真珠ちゃんに打ち明ける
もしかして、わたしは今までの子とは違ってたんじゃないか。そう思いたい。
髪型を変えさせるのが“飽き”のサインだって、妃莉って子は言ってたけど――
姫カットにしたとき、先輩、本当に嬉しそうだった。 目を細めて、わたしの髪にそっと触れてくれた。 あの瞬間だけは、嘘じゃなかったって思える。
わたしのこと、大事にしてくれてた。 デートのプランもいつも全部わたしが喜ぶようにって。 それって、先輩のまっすぐな気持ちだったんじゃないかな。
……そう思いたい。 そうじゃなきゃ、わたしと先輩の間にあったことが全部嘘になっちゃう。
だから、信じたい。 わたしと先輩の恋は、真剣だったって。
***
月曜日、学校を休んだ。病欠にしてもらった。 仲間内でRINEでお見舞いが届いた。 《胃腸風邪ひいちゃった。みんなお見舞いありがとう♡》って返して、イカレた犬のスタンプを貼った。
その日の夕方、真珠ちゃんがうちに来た。
「詩乃、なんかあったでしょ」って、玄関で言われて、びっくりした。
「な、なんで知ってるの?」
「実はあんたが一人で歩いてくのを見たんだ。正臣と二人」
「全然気が付かなかった……」
「デートだって聞いてたから、あれ?って思って。声かければよかったね、ごめん」
「ふう……わたしと先輩、終わっちゃったの」
「え、どうしたの?もしかしてフられちゃった?」
「ちょっと違う。なんていうか、引き裂かれたみたいな感じで」 「
「なになに、何があったの?よかったら話して」
わたしは、真珠ちゃんにあったことをほとんど全部話した。
「そっか……西園寺先輩、昔は浮名流してたのに急に真面目になったのは、理由があったんだね」
「うん。婚約者の口ぶりだと、政略みたい。なんか他にもスペアがいるって言ってた」
「スペアって……家の繋がりかあ……なんか、すごいね。先輩、婚約者が島に行ったからって、勝手に自由になったと思っちゃったんだね」
「……ねえ、真珠ちゃん。わたしの姫カット、“飽きたサイン”だって婚約者の子に言われたんだけど、絶対違うって今も思ってる。わたしと先輩は、ちゃんと繋がってたもん」
「うん。詩乃の気持ち、ちゃんと届いてたと思うよ」
「でも、わたし何もできない。乗り込んで行くことも、奪い返すことも、無理だって」
「うん。お家の事情だし、多分先輩も、飲み込んでたことだしね」
話しているうちに、“終わったんだ”ってことが、胸にすとんと落ちた。 泣き疲れたはずなのに、また涙が出てきて、それもしゃくりあげて泣いた。 誰かがそばにいてくれると、涙って、手放しで流れるんだなって思った。
真珠ちゃんが背中をポンポンしてくれて、わたしはしばらくそのまま泣いた。 そのうち涙が枯れて、声も出なくなってしまった。
「……わ、わたし、先輩に喜んでもらえるのが嬉しくて、途中から“演じてる”みたいな気がしてた。 それでも、嫌われたくなくって、ニコニコして」
「詩乃は、もっと自分の気持ちを大事にしていいよ。嫌なことは嫌って言っていいし、違和感を感じたら、立ち止まっていい。恋って、相手に合わせることじゃないし、自分を置いてきぼりにしちゃダメだよ」
「真珠ちゃんの、本当の恋って、何?」
「聞くかあ、聞いちゃうか一」
真珠ちゃんはすこし照れた様子で、でもちゃんと話してくれた。
「一緒にいて、心がほどけること。カッコいいとか優れてるとか、そういうのは時間が経つと変わるけど、自分にとっての心地よさは、擦り減らない」
おお。ほんとそうだと思った。
「まあ、相手もそう思ってくれてるって事が、大事だけどね」
「新見くんとは、そうなんだね」
「うん。実のところ、偶然拾った恋なんだけどさ」
「え、そうなの?」
「またそのうち、ね。とにかくわたし、正臣より相性のいい人なんていないってマジで思ってる」
「……わたし、先輩のこと、ほんとうに好きだった。けど、好きってだけじゃ、足りなかったんだね」
「詩乃の“好き”は、本物だったと思うよ。だから次は、“自分を曲げなくても好きでいられる人”を探して。わたし、そのときは、全力で応援するから」
***
翌日には、学校に行った。
みんなには心配かけた礼と、だいたいかいつまんでホントのことを話した。
真珠ちゃんが「絶対内緒だよ」って言ってくれたし、言わなくても誰にも話したりしないって信じてるけど。
二人ともめちゃくちゃ怒ってくれたし、わたしを慰めてくれた。
「は? 婚約者? それ隠して付き合ってたってこと? ありえない! 最低じゃん!」
「どうどう、落ち着いて、琉花」
真珠ちゃんが声をちっちゃくってジェスチャーをする。
「しかも政略って、何それ?そういう家の都合で詩乃の気持ち踏みにじるとか、マジで許せない」
美月が苦笑しながらも、目は真剣で。
「でも、ほんとにひどいよ。詩乃、どれだけ先輩のこと大切にしてたか知ってるから、腹立つ」
「ねえ、詩乃。あんな奴のために泣かなくていいから。泣くなら、もっといい男できてから泣きな」
「うん……でも、まだ、好きだった気持ちは消えないんだ」
「そりゃそうだよ」
美月が静かに言った。
「簡単に切り替えられたら、最初から本気じゃなかったってことになるし。でもね、それだけ本気でいた証拠なんだから、ね」
「……ありがと」
「そうそう、誰かにからわれたりしたら、うちらに言いなよ」
「そうだよ!うちの詩乃が泣かされたりしたら、黙ってらんないっしょ」
その瞬間、なんか胸がじんと熱くなった。
二人とも、ほんとに、いい友達だなって思った。
つい涙が出ちゃって、わたしはハンカチで目を押さえた。
「ありがと。……ほんと、ありがとね」
「当然でしょ。友達でしょ?」
「そうそう。詩乃は大事な子だからね」
案の定というか、先輩は学校からいなくなってた。留学とか転校とか、いろんな憶測が飛び交ってたけど、事実は退学したってことだけ。
それと、琉花と美月の言ったようにはならなかった。
わたしはずいぶんやっかまれてたし、ざまあ的な面白おかしい噂が立つかと思って覚悟してた。けど、学校内は思ったより、静かだった。
「大変だったみたいね」「元気出して」――そんな言葉をかけてくれる子もいて、拍子抜けした。
SNSも、変な書き込みはすぐに流されて、代わりに「詩乃ちゃん、かわいそう」「婚約者いたのに、もてあそぶなんて最低」って、先輩を責めるような言葉が並んでた。
……どうして、みんなその事、知ってるの?
婚約者の存在も、政略の話も、わたしが友人にだけ話したこと。先輩がわたしをもてあそんだなんて、わたしは一言も言ってない。
でも、その“誰か”に、心当たりがないわけじゃなかった。
誰かが、協力者を使って、意図的に情報を流した。しかも、わたしを守るように、先輩を悪者にして。
妃莉ちゃん。あの子だ、たぶん。それくらい朝飯前だろうし。
まあ、“迷惑料”程度の気持ち”かもしれないけど、ね。
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