第2話 13
……この部屋に通されてから聞かされた話は、どれも衝撃的なものばかりで僕の理解を超えたものばかりだった。
だが、納得できる部分もある。
離宮での歴史の授業の際、僕が家庭教師に疑問をぶつけても「資料が散逸している」として応えられなかった部分を、フェルノード公やローザは淀みなく応えてみせた。
――例えばフェルノード公爵家の立場について、だ。
確かにフェルノード公爵家は統一帝国時代から存在する旧家だが、それを言ったら母上の自家であるアルマーク公爵家もまた、帝国時代はアルマーク州総督を任されるほどの旧家だし、兄上の母君――王后陛下のご実家であるロムレス公爵家もそうだ。
そもそもふたつの家の子を婚姻させ、新たに興したのがロムマーク王室の始まり。
継承戦争を生き残る為、ふたつの州総督家が血を交えて新たな王と仰ぐことで、戦乱の時代を乗り越えようとしたんだろう――と、家庭教師の歴史学者は僕に教えてくれた。
だからこそ、僕は家庭教師に質問したんだ。
ロムマーク王国成立以前から存在する公爵家は、アルマーク、ロムレス、フェルノードの三家しかない。
――政財界に絶大な発言力を持つ為、貴族院の俗な者達なんかは御三家なんて呼んでいるそうだ。
王家の祖であり、戦乱の時代を初代王と共に戦い抜いたアルマーク、ロムレスが厚遇されるのは、当然だとわかる。
――だが、フェルノード家は?
家庭教師の授業でも、戦乱時代に彼の家の名が挙がる事はほとんどなく、数少ない功績として残っているのは、幾度か近隣領で発生した侵災を調伏したというもののみ。
基本的に
基本的に領の安堵にしか興味がないとも取れる引き籠もり気質を、フェルノード家は初代の頃からずっと貫いているのだという。
――そんな御家が、なぜアルマークやロムレスと同等であるのか。
僕が長年疑問に思っていた理由が、フェルノード公達の説明でようやく腑に落ちた。
要するにフェルノード家の存在は、王家――それもロムマーク王室だけではなく、かつて統一帝国を祖とする周辺国家も含めて――の正統性を揺るがしかねないもので、だからこそ我が国も含め、各国は彼の家を尊重しつつも、その過去を「戦乱で散逸したもの」として隠すようになったのだろう。
その真実を知らされるのは、恐らく王位を継ぐようなごく限られた者のみのはずだ。
……正直なところ、フェルノード公達が自らの家の権威の為にウソを吐いている可能性も考えた。
だが、公がこの場でなんら実権を持ち得ない僕に、ウソを教え込んでまで権威に拘るような人物ならば、そもそも父上の度重なる要望を固辞してまで領に引き籠もったりしていないだろう。
これでも僕は母上やお祖父様から、宮中で生き残る為に人のウソを見破る術を教わっている。
もちろん完璧に見抜けるというワケではないが、少なくともフェルノード公達がウソを言っているようには――状況的にも思えなかった。
……ウソを吐いている者といえば――
「――さて、お待たせしました」
と、お茶のおかわりを淹れて回っていたローザが、給仕を終えてそう切り出し、僕は逸れかけていた思考を引き戻す。
――あの件はあとで、フェルノード公に相談するとしよう。
いや、僕でも気づけたんだ。昨日、あの場にいたフェルノード公が気づいてないわけがない……と、彼の本当の顔の一端を垣間見た今ならそう思える。
「まず殿下には、ハナについて説明しなくてはいけませんね」
と、ローザは黒板を一度綺麗にして、そこに『<
その下に傍線を引っ張り――
「殿下がご存知の王宮潜伏班――通称<三隠者>もまた、この<
と、そう言って傍線の先に<三隠者>と記した。
「……というか、王宮潜入班て……」
僕が呻くように告げると、ローザは笑顔で答える。
「ロムマーク王室には他国と異なり、フェルノード嫡流の血が入っておりますので。
――
よくわからない理由だったが、僕はローザにうなずきを返した。
フェルノード公やローザの説明は基本的に丁寧なのだが、意図的に説明を隠している面がある事に、僕も気づき始めていた。
それは僕を騙そうというワケではなく、恐らく今はまだ僕が知る必要がない――あるいは、知る立場にない為だと思われる。
