第5話 その1 ドドドドド暴走アポート

「おっす、寧羽」


 初めての出会いから一週間後、土曜日。

 智音と待ち合わせした場所にやってくると、寧羽よりも早く智音が到着していた。

 智音は寧羽を見つけると、呼びかけ、寧羽のことを手招きする。

 ただ、その格好は、前回のパンク風味のものとはだいぶ雰囲気が違う。声をかけられなかったら、気づかず通り過ぎてしまいそうなくらいには。


「……そういう格好、なんていうんだっけ? KPOPファッション?」


 近づいた寧羽は、思わず智音に問いかけた。

 体のラインが出るようなシャツに、短めのスカート。ただ、スカートは実際にはズボンタイプらしく、よく見ると股の部分にも布地がある。アクセントにところどころについているリボンが可愛らしい。

 髪も前回とは大分違う。シャギーボブの黒髪が、今はエクステで延長されてセミロングくらいになっていた。毛先に『くるり』とつけられたクセが、服との相性バッチリだ。


「アタシもどう分類するのかは知らないけど、しいて言うならバレエコアってやつかな? 韓国発らしいから、確かにこういうの、韓国のアイドルはよく着てるかもね」


 で? と。

 説明を終えた智音は、少しだけ除くへそを見せるようにポーズをとりながら、寧羽のことを試すような視線を向ける。

 表情はそこまで変わらないのだが、ビシバシと、試してやろうという意思を感じる。


「前は服の感想、もらってなかったよね? 今日は教えてもらおうかな。どう?」


「どうって言われてもな」


 突然求められた感想に、寧羽は言葉に詰まった。

 ド直球の感想と、気を回した感想、二つが頭の中に巡っている。

 とはいえ、悩むまでもない。ド直球な感想は人を選ぶ。

 寧羽は喉に詰まった二つの言葉の内、片方を飲み込むと、もう片方をなるべく自然な口調で吐き出した。


「似合ってるよ。カッコ可愛いっていうか。智音はかっこいい要素が入ってる格好似合うよな、表情あんまり変わらないし」


「表情関係ある? ……ま、褒めてくれたからいいけど。今度は可愛いの着て見せてあげる」


「想像つかないな、わりと」


「アタシ、服着るの趣味だし、結構色々着こなせる自信あるよ」


 ふぅん、と、寧羽があいまいに頷く――と。

 不意に、寧羽は智音から感じる『念』が強まったのを感じた。到着する前に、意図的に切っておいたテレパシーに、智音が自分の声を受信させようとしているのだと、すぐにわかった。

 とはいえ、テレパシーを受信したらどんなエロイ妄想の言葉が脳内に叩き込まれるかわかったもんじゃない。

 しかしなにか言いたげな――あるいは『聞きたげ』なのか――智音を放置するのも、気分が悪いので、寧羽は恐る恐る尋ねた。


「おい、なんか、言いたいコトなり聞きたいコトがあるなら言えよ? 素直に」


「やっぱりテレパシー切ってた」


「そりゃ、智音のテレパシーずっと受信してたらこっちの気がもたないっつーの。……で? なんかあんの?」


「感想、聞かせてほしいなって」


 じ、と、智音が上目遣いに寧羽の顔を覗き込む。端整な顔が近づいて、寧羽は反射的に少し上半身を引いた。


「……言っただろ? さっき」


「お上品なヤツはね。でも、もっとあるでしょ? 男の子なんだから」


「人が気を遣って黙ってたものを言わせようとするんじゃねぇよ」


「アタシはそういうの、聞きたいんだって」


「エロ妄想の足しにでもするのか?」


「それもある。けど――せっかく出来た友達の、本音、知りたいって思うでしょ?」


 本音が知りたい。

 その言葉に、寧羽は一週間前、智音が自分の心の底をテレパシーでさらけ出そうとして――しかし、出来なかったことを思い出した。

 寧羽ごときのしょぼい超能力では、智音の心を深くまで知ることは出来ない。

 知りたいなら、一歩一歩、近づいて、その口から聞かないといけない。その想いを。

 もっと仲良くなりたいなら。

『普通の』コミュニケーションが大事だ。


「今度、オレがなんか質問した時、素直に答えろよ。それが交換条件」


「もちろん。お互いもっと、仲良くなりたいんだから」


 寧羽が短いため息……というわりには、随分と弾んだ吐息を漏らしながら言った言葉に、智音も頷く。

 それから、寧羽は人の流れが無い方へ智音を誘導すると、声を潜めて、改めて智音の格好を見ながら言った。

 その、服の布地を暴力的に押し上げる、胸元を見ながら言った。


「……正直に言うぞ? 胸元がエロ過ぎてそこにしか目が行かない。滅茶苦茶困る」


「ふ」


 笑った。

 寧羽の言葉に、智音は間髪入れずに笑った。嘲笑う……にも近いが、声音はなんだかちょっと嬉しそうだ。

 寧羽を馬鹿にしているというよりかは、自分の成果を誇るような、そんな笑い声だった。


「その感想が欲しかった」


「こういうのって、逆セクハラとかにならないもんか……」


「こういうのを気兼ねなく言える友達が欲しかったから、正直嬉しいよ。ありがとう、教えてくれて」


「オレは恥ずかしいから、ほどほどにしてくれ。感想求めるにしても」


「はーい。……ふふ」


 ほんのりと口元を緩めたままの智音。そんなに胸元がエロイという感想をもらえたのが嬉しいのだろうか。

 よくわからないなと首を傾げる寧羽だが、ふとスマホを取り出し時計を見て、もう数分、駅前で立ちっぱなしであることに気付く。


「それより、移動しよう。カラオケだっけ? 行くとこ」


「そ。美味しいソフトクリームが食べ放題のね」


「カラオケに求めることか、それ?」


 苦笑しつつ、先導する智音の後を追いかける。

 果たして、この美人と自分は一体どんな関係に思われているだろうかと、頭の隅でほんのり考えながら。

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