第3話:雑用係と離脱計画

 勇者一行として迎えられた俺たちには、王城の一角にある豪華な居住区が与えられた。

 タケルたち四人には、それぞれ天蓋付きのベッドに豪奢な調度品が備え付けられた個室が用意された。


 ……もちろん、俺を除いて。


「カイト、お前の部屋はここだ」


 宰相に案内されたのは、居住区の隅にある、埃っぽい物置部屋だった。

 窓はなく、置かれているのは粗末な藁のベッドと、小さな木箱が一つだけ。


「感謝するのだぞ。本来であれば、おのような無能者に城の一室を与えるなどありえんことなのだからな」


 吐き捨てるようにそう言うと、宰相はさっさと立ち去っていった。


(上等じゃないか)


 俺は内心でほくそ笑んだ。

 広い部屋など必要ない。むしろ、誰の目にもつかないこの部屋は、俺にとって好都合ですらあった。


 こうして、俺の勇者パーティにおける「雑用係」としての日々が始まった。


「おい、雑用! 俺の剣を磨いとけ! ピカピカにな!」


「そこの汚れたローブを洗濯しておけ。シミ一つ残すなよ」


「あ、カイトさん。お腹すいちゃったから、何か夜食を作ってくれないかな?」


「…………」


 朝から晩まで、俺はタケル、レン、アカリ、そして無言のゴウの世話に追われた。

 武具の手入れ、部屋の掃除、洗濯、食事の準備から後片付けまで、ありとあらゆる雑務が俺の肩にのしかかる。

 彼らは俺を名前で呼ばず、「雑用」とか「おい」としか呼ばない。アカリだけが「カイトさん」と呼んでくれるが、彼女もまた、当たり前のように俺に雑用を押し付けてくる一人だった。


(ブラック企業時代と、やってることは大して変わらないな)


 違うのは、かつては感じていた理不尽さへの怒りや絶望が、今の俺には全くないということだ。

 むしろ、この状況を楽しんですらいた。


 なぜなら、これは全て、俺の計画の一部だからだ。


(こいつらは、俺を完全に見下しきっている。警戒心のかけらもない。これほど動きやすい環境はない)


 俺は従順な雑用係を完璧に演じながら、冷静に彼らを観察し、分析していた。


 リーダー気取りのタケル。

 彼は典型的な脳筋タイプだ。プライドが高く、煽てに弱い。自分の強さに絶対の自信を持っているが、その実、思考は驚くほど短絡的だ。


 クールを気取るレン。

 インテリぶっているが、その知識は書物から得たものばかりで、応用力に欠ける。自分の魔法理論を疑わず、他者を見下すことで優越感に浸るタイプ。


 偽善者のアカリ。

 一見すると心優しい少女だが、タケルやレンの横暴を止めることは決してない。俺に同情的な視線を向けることで、「自分は優しい人間だ」と自己満足しているだけ。いざという時、最も頼りにならないのはこの女だろう。


 沈黙のゴウ。

 彼は良くも悪くも、他人に興味がない。パーティの盾としての役割を全うすることしか考えていないようだ。俺が何をしようと、おそらく気にも留めないだろう。


(……なるほどな。見事にポンコツの集まりだ)


 個々のスキルは確かに強力だ。

 だが、彼らは致命的なまでに「チーム」として機能していない。

 互いを尊重せず、自分の力を過信し、責任を他人に押し付ける。

 こんなパーティが、魔王はおろか、少し手強い魔物にすら勝てるとは到底思えなかった。


(俺が抜ければ、すぐに瓦解するだろうな。まあ、知ったことじゃないが)


