ほしわたショート ― 1分で届く物語
ほしわた
蜂つきわたあめ
河口湖の大橋は、花火大会の夜とあって、車の列でびっしりと埋まっていた。フロントガラス越しに赤いテールランプの帯が湖面に揺れて映り、そこに花火の光が重なって、夜の水面は一瞬ごとに色を変えた。窓を少し開けると、風とともに焦げた焼きそばの匂いが入り込み、遠くで子どもがはしゃぐ声がかすかに混じった。車はびくとも動かず、運転席の自分はただ、腕を持て余していた。
退屈しのぎにラジオのスイッチをひねる。いつもの軽快な声が流れ、車内の空気が少し和らぐ。
「本日のお題は、あなたの忘れられない花火大会の思い出を募集しています!」
明るい調子に続いて、次の便りが紹介される。
「続いてのお便りは……ペンネーム・サラの蜂つきわたあめ さんから!」
心臓がどくんと強く跳ねた。サラ。それは、かつての彼女の名だった。ハンドルを握る手がわずかに震え、視線が無意識に花火の光を追った。
「――『夏祭りで、彼と二手に分かれて屋台に並びました。私はわたあめ、彼はイカ焼き。人混みではぐれてしまって、花火が次々と終わっていくのに、どうしても見つけられなくて……焦れば焦るほど、遠ざかってしまう気がしました。
そして、とうとう最後の名物、大玉花火のアナウンス。あきらめかけたその瞬間、彼が目の前に現れて――。
ドドーン、と夜空に咲いた大輪を、肩を並べて見上げました。
花火はその一発だけでしたが、あの夜の思い出は、いまでもいちばん鮮やかに残っています』」
赤と白にまたたくテールランプの向こうに、ちょうど大玉花火が轟音を響かせ、闇を裂いて広がった。ラジオの声と現実の光が重なり合い、胸の奥を一瞬で締めつける。あの夜と同じだ。彼女の記憶と、自分の記憶が重なっている。はぐれた焦りも、最後に並んで見上げた大玉の火の粉も――忘れられるはずがない。
やっと渋滞を抜け出し、コンビニの駐車場に滑り込む。エンジンを切ると、静けさが押し寄せた。街灯が明るすぎて、さっきまでの喧騒が夢のように遠い。窓を開けると、花火の残り香と、焦げた匂いがまだ漂っていた。
スマートフォンの画面を開く。名前のリストに並ぶ彼女の文字。指先が汗ばんで滑り、心臓は打ちすぎて苦しいほどだ。押せば何かが変わるのか、何も変わらないのか――わからない。それでも、ためらいののち、親指が静かに画面に触れた。
その瞬間、頭の奥にふっと、あの夜の彼女の笑顔と「蜂つきわたあめ」の甘い綿雲がよぎった。どこか不器用で、けれど確かに自分の心にくっついて離れない。
――そこで、物語は終わる。
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