16話 揺さぶられる心

──放課後の体育館。




練習が終わり、片付けの音が少しずつ静まっていく。


私はタオルを畳みながら、じんじんと痛む指先をそっとかばった。


さっきボールかごを運ぶときにぶつけてしまったのだ。


赤く腫れてはいないけれど、力を入れると鋭く痛む。


大したことはない、

そう自分に言い聞かせながら、何でもないふりをして手を動かす。



(これくらい平気。……私がやらなきゃ)



周りに心配されるのが嫌で、強がって動き続けた。


けれど今日は一日中、部内の視線や噂も気になって仕方がなくて、胸の奥はざわついたままだった。



(迷惑をかけたくない。だから、平気な顔をしていなきゃ……)



「長谷川、ちょっと」



不意に名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。

振り返れば結城先輩。


タオルを肩にかけ、汗のにじむ額を軽く拭いながら立っている。


言われるまま廊下に出ると、夕暮れの光が窓から差し込んでいた。


静かな空気の中で、彼が低い声を落とす。



「さっき無理してただろ。……顔に出てる」


「え? だ、大丈夫ですから!」



慌てて笑顔を作る。けれど次の瞬間、腕を軽く掴まれた。


近すぎる距離で視線が絡む。呼吸が止まり、胸の奥で鼓動だけが暴れる。



「それに、手。かばってただろ」



視線は私の右手に向けられていた。思わず指先をぎゅっと握りしめる。見抜かれていたことに、心臓が跳ねる。



「……無理すんなよ」



結城先輩はほんの一瞬だけ、口元を緩めた。普段の余裕ある笑みとは違う。


柔らかく、愛おしそうに見える眼差し。



「困ったときは、俺にだけ言えよ」



短い言葉なのに、胸に深く突き刺さった。

そっと離れた腕の感触と、残された熱が消えない。



(な、なに言って……。どうして私に……)


(心臓が……壊れそう……)



結城先輩はにやりと笑い、振り返らずに歩き去っていった。


その背中を追うことさえできず、私は体の奥で鳴りやまない鼓動に立ち尽くした。







──少しあと。水飲み場。



練習後の小休憩で、同じタイミングで煌大と大和が並んだ。


蛇口から冷たい水をすくい上げながら、大和がふっと口を開く。



「結城さんって、いつも余裕ありますよね」



煌大は横目でちらりと見て、わずかに笑った。



「お前みたいに真っ直ぐなやつには敵わねぇけどな」


「……でも、翠ちゃんだけは譲れないっす」



まっすぐに放たれた声。冗談めかす気配は一切なかった。


煌大もわずかに口元を上げる。



「だろうな。俺も同じだ」



静かなやり取りだった。

けれど、その場に落ちた火種は小さくなく、確かに熱を帯びていた。


二人の視線が交錯する。互いに引くつもりがないことだけが、はっきりと伝わっていた。



──その気配を、私はまだ知らない。


けれど、二人の胸の奥に宿った決意は、もう後戻りできないほど強くなっていた。






____







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