 俺の目標はただ一つ。

 このくだらない勇者ごっこから抜け出し、辺境で静かなスローライフを送ること。

 そのために、俺は着々と準備を進めていた。


「カイト、街へ行ってポーションをいくつか買ってこい。それと、俺の好きな焼き菓子も忘れるなよ」


 ある日、レンから買い出しを命じられた俺は、「はい、ただいま」と恭順な態度で頭を下げ、城下町へと向かった。

 もちろん、ただ買い出しをするだけではない。


 俺はまず、古本屋に立ち寄った。


「すいません。この国の地図と、辺境の地理に関する本を探しているんですが」


 店主から受け取った古びた地図を広げ、王国全体の地形を頭に叩き込む。

 王都は大陸の中央に位置し、そこから東西南北に主要な街道が伸びている。

 俺が目指すべきは、人の目が少なく、魔物の森が広がる北東の辺境地帯だ。


 次に、冒険者ギルドへと足を運んだ。

 本来、俺のような無登録の人間が入れる場所ではないが、「勇者様のお使い」という虎の威を借りれば、門前払いされることはない。


 ギルドの依頼掲示板には、様々な情報が溢れている。

 俺は薬草採取や魔物討伐の依頼を眺めるふりをしながら、辺境地帯に関する情報を収集した。


「北の『黒の森』はゴブリンの巣窟になっているらしいぞ」

「東の街道は最近、オークの目撃情報が相次いでいる」

「放棄された村や砦の噂も、いくつかあるな……」


 冒険者たちの会話に耳をそばだて、使えそうな情報を記憶していく。

 特に「放棄された村」というキーワードは、俺の心を惹きつけた。

 そこを拠点にできれば、理想のスローライフの第一歩が踏み出せるかもしれない。


 買い物を済ませて城に戻ると、すっかり夜になっていた。

 自室である物置部屋に戻り、藁のベッドに腰を下ろす。


(さて、と)


 俺は懐から、昼間、街の露店で買った小さな鉄くずを取り出した。

 そして、意識を集中させ、神様から与えられたスキルを発動させる。


『万物創生』


 手のひらの上の鉄くずが、淡い光を放ち始める。

 俺の脳内に、鉄の分子構造が設計図のように浮かび上がった。

 それを、別の形――例えば、一本のナイフの形に再構築するイメージを、強く思い描く。


 グニャリ、と鉄くずが歪み、形を変えていく。

 最初はうまくいかず、ただの歪な塊になるだけだった。


(……難しいな。もっと精密なイメージが必要か)


 ブラック企業で培った集中力を総動員し、何度も試行錯誤を繰り返す。

 ナイフの刃の厚み、柄の形状、全体の重心。

 頭の中で完璧な設計図を組み上げ、スキルに命令する。


 すると、今度は光が安定し、鉄くずが滑らかに変形を始めた。

 数分後、俺の手のひらには、一本の粗末ながらも実用的なナイフが握られていた。


「……できた」


 初めて自分の力で生み出した成果物に、俺は小さく息を吐いた。

 まだ熟練度は低いが、練習を重ねれば、もっと複雑で高性能なものも作れるだろう。

 家、井戸、農具……スローライフに必要なものは、全てこの手で作り出せる。

 そう確信した瞬間だった。


(この力があれば、どこでだって生きていける)


 俺は完成したナイフを、人目につかないようブーツの中に隠した。

 これが、俺の自由への第一歩だ。


 そんな日々が数日続いたある日のこと。

 夕食の後、宰相が俺たちの居住区にやってきた。

 その表情は、いつも以上に険しい。


「勇者様方、および……そこの雑用係にも伝えておく」


 宰相は、わざとらしく俺を一瞥してから、本題を切り出した。


「明朝、貴殿らには初の任務にあたってもらう。王都近郊のゴブリンの洞窟へ向かい、そこに巣食うゴブリンの群れを掃討せよ。これは、貴殿らの実力を見定めるための、王からの試練である」


 ダンジョン遠征。

 その言葉に、タケルは不敵な笑みを浮かべた。


「ゴブリンだと? 上等だ! 俺の聖剣の錆にしてやるぜ!」


 レンやアカリも、初めての実戦に緊張しつつも、どこか高揚している様子だ。


 宰相は満足げに頷くと、最後に釘を刺すように俺を睨みつけた。


「カイト。貴様の役目は、勇者様方の荷物持ちと野営の準備だ。くれぐれも足手まといになるでないぞ。もし勇者様方の邪魔をするようなことがあれば……分かっておるな?」


「はい。肝に銘じます」


 俺は深々と頭を下げ、完璧な従順さを示した。

 宰相はフンと鼻を鳴らし、満足して去っていく。


 彼らの背中を見送りながら、俺の口元には、誰にも気づかれない笑みが浮かんでいた。


(ダンジョン、か……)


 これ以上ない、絶好の機会だ。

 閉鎖的で、混乱が起きやすい場所。

 戦闘のどさくさに紛れて姿を消すには、もってこいの舞台じゃないか。


(いよいよだな)


 俺はブーツに隠したナイフの柄を、そっと握りしめた。

 明日、この忌まわしい勇者パーティから脱出し、本当の自由を手に入れる。

 その決意を胸に、俺は初めてのダンジョン遠征の夜を迎えたのだった。




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【あとがき】


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