「そして、ここに私達も加えて、<
ローザはそう言いながら、黒板の<三隠者>の横にハナ、ロミ、ローザと書き加えた。
「先程までの説明でも、何度かその名は挙がっていたな」
確かフェルノード家当主を罰する権限を持つ存在だったか。
「はい。主機の
そう僕に応えながら、ローザは黒板に書かれた名前の中で、『ハナ』に丸を付けた。
「そして彼女――ハナこそ、守護竜に次いでリーリア様に名銘された、私達<
……非常に――ええ、非常に遺憾ではありますが……」
ローザの言葉の最後の方は、まるで自分に言い聞かせているようで、そんな彼女にフェルノード公が失笑を漏らす。
「――まあ、いろいろと予想外な人ではあったよね……」
フェルノード公をしてそう評さざるを得ない人物という事か。
「旦那様との初対面の時は、ライオス殿下も一緒だった為、特に張り切っていましたからね」
……どうやら父上もそのハナなる人物と面識があるらしい。
王宮に帰ったら、話を聞いてみるのも良いかもしれない。
「んんっ――それはさておき、話を戻しますと主機――守護竜が<世界樹>となる際、私達<
――例えば第三位たるこの私は、世界の真実を知る唯一の人属の血脈である、このフェルノード家の守護と知識の継承を任されております」
その血が入っているロムマーク王室のそばに<三隠者>がいるように、彼女もまたフェルノードという血統を守り、監視する役割を持っているという事なのだろう。
「同じようにハナもまた、<廃棄谷>の守護と管理を守護竜に任され、ずっと――この国が興る以前からずっと、彼の地の深淵を守り続けていたのです」
「……あのね、いつか邪神みたいなのが来た時に、
と、リリィが僕の袖を引いて、自慢げな顔でそう伝えてくる。
「邪神? 始祖女帝と守護竜が調伏したという?」
「そうみたい。あたしもよくしんないけど……いつか起きるかもしれない、ぜつぼーに備えてるんだって言ってた」
要領を得ないリリィの説明に首をひねると――
「――殿下が仰ったように、この世界に封じられていた三器の邪神はご主人様――始祖女帝達によって調伏されました。
ですが、アレらは<天蓋>の外に巣食い、人類殲滅を目論む天敵の――ほんのひと欠片に過ぎないのです。
現に今も<天蓋>の綻び――侵災から、奴らはこの世界を侵そうと現出するようになっています」
「……宮廷魔道士や魔道学者が言うように、侵災の魔物は邪神の眷属ということか?」
僕の問いかけに、ローザはうなずきを返す。
「より正確に言うならば、魔物そのものが邪神の幼体というべきでしょうか。
恐るべき速度で環境に適応し、狡猾で、より効率的に人類を屠る為に自己改変を行うようになっています」
「そんな魔物を――侵災が起きたら駆けつけて調伏し、それができないなら<廃棄谷>のハナさんの元へと誘導するのも、僕らフェルノード家に課された義務のひとつなんだ」
「――魔物を誘導!? そんな事ができるのですか?」
そんなことができるのなら、侵災対応が一変する。
だが――
「そこは我が家の秘伝ってことで」
フェルノード公は片目をつむって口元に人差し指を立てて、そう笑った。
これもまた、今の僕は知る立場にないという事か。
「そもそも我が家が侵災調伏してる事も秘密だったりするからね。
王宮騎士団で対処できる規模の時は、あっちに任せてるし。
だから、リオールもよそには漏らさないようにね」
「わ、わかりました」
公表すれば、フェルノード公爵家は民衆に英雄のように讃えられるだろうに。
だが、公はそれを望んではいないようだ。
「さて、そうしてずっと廃棄谷の深淵で過ごしていたハナですが、ある日、突然、私を訪ねてこの城へとやって来たのです」
「アンネが生まれるちょっと前だから、十年くらい前か……」
フェルノード公が懐かしそうに目を細め、それにローザがうなずいた。
「――彼女は言いました。
守護竜の――ステラの声が聞こえた、と……」
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