第2章
第15話 声援は大事
クロードと正式に付き合い始めて一ヶ月が経った頃。
学園での一大イベント、体育祭が間もなく開催されようとしている。
校舎からぞろぞろと体操服を着た生徒らがグラウンドへ向かう。俺とクロードもそれに倣う。
「カイル、僕が百メートル走で一位取ったらご褒美ちょうだいね」
どこかで聞いたセリフだ。
はて、どこだったか。
とりあえず返事をしておく
「でも俺、金ねーし……」
「そんなのキスで十分だよ」
そう言いながら、クロードがほっぺにチュッとキスしてきた。
「なッ!?」
「カイル、顔真っ赤だよ。どうしたの?」
「『どうしたの?』じゃねーよ! みんな見てんだろ!」
「良いじゃん。恋人同士なんだから」
「いや、そうだけど……」
周りの女子らが黄色い声をあげながらヒソヒソと話している。
「キャー、今の見ました?」
「もちろんですわ!」
「クロード様、尊すぎますわ!」
「でも、何でクロード様の相手がアレなのかしら」
「シリル様とマクシミリアン殿下はお似合いですわよね」
「ねー」
周りの声は気にしないようにしたいが、クロードのことを好きと自覚してからは、気になってしょうがない。
そして、男子らは何も言わないが、頬をピンク色にさせてチラチラこちらを見ている。
きっと、クロードが相手なら男でもアリかもとか思っているに違いない。
そこへ、シリルとマクシミリアン殿下も通る。
「シリル、私が百メートル走で一位を取ったら褒美をくれないか?」
これは、先程のクロードの発言と全く一緒だ。そして、BLゲームの選択肢だったことに気付く。
シリルは、元気よく応える。
「もちろんです! 僕、クッキー焼きます!」
「クッキーか……」
微妙な反応。
(シリル! 今の選択肢は、『何が宜しいですかね』と相手に答えを委ねるところだ)
もしや、野外活動で上がった好感度が下がってきていたりしないだろうか。不安になってくる。
俺はシリルの横へと並び、助言する。
「シリル。食べ物はアレルギーとかあるし、王族だからそういうのは警戒するもんだぞ。ちゃんと殿下に聞いた方が良いかも」
「あ、そうですよね」
そこへ、クロードも入る。
「そうだよ。ここは、ご褒美のチューが一番良いって」
「ちょ、クロードは黙ってろよ。今はマクシミリアン殿下に」
マクシミリアン殿下を見れば、口元を手で覆いながらシリルをジッと見つめている。そして、シリルに言った。
「してくれるのか?」
「え?」
「その……チュ、チューを」
「あ、は、はい。一位じゃなくても……大歓迎です」
「シリル……」
もう二人の顔は真っ赤だ。
見ているこっちが恥ずかしい。
「そろそろ並ぶぞ」
「カイルも最下位にならなかったら、ご褒美あげるからね」
「馬鹿にしてんのか? 俺、運動は得意なんだぞ」
「へぇ、意外」
「ちなみに、チューはいらねえぞ」
吐き捨てるように言えば、クロードの頬がポッと赤くなる。
「カイルったら大胆なんだから」
「は?」
「じゃ、お互い頑張ろうね。シリル行こう」
「うん」
クロードはシリルを連れて一年生の列に並びに行った。
「おい、俺へのご褒美何なんだよ!」
「カイル、私たちも行こう」
「あ、は、はい」
隣を歩くマクシミリアン殿下は、相当嬉しかった模様。口を尖らせて、ぶつぶつと呟いている。
「チューか……チュー……」
「はは……頑張って下さい」
そこへ、ライアンが俺とマクシミリアン殿下の間に入ってきた。
「貴様が殿下の隣に並ぶなど、百年早い」
「それは同感だな」
「何だ。物分かりが良いではないか」
「王子様の隣が俺なんて、絵面が悪い。悪役のライアン様くらいが丁度良いだろ」
「誰が悪役だと?」
「ライアン様……痛ッ」
ライアンに、コツンと頭を小突かれた。
「貴様、馬鹿にしてるのか」
「馬鹿にしてねーよ。馬鹿にしてたら敬意を払わねーだろ」
「貴様がいつ私に敬意を払ったというのだ。下位貴族のくせに生意気な口ばかりききおって」
「生意気って……ほら、ちゃんと名前の最後に『様』をつけてんだろ」
思った以上に痛む頭を両手で押さえながら言えば、ライアンに脇腹をくすぐられた。
「わ、な、何すんだよ。ははははは」
