第9話 渋沢栄一

ーーーお客さん、ドンドン、お客さん!ドンドンっ!ーーー


何度もホテルのドアを叩く音で、未来は目を覚ました。


「ハァッ! 今何時?」


飛び起きて時計を見ると、短針は11時を指していた。


「お客さん、そろそろ出てもらわないと掃除できないんですけど〜」


扉を開けると、従業員が掃除道具を片手に、めんどくさそうに立っていた。


「すみませーん、すぐ出ます!」


未来は急いで身支度を整え、ホテルを後にした。


『昨日、父は朝って言ってたよね……いきなり遅刻か。それに名刺はホテルに渡して持ってないし……』


そう一人ぶつぶつ呟きながら、未来は父のいる警察署へ向かった。


署の前に着くと、父はそこにいた。顔は疲れてテカリ、目は血走り、服はヨレヨレ。典型的な寝不足刑事の姿だ。


「うわぁ……昨日から徹夜してたのかな……機嫌悪そう」


未来はそう思いながらも、信頼して待っていてくれた父に感謝した。


駆け寄り、未来はあの後の出来事を話し始める。


「近くのホテルに泊まろうとしたんだけど、未来のお金は使えなくて……」


そう言って、財布から渋沢栄一の新1万円札を取り出す。


「なんだこれ? おもちゃ? 外国のお金? キラキラしたおっさんがいるぞ!」


「おっさんじゃなくて、渋沢栄一! 立派な人なんだからね」


父は目を輝かせ、ホログラムを見つめていた。


『お父さんにあげるわよ?昨日もらった名刺でホテルのお代を後払いで泊まらしてもらってるから、それで許して』


どうせこの時代には使えないし、こんなに喜ぶ父の姿を見ていたら、惜しくはなかった。


「マジで!? 本当に! よっしゃー!!」


子どもがレアカードを手にしたように、大事そうに財布にしまう父。


機嫌を取り直した父に、未来は切り出す。


「約束に遅れてごめん。ホテルで作戦を考えてたら、気がつけば朝で……」


誠一は太ももを軽く叩き、乾いた音で場を切り替える。


「ーーで、何か作戦を思いついたんだろ?」


「とりあえずウチに来い。今日は当直明けで非番だ。そこで話そう」


車内で、父から殺害現場に毛髪が数本見つかり、DNA鑑定に回されたことを聞く。


「やっぱり……私が現場に落としてきちゃったんだ」


署近くの官舎に到着。外見はボロいが、部屋は意外と整っていた。


父は倒れ込むように畳に横になり、言った。


「眠くてたまらん、とりあえず手短に頼む」


「昨日の火事は、役場の防災無線室、原因は漏電でしょ」


その言葉に、父は飛び起きて詰め寄った。


「なんでそれを知ってる! まだ捜査中でニュースにもなってないはずだ……」


未来は父の肩をポンポンと叩く。


「これで、やっと私が未来から来たって信じてもらえたかな」

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