に隠そうとしていた理由が、自分を守る約束を果たすためであるなんて思いもしなかったからだ。


「ライナー……ごめん……僕、とんでもないことしちゃったんだね」


 もう村にはライナーも行けないかもしれない。そうなれば、食材はどう手に入れればいいだろうか。竜人であるハノは、この地より他に行く場所があるのかさえわからない。

 それはきっとライナーも同じ気持ちなのか、じっと口をつぐんだままで答えずうつむいている。重たい沈黙が部屋の中を覆っていた。


「――なあ、二人とも。御取込み中のところ悪いんだけれど、私に一つ提案があるんだよ」


 重たい沈黙を破るように、からっとした声でロートが挙手をし、ライナーとハノがそれを半ば呆れた目で見つめる。

 何をまた余計なことを……と、言いかけようとしているライナーを制し、ロートは指先で大きな円を中空に描き、それから何やら懐からキラキラと光る砂を出して振りまいた。


「ロート? 何をしたの?」


 ハノが瞬きながら訊ねると、ロートは得意げに胸を張って答える。


「なぁに、屋敷の周辺にちょっと大掛かりな結界を張ったのさ」

「結界?」

「この屋敷ごと、お前さんたちを守る魔法だよ。そうすれば外からやってくる奴らは、この屋敷が見えていても、決して中には入れない」


 どうだ、すごいだろう、と言わんばかりに高らかに説明するロートに、「そんなことできるのか?!」と、ライナーが喰ってかからんばかりの勢いで問詰める。

 ロートは勿論、とばかりに鷹揚に肯き、こうも続ける。


「この周辺の森も結界が張られている。野生の動物たちは自由に出入りできるはずだから、狩りをする程度なら困らないと思うよ」


 その言葉に、ハノとライナーは顔を見合わせて目を丸くする。そんな都合のいいことができるのか、と。

 その様子を見ながら、「ただし」と、ロートの言葉が続く。


「ただし、結界を出てしまったら、私の魔法は効かないよ。空高く飛び上がる、というならまだしも、地続きの森の遠くだとか村だとかに行ってしまえば、魔法から守られなくなる」


 そこは注意しておくれよ、と言われると、ハノはぱぁっと顔を輝かせ、嬉しさのあまり思わずロートに抱き着かんばかりに喜んだ。


「ありがとう、ロート!」

「なぁに、私が余計なことをしたばっかりに、お前さんを危険な目に合わせかねんと、そこの過保護な保護者が言うんだから、仕方あるまいよ」


 そう、ロートが茶化すように言うものだから、ハノはきょとんとしてライナーを見つめる。

 ライナーはバツが悪そうに顔をしかめ、「誰が過保護だ」と、苦々しげに呟く。


「ハノは竜人の生き残りなんだ。過保護にするくらい当然だろう」

「ふふん、そういうことにしておいてやろうかね」


 ライナーの言い分にロートがくすくす笑いながらそう言うと、ライナーはふいっと顔を背けてしまった。その耳の端が赤いことにハノは気付いていたが、理由まではわからず、二人のやり取りを不思議そうに見つめていた。



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