第1話 10
『――飛んでけっ! <
リリィの
野生の勘によるものか、シロはわたくしより早く動き出していたわ。
わたくしの左袖を咥えて背中から降ろし、そのまま近場のビルの陰にわたくしを引き摺って駆け込んだのよ。
「――ワンッ!!」
と、急かすように吠える
「――め、目覚めてもたらせ、
ディアス先生から教わった魔法の中で、一番頑丈な結界魔法を喚起する。
わたくしとシロの周囲を虹色に輝く多面結晶体のドームが覆った。
刹那――
視界すべてが白一緒に覆われたわ。
隠れたビルがけたたましい音を立てて崩れ、吹き飛ばされて閃光の中に消えていくのがわかった。
「――な、なにが起きているのっ!?」
『……リリィお嬢様が<帝殻>――受け継いだ星竜の権能を振るわれたのです』
混乱するわたくしに<
『――こちらを御覧ください』
わたくしの目の前に
そう告げると、ローザは結界を透過する光を屈折させる術を教えてくれたわ。
『応用として、外向きに屈折偏光する事で視覚的な
――と、いまはそれよりも……
そこに映されていたのは、リリィがあの巨腕を解き放った直後をローザのいる場所から捉えたものだったわ。
巨大な水蒸気の輪を突き破って巨腕が加速した瞬間、周囲が純白の閃光に包まれたわ。
けれどローザは今、わたくしがそうしているように、多面結晶結界に偏光処理を行ったみたいで、
まず周辺の建物が一瞬で吹き飛び、閃光に晒された地面が熱によって溶解した。
リリィがいたビルもまたなかばから折れ砕けて、ドロドロに溶け落ち――リリィ自身はというと、拐われた時のように、あの金眼の魔獣に両肩を掴まれて空高く舞い上がっているわ。
「――なんなの……これ……」
これだけの大惨事を引き起こすほどの大魔法を、幼いあの義妹が喚起したというのが信じられない。
『――いえ……これって文字通り、ただ腕を振ったみたいなものなんですよ……』
『現状を説明しますと――リリィお嬢様は対魔物戦闘の為に、現在行使でき得る最大戦力を用意したのだと推測します』
そこでローザは一呼吸を置き、言葉を選ぶようにゆっくりと説明する。
『……恐らくは決戦兵装である<
「<
伝説によればその巨体は天を突くほどと言われていて、マツリ先生によれば実際のところ全高二五〇メートルあったそうよ。
『ええ。そもそもただでさえ<
ローザの声に乾いた笑いが混じったのがわかった。
『我々の主機のそれは、対既知外知性体の殲滅を目的として進化を繰り返した為、通常のそれを遥かに上回る――特異騎体となっているのです。
……人類会議に邪神認定されたそうですしね……
お嬢様にはご理解頂けないかもしれませんが……リリィお嬢様が使ったアレは、実際のところ通常兵装プロセス――ただのロケットパンチなんですよ……』
「ええぇぇ……」
わたくしは思わずうめいてしまったわ。
威力は別として、『ロケットパンチ』は理解できてしまったんだもの。
――前世の婚約者が観ていたロボットアニメで、いくつもそういう兵装を積んだ人型兵器が登場していたわ。
御家伝来の甲冑にも同じことができないかと、鍛冶士達とノリノリで話し合っているのを見たこともある。
「……た、ただのパンチで、なんでこんな大惨事が――」
少なくとも前世のアニメのロケットパンチは、こんな風に絶望的な暴風を撒き散らしたり、周囲を灼熱させたりはしていなかったわ!
『……秒速三十八万キロ――マッハ三〇〇超過の速度で、あれだけの大質量を惑星上で放てば、瞬間的に圧搾された大気は燃焼して膨大な熱量を発生させます。
結果として大気はプラズマ化し、<帝殻>はただ飛行するだけでそれを周囲に撒き散らすのですよ……』
ローザが乾いた声で示す数字があまりにも埒外過ぎて、わたくしの中の常識が理解を拒絶しようとするわ!
『……アンネお嬢様は、これほどの力を秘めたリリィお嬢様に恐怖なさいますか?』
と、あえて感情を排除したような声色で、ローザはわたくしに尋ねてきたけれど、その時、わたくしは別の事を考えていたわ。
――これはアレよ。
前世で護衛した先輩方に対する時と同じような感覚よ。
あの人達もちょいちょい、常識と物理法則を無視しているとしか思えない事を平然としでかしていたわ。
「……そうよ。そうだわ。リリィもあの人達の同類と思えば良いのよ」
どれだけ強大な能力を持っていようと、付き合ってみれば普通の女の子達で、自分達と変わらない悩みや不安を抱えていたのをあたしは覚えてる。
――だから……
「どんな力を持っていようと、わたくしがリリィを恐れる事なんてありえないし、あの子はわたくしの大好きな可愛い義妹よ!」
わたくしはきっぱりとローザに応えたわ。
いつの間にか結界の外を染め上げていた閃光は晴れていて。
「それで――魔物はどうなったの?」
これだけの大魔法だったのだもの。
いかに大怪異級の異形だって、仕留められてるはずよね?
『はい。<帝殻>は敵性体を直撃――』
止まっていた
――巨大なきのこ雲が上がって、プラズマ化した大気が紫電の帯を撒き散らしながら魔物の鉛色の外殻を焼いていく。
巨腕が燐光にほどけて精霊に還されて、残された魔物はその背に空いた大穴から、どす黒い粘液を噴き出させた。
『――ッ!?』
そこで、ローザが息を呑む。
『――傷が……浅い!? <帝殻第二甲>の直撃を受けて、この程度で済むわけが――』
ローザが取り乱した声を発する間にも、
噴き出した粘液が霧状になって周囲に立ち込め――
「――瘴気!?」
魔物が発する、世界を蝕む異界の大気だわ。
それは魔道器官を有する生物を侵して破壊――するだけならまだマシな方で、運悪く相性が良ければ魔道器官が内包する魂を乗っ取られて、肉体を異形化されてしまう。
――少なくとも、前世ではそうだったわ。
背の甲殻に空いた大穴から覗く紫がかった肉が盛り上がり――
『チィッ!! 第一邪神の時と同じ――極限状態における生存本能頼りの自己進化ですか!』
ローザが鋭く舌打ちして言い放つ。
その間も魔物の変化は続き、盛り上がった肉は巨大な蛸のような形状となって、周囲に無数の触手を広げだしたわ。
その鮮血のような紅い眼が、上空に向けられる。
無秩序に蠢いていた触手が束ねられ、鉛色の甲殻に覆われて槍のように視線を追った。
「――ッ!?」
ヤツが視線を向けた先になにがあるのか――それに気づいて、わたくしはシロに飛び乗ったわ。
「――させない!」
――嘲笑でもするかのように。
触手が束ねられた槍の穂先が狙っているのは、リリィを抱えた魔獣で。
まるで見せつけるかのように、魔物は触手をゆっくりと振りかぶる。
だから、わたくしはシロの首筋にしがみついて叫んだ。
「――シロ、全力だ! 行けっ!」
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