触れる足先への応援コメント
hikariさん、また来ました。
布団の中の猫さんでしょうか?
hikariさんの詩の読み方が前回のコメントで少しだけ、気付く事ができました。
本当に淡いのですが必ず情感がこもっているのですね。
hikariさんが作中で登場させる「君」という存在。私も、詩を普段書かない友人に「君、と書かれているのは誰?」と聞かれたことがあるのですが、そこが詩の神秘というか、
仮に特定の誰かが居ても、詩は詩として誰もが読めるものとして存在出来るんですよね。
ただ、私はかなり「君」などの二人称を使うときに特定の人物を思い浮かべる方ではある、というより、特定の人物がいないことは先ずない、と言ってもいいのかも。
hikariさんが淡く存在を描かれている「君」という存在も、読み手からは見ることは出来ないのですが、hikariさんの心の中で確かに輝く素敵な誰か、または何かなのだと思うと、
そんな詩というモンスターであれば、薄明の内に見えるところに居てほしいな。
モンスターはこわいだけではないな。
詩もこわいだけではない。そう思います。
感想が長くなり申し訳ありません。最近hikariさんの作品から感じるものが多いためです。
これからも楽しみにしています。読ませて頂いてありがとうございます!
作者からの返信
れんさん、いつも読んでくださりありがとうございます😊
私が詩や短歌の中で登場させる君、もしくはあなたは、作る際にはっきりと浮き上がる大きな存在ではありますが、不思議なものでその存在が一つに対してではなく、幾つかに重ねられる気持ちになることが作っている最中に良くあります。
私の作品の多くはそのように曖昧な色で
出来ており、また読み手の方々にも多様な心を嵌めて読んでいただけたらと願っております。
詩はモンスターと言う言葉が印象深く、そうであるなと思うのと同時に、そのモンスターは私達の心に住んでおり、それとどう向き合い共存し作品に繋げていくのかを深く考えてしまいます。
まだまだ未熟ですが、れんさんのように読んでくださる方々、そして自分自身の為に精進して参ります。
顔認証への応援コメント
自然を描写する詩人の印象の強いhikari さんが、スマートフォンの顔認証を覗き込んで、「あれれ?」と語りかけている様子が浮かんできます。普段顔を合わせている人工物であるスマートフォンの顔認証にも、愛着を偲ばせているhikari さんの意外な一面。これ、俺もよくやってるから分かるんです。笑
作者からの返信
れんさん、コメントありがとうございます✨
確かに自然を映したい気持ちが強いのでそちらに目が向きがちですが、それ以外のものにも触れていきたいとは思っています。
毎日顔を向き合わせるものですから、何とか認証してほしかったけど、なかなか上手くいかなくて焦りました。
すっぴんがいけなかったのかしら⋯(・・?
あなたの自然への応援コメント
春を迎える準備が出来ていないな、と読んでいて自分に思いました。
髪を切るようにして、煩雑に錆びた心の金属、ハリガネのようなものを切りそろえて要らないものは取り、清潔に整えられたらどれだけいいでしょうか。
きっと、過去を大切に憶いすぎてしまう人ほどだんだんに荷物が重くなって、金属の枝葉は錆びだらけで重たくなっていく。
己というものから目を離し、自分以外の誰かの傷んだ芯の点検をするように金属の剪定をすること。
そして己自身に対しては、自分を客観的にみて何が必要かを、機身の健康や健全に問いかけて傷んでいるその金属片の捨て方までもを読み切ってしまうことだと思います。
思うに……本当に人間というのは身軽な方がいいのです。存在の不確かな傷んだ金属を捨てていくことが、この季節に必要なことなのかもしれない。
そんな事を、hikariさんの詩から何処となく連想をしました。捨てるものを決めなくてはいけません。いい気付きになる文を読ませて頂けたと考えています。読ませて頂いてありがとうございます。
作者からの返信
れんさん、コメントありがとうございます。とても奥深く読み取ってくださって、正直それを聞いてハッとし、驚いている自分がいます。
私の意識としては、切る=いらないものではなく、それまで積み重ねたものをどう整えて、そして新たな気持ちでどう向き合うかという気持ちが強いです。
れんさんの言うように、人の気持ちは複雑で簡単に整えられるものではありません。私自身がそのような中で、それでも少しづつでも未来に希望があるよう願いを込めたものでした。
でも、読み手の方にしてみれば、れんさんのように思われることもあるでしょうし、それが詩というものなのだと改めて学びになりました。自分以外の誰かの心に目を向けること、自分を客観的に見つめること、この先、強い意識していきたいと思いました。気づかせていただけたことに感謝します。