第六話「なかなかに良い住まいだな」

 水曜日の放課後、1-Cの後方。

 いつもの面子めんつで他愛ない雑談をしていると、方城護ほうじょう まもるが「そろそろ」と雑談を割って口を開いた。

「俺はバスケ部に行くよ。対戦試合も近いしな」

 飲みかけの水筒をスポーツバッグに仕舞い、席を立つ。

 先日聞いた方城ら桜桃学園バスケ部の対戦相手は、県内ではなかなかの強豪高で、勝敗は現時点では五分五分らしかった。

西角にしずみ高校に、俺と同じく一年でレギュラーのパワーフォワードがいるんだが、そいつ、北村きたむらて奴が厄介でな、あいつのバスケセンスには毎回手を焼いてるんだよ」

 だから今から練習をしておきたい、という話だ。対戦試合は九月の半ばの日曜日で、もう十日もない。

「そんな訳だから、俺はお先に失礼だ。毎度のことながらすまんな。埋め合わせは対戦試合の後にでもするよ」

 言うが早いか方城は教室から消えた。


 残された面子のうち、橘絢たちばな あやの表情がかなり曇っているが、そちらは何となく理解出来る。

 アヤは方城と付き合っている、つもりなのだが、いかんせん方城は忙しい奴だ、主にバスケの練習で。対してアヤはというと、そもそもがという理由で桜桃おうとう学園に編入してきた、良い意味で変わり者だ。

「アヤ? どうかしたの?」

 そう尋ねたのは橋井利佳子はしい りかこだった。『リカちゃん軍団』のリーダー役を無理やり押し付けられ、ついでにクラス委員まで兼任している、割と多忙なリカが、不思議そうにアヤの顔をのぞき込む。

「あのさあ、あたしってばもしかして、薄幸はっこうのヒロイン?」

「つまり?」

 久作が合いの手を入れる。須賀恭介すが きょうすけはと言うと、あまり興味がないのか、文庫本を片手に適当にうなずいいていた。

「方城護と殆ど遊んでない……夏休みが明けてから一度も!」

 語気を荒げるアヤだが、それはつまり、夏休みには遊んでいた、とも聞こえるので久作は答えた。

「方城も言っていたじゃあないか、対戦試合が終わったら埋め合わせをすると。それじゃあアヤちゃんは不満なのかい?」

「そんな調子だと――」

 不意にリカが割り込んできた。

「――アヤは方城くんを諦めて、他の誰かと仲良くなったりするかもね? 知ってるだろうけど、アヤは桜桃ではかなり目立ってて、レイコの次くらいにモテるんだから」


 惚れた腫れたのたぐい滅法めっぽう弱い久作だが、リカの言わんとすることは何となく理解できた。だが、とえて反論調で返してみる。

「でもさ、リカさん。僕らはまだ一年だ。卒業までまだまだ時間はあるし、もし同じ大学に進学したとすれば、更に四年くらいの猶予がある。好き同士でくっつくのも悪くないけど、みんなしてワイワイ騒ぐのも同じくらい悪くない、そう思うんだけど?」

「だから久作くんは駄目なのよ」

 ほぼカウンター気味にリカから返ってくる。

「隣にいるレイコは、じゃあワイワイとやるお友達程度てこと?」

 言われて初めて、久作はレイコの存在に気付く……いや、忘れていた訳ではないのだが、話題の対象ではないので敢えて視界の外にいてもらっていた、それだけである。

「レイコさんは、その、大切な友達の一人で――」

「友達!?」

 リカが若干大き目に言ったので驚いた。見ると須賀も文庫本からリカへと視線を移していた。

「こないだも言った通りで、レイコは学園のアイドルみたいなものよ? なのに久作くん、ちょっと考えが甘いんじゃあない? 久作くんはレイコの、その何と言うのか――」

「ナイト」

 須賀が一言だけ割り込み、すぐさま文庫本へと戻る。


「そう! ナイトじゃあないといけないの。お姫様を守る勇敢なナイト、それが久作くんの役回り。少なくとも私はそう思ってるんだけど?」

 話が何だか脱線気味だが、リカの、そして須賀もだが、の言いたい事は分からなくはない。何度かあったトラブルの際、久作は確かにレイコのナイト風に振る舞っていた、間違いない。しかしだ、そうだと久作から名乗った覚えは一度もない。

「レイコさんがもしも困っていたら、それは僕が全面的にカヴァーするけど、今は見た限りそうでもないようだから……」

 リカの表情は、呆れた、の一言に尽きていた。その意味するところは、須賀が継ぐ。

「方城が言っていただろう? じれったい、と。リカくんの言いたいことを要約すると、その一言に集約されると、速河、お前は気付いていないようだな」

 文庫本をぱたんと閉じ、ブレザーのポケットに仕舞い、珍しく視線を合わせて須賀が続ける。

「ナイト役も結構だがな速河、ヒロインたるレイコくんがそう何度も窮地きゅうちおちいるようでは、ここ桜桃学園の治安は大丈夫なのか、と思われ兼ねない。俺もお前も、方城も単なるいち高校生だ。何事もなく勉学にいそしみ、そして良く遊ぶ、これが健全だと俺は思うが?」

「つまり?」

 久作が聞き返す。須賀の毎度ながらの遠回しな口振りに理解が届かなかったからだ。

「つまり、レイコくんと真正面から、真面目に付き合え、そういう話だ。無論、お友達ではなく、だ」

「そうよ」

 須賀とリカが言ったので何となく隣のレイコを見る。が、不機嫌でもご機嫌でもなさそうで、至って普通という風だった。だからか、久作は毎度ながら、思考の渦に潜っていった。


 レイコと、お友達ではなく、真正面から付き合う? つまり、須賀とリカ、方城とアヤのように、いわゆる恋仲として接しろと、そういう意味だろうか。しかしそんなことを一方的に決めるのはレイコの尊厳を無視しているような、でもないか。

 先日問うた久作からレイコへの質問、好きな男性のタイプに、レイコは久作、と即答していた。言わずもがな忘れる筈もない。

 つまり、久作は自問自答を続ける。

 後は他ならぬ僕次第であって、リカと須賀は、それをしていない久作が「じれったい」、そう言っているのだ。ならば話は単純だ。

「桁外れの集中力」を解除し、思考の渦から舞い戻る。

「レイコさん。あの、もしも僕なんかで良かったら、正式にお付き合いを――」

「はーい!」

 久作が言い終わる前にレイコが返答した。あるいはレイコは、この一言をずっと待っていたのかもしれない、と気付くのにかなり時間がかかった。

 リカと須賀は意味ありげなため息をつき、残るアヤはと言うと……。

「……バカップル誕生」

 一言でバッサリ斬り落とした。


 放課後と言ってもまだ外は明るい。

 方城を除く面子にはこれといった用事もないらしいので、久作は一つ、提案してみた。

「みんな、もし良かったらだけど、家に遊びに来ないかい? 大したもてなしは出来ないけど、なんて言うのかけじめがついた記念で」

 けじめ、と言うのは主にレイコとの関係を指す、言うまでもないだろうが。

「あたしはコンピ研