「貴様が阿保だからだ」
「ライアン。カイルとあんまり仲良くすると、返り討ちにあうぞ」
マクシミリアン殿下の言葉で、ライアンはハッと何かに気付いたようだ。くすぐっていた手を止めた。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った」
「これくらいで死ぬとは、貧弱な」
「でも、どうして急にやめて……クロード?」
さっき別れたはずのクロードが、引きつった笑顔を浮かべながら戻ってきた。
同時に、ライアンが一歩後ろに下がった。
「カイルはさ、誰でも良いの?」
「誰でもって?」
キョトン顔で返せば、クロードが溜め息を吐いた。
「これは、体に覚えさせなきゃダメかな」
「……?」
「あとで、おしおきね」
「おしおき?」
鞭で叩かれたり、水の中に何度も顔をつけさせられたり……。
体をブルッと震わせていると、クロードが一歩下がったライアンに言った。
「僕の婚約者に何か用?」
「い、いえ……何もありません」
「そう。それなら良いけど」
そのやり取りを見て、さすがの俺も理解した。クロードが、俺とライアンの仲を嫉妬していると。
「じゃ、気を付けてね」
「はい。すみませんでした」
頭を下げるライアンを満足げにみて、クロードは今度こそ一年生の列に並びにいった——。
「え、俺にはお仕置きあるのに、ライアン、お前にはないのか?」
「ライアン『様』だろう?」
「そんなことより、おかしいだろ。何で俺だけ……」
「そんなこととは何だ」
ライアンは、悪戯な笑みを見せた。
「本当は、私のことが好きなんじゃないのか?」
「え、まさか……マジで? 本当に?」
何だかモヤモヤしたまま、体育祭は開催された——。
◇◇◇◇
一年生の男子による綱引きが始まった。
「シリル、頑張れ!」
大きな声で声援を送れば、シリルが照れたように俯いた。
「おい、シリル! そんなんじゃ負けるぞ!」
すると、更に萎縮するシリル。
そこへ、隣に座るライアンが小馬鹿にするように鼻で笑った。
「下品な兄だと、弟は可哀想だな」
「なんだと?」
「事実だろう? 周りを見てみろ」
言われるがまま周りを見る。
皆、お行儀良くブルーシートの上に置かれた椅子の上に座り、シンと静まり返っている。
去年もだったが、これのどこが楽しいのか。
「体育祭なんて、応援してなんぼだろ」
「応援なんて無意味だ。強い者が勝ち、弱い者が負ける。ただそれだけだ」
「つまんねー男だな」
「現に見てみろ。お前の弟のクラスは、声援を送ったところで負けてるじゃないか」
「それは……」
シリルとクロードのいるクラスが押されている。
「まぁ、そういう時も——」
「シリル! 頑張れ! 負けるな!」
「え、殿下!?」
マクシミリアン殿下が、ライアンの向こう隣から叫んだ。
ライアンを始め、そこにいる皆が驚いている。
そして、マクシミリアン殿下の声援のおかげか、シリルのいるクラスが優勢になってきた。俺も負けじと応援する。
「おい、シリル! 頑張れ!」
すると、どうでしょう。
綱引きの綱が、パキパキと凍り始めたではありませんか。
「え? 何で凍って……?」
魔法を使うのは禁止にはなっていないが、綱引きで使う魔法は、身体強化くらいだ。
不思議に思っていると、その冷たさに耐えられなくなった生徒の手が次々と離れていく。
「なんでシリルばっかり……僕は? 僕への声援は?」
その声は聞こえなかったが、クロードがこれでもかと言わんばかりに、思い切り綱を引っ張った。
ピー。
笛が鳴り、競技終了。
シリルとクロードのクラスの圧倒的勝利だ。
そして、ライアンに憐れみの目で見られた。
「カイル。貴様、本気で阿保だろう」
「え、何が?」
聞き返せば、背後からトントンと肩を叩かれた。
「これ」
「メモ?」
誰が渡してきたのか分からないが、メモを受け取った。
メモを開ければ、【体育館倉庫に来て欲しい】と書かれていた。
「これって……」
俺はライアンを見た。
「なんだ?」
「いや、何でもない」
メモをポケットに入れて、俺は席を立った——。
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