第2章 ムサシノダンジョン
3本目 みなさんはじめまして!吾妻舞梨です♪
──
「ねぇ! ひま!?」
ある日の放課後、帰宅するため教科書をリュックに入れようとした矢先、背後からいきなり声をかけられた。
青春真っ只中と世間は言う、高校二年生の春。
が、俺は部活もバイトもしてなければ塾すら通っていないので、「まぁ」と言わざるを得なかった。
「そっか! じゃあ、わたしを編集しない!?」
「……
「お、わたしの名前は知ってたみたいだね。
「後ろの席だからな」
五十音順ならば学年一早いので、どうクラスが振り分けられようとも席が一番左前になる。
そして、学年二に早い彼女と同クラスになれば、どうあがいても席は前後となる。去年もそうだった、一月経てば席替えはあるけども。
「あ、編集者になってくれてありがとね♪」
「まだ何も言ってないけど」
「ぜったいオッケーしてくれるから、だいじょぶ。だって……稼げるんだよ。有名になるよ〜? 今いっちばん人気の職業だよー?」
人気職業だからこそ生き残るのは難しい。
吾妻はみんなからチヤホヤされるほどに可愛くて明るいから、ひとたび注目が集まれば余裕ある生活ができるほどには収入を得られるには違いない。
だが、[かわいい][楽して稼げる]の言葉を素直に受け取るアホさも兼ね備えてるので、マーケティング戦略は皆無なはず。
授業中はイビキをかきながら机に頭突きする。
後ろから回されるテストプリントには、梨におじさんの足が生えたよく分からない落書きがされている。多分ダンジョンのオリジナルモンスターをテスト中に生成している。
「NewTuber、だったか」
「うん! その中の〝ダンジョンストリーマー〟というダンジョンで配信するジャンルだよ! 楽しい冒険しながら稼げるし人気になれて、みてくれる人も楽しませられるって……最高じゃない!?」
「同時に、死と隣り合わせの危険な職業でもある……ここ数年の10代から30代の死因第一位はダンジョン内での事故だ。危ないから辞めた方がいいと思うけど」
「だいじょぶだいじょぶ! わたし、運動神経いいから! 傘持って三階から飛んでもケガ一つしないし、たくさんの山を十秒したことだってあるし!」
「縦走な」
「それそれ♪」
このように頭を使うのは大の苦手だが、人より何倍も活躍できる運動能力にステータスを全振りした女の子。
そんな彼女と実はずっと同じ学校で、小学生の頃からずっと見てきたからこのことは知っていた。
「それで何で俺に声をかけたんだ」
だが、今までこうして直接話したことはほぼない。関わろうとしなかったからこそ誘われる理由が分からない。
一言もダンジョンに行きたいなど俺は友達に語ったことがないし、そもそも友達がいない。
「それには琵琶湖よりも深ーい理由があるんだよ……」
せいぜい100mちょっとか……。
「今日さ、情報の授業あったでしょ? あれでさ、表作るのめっちゃ早かったじゃん! それでパソコンに強いのかなーって」
「理由浅っ」
神妙な面持ちをしてたくせに、潮干狩りで無双できるくらいには理由が浅かった。
授業で割り当てられるコンピューター室のパソコンは出席番号順で固定なので、当然隣には吾妻が座る。
人差し指だけでキーボードを押す。確かに彼女はとても動画編集ができそうには思えないパソコンスキルだった。
だからといって、人並みに合わせた程度の俺に編集スキルがあるとはならんだろ。
「ね! おねがい! 人助けだと思って! 少しだけでも……!」
「吾妻さんならちゃんと手伝ってくれるいい人が他にいると思うけど」
「もうみんなにはフラれてるよ」
「俺が最初じゃないのかよ」
まぁ、これも知っている。
吾妻のダンジョン欲は有名だ。
仲間に勧誘しようとして振られたり、逆に勧誘されそうになっても都合が合わなかったりと、ずっとダンジョンに行けない日々を過ごしている。
高校生活に加えて塾に部活に課外活動などがあれば、生半可な能力では時間に追われ、ダンジョンストリーマーとしてしんどい思いをするのは分かっている。
それに仕事は編集だけではない。
「撮影は自分でするのか?」
「もちろん! ……まぁ、やってくれる方が助かるけど〜」
本当はダンジョンに行ってみたい若者も多いだろうが、当然、そこには
──最悪の場合、命を落とす。
むしろ綺麗に遺体が回収されるだけマシかもしれないほどに、過酷な環境が待ち構えている。
命が惜しいのは人ならば当たり前だ。
俺と同じように吾妻を引き止めようとした友達だっているだろう。
「まぁ、ムリならごめんね! わたし一人でやるからさ!」
だが、彼女はもう誰にも止められない。
吾妻の運動神経なら
高校に入学してから一年間、彼女はずっと仲間を探し続けていた。
法律上、ダンジョンには16歳未満は立入禁止、先々月規定に達した吾妻でも、18歳未満はソロで潜るのを禁止されているから一人では入れない。
ただ、このままだとそれすら無視して勝手に行ってしまうかもしれない。
吾妻舞梨が危険な目に遭うのだけはダメだ。ならば──
「……分かったよ」
「よぉし! 思い立ったらキッチン! ムサシノダンジョンに行ってくる!」
「まずは吾妻さんの装備を揃えてから──えっ……!?」
話も聞かずに、吾妻は教室から飛び出して行った。
実行に移るのが異常に早すぎる。あと、吉日な。
ムサシノダンジョン──ここから約30分ほど電車で乗り継いだ場所にある。
ダンジョンに挑戦する者は
現在、
……いや、持ってないな。
さっき女子高生が勝手に入っていったと、入口を警備する守衛が上に報告して、ムサシノダンジョン周辺が騒然としている。
たまにこういう不法侵入する奴がいると、ネットニュースになることがある。炎上系ストリーマーにでもなるつもりかよ。
俺は連れ帰るべく、守衛に堂々とライセンスを見せて、ムサシノダンジョンに入って行った。
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