第8話 星が孵化する

「尾褄。CHIKAに同情してるだけなら、この話、断ってもいいぞ」


 yu-maの声は感情がこもっておらず、平坦だった。

 記憶の中のyu-maと、まったく変わらない厳しさで、尾褄を見つめている。

 尾褄は思わず、奥歯を噛み締めて俯くCHIKAの肩に、そっと触れた。

 首だけで振り返ったCHIKAが、すがりつくような目で見ている。


「どうする、尾褄?」

「CHIKAに同情して、ここにいるわけじゃありません」


 尾褄はyu-maの目を見て、はっきりと告げた。

 無機質に尾褄を見ているyu-maの視線が、怖い。

 けれどyu-maの視線が、尾褄がここにいるのはCHIKAに脅されたからじゃなく、自分で選んだ結果なのだ、と気づかせた。


 本当はずっと、踊っていたかった。

 CHIKAの言う通り、再び踊る理由を探していただけ。

 だから——


「俺は、俺の意思でここに来ました」

「……OZ」


 CHIKAのか細い声が、尾褄の胸を引っ掻いた。

 尾褄が知っているCHIKAは陽気に笑う少年だ。

 ダンスを踊ることがなにより幸せだ、と主張するようにステップを踏むのがCHIKAだ。


 大人として。

 いや、本来のCHIKAの輝きを知っているからこそ、尾褄は一歩前へ出た。

 CHIKAに向けられた氷のようなyu-maの視線を遮る盾のように。


 そんな尾褄とyu-maの視線がかち合った。

 尾褄の言葉と態度に、yu-maの氷のような目の奥が、ゆらりと揺れる。

 4カウント後、yu-maの厳しかった表情が、雪が溶けてゆくかのように柔らかなものに変わった。


「ならいい。……尾褄、お前にはCHIKAが置かれている状況を説明しておく」


 尾褄は自分のことのように、固唾を呑んでyu-maの言葉を待つ。

 握りしめていた手のひらが、じっとりと汗を掻いている。


「次のラウンド6と7。今のCHIKAは、スタメンには起用できない。正直なところ、今のままじゃ、最終ラウンドも無理だ」

「スタメン落ちって……ひどー。まだチーム内人気No.1のカードなのに」


 yu-maの厳しい戦力外通告に、CHIKAがおどけて返した。

 けれど、冗談めかして言ったその声は、どうしようもなく掠れている。


 CHIKAが虚勢を張っているだけだということは、すぐにわかったから。

 尾褄はCHIKAの肩に置いた手の指先に、力を込めた。

 ひとりじゃない、と伝えるように。


「——今のお前は、振りをなぞっているだけだ。勝てる踊りに昇華できていない」

「勝てる踊り、ね……わかってるよ。じゃあさ、勝てる踊りのマニュアル本、どこに売ってんの?」


 俯きながら拳を握るCHIKAの顔が、悔しさで歪んでいる。

 なにか、声をかけなければ。

 尾褄が口を開きかけたのと同じタイミングで、CHIKAがキリリと眉を吊り上げながらも、真剣な眼差しでyu-maを見て静かに言った。


「売ってないから、足掻いてんでしょ。……おれのことは、おれが一番わかってます」

「それで? スランプを抜けるために、どうするのが一番の近道なんだ?」

「9月のファンミーティングで披露するダンスのコレオを、OZとやらせてください」


 腰を90°に折り曲げて頭を下げるCHIKAの姿に、尾褄は息を呑み込んだ。

 尾褄を時に脅して、時に嵌めて踊らせようとしていたCHIKAとは、まったくの別人のよう。

 CHIKAの必死な姿を見た尾褄の胸には、ひとつの思いしか浮かんでいなかった。


 ——この男のために、力になりたい。


 2年もの間、ダンスから離れていた尾褄が、どれだけCHIKAの力になれるかはわからない。

 けれど尾褄は、自分の持てるあらゆる時間をCHIKAのために費やしてもいい、とさえ思いはじめていた。


 尾褄が、握りしめた拳に力を込める。

 CHIKAは拳を震わせながら、なお深く頭を下げる。引く気なんてさらさらない、というように。

 腕を組んでそれを見ていたyu-maが、顎をさすりながら言った。


「……CHIKA。お前のそれは、諦めか?」

「違う。CHIKAは諦めてなんかいない!」

「違います。おれは諦めてるわけじゃない!」


 尾褄とCHIKAはほとんど同時に、yu-maの鋭い問いかけに声を張り上げていた。

 二人の声が揃った瞬間。

 それまでCHIKAを……尾褄を厳しい表情で見ていたyu-maの目の奥に、柔らかな光が灯っていた。


 心臓が痛いくらいに鳴っている。

 けれど視界と頭はいつになくクリアで、冴え渡っている。

 きっと今、尾褄とCHIKAは同じ表情かおをしているだろう。


「CHIKA。お前のエゴで、新しい道を歩いていた尾褄をダンスの世界に戻したんだ。尾褄を後悔させるようなことだけはするなよ」

「うっす。必ず責任は取ります」

「尾褄、CHIKAをよろしく頼む。……一週間で、感覚を取り戻せるか?」

「やります。やってみせます」


 yu-maの問いに、尾褄もCHIKAも即答で返す。

 背筋はピンと。後ろ手に組み、顎を引く。

 長いあいだ寄り添ってきたかのように、二人の仕草は自然と重なっていた。

 そんな二人を見てyu-maが、ふ、と笑った。


「10日後、2on2のダンスバトル STREET BEATZ 2on2が池袋である。共作コレオもいいが、まずはスランプをどうにかしろ、CHIKA。そこで結果を出せなければ、共作コレオも、残りラウンドでのCHIKAのスタメン復帰も認めない。……やるか?」


 問われなくとも、やらない理由がない。

 まるでステージに立つ前のような緊張感。

 踊り出す前の昂ぶりそのものみたいで、懐かしい。

 2年振りに蘇る高揚感に、尾褄は自然と笑っていた。


 そうして尾褄とCHIKAは、打ち合わせをしたわけでもないのに視線を交わし、同時に小さく頷いた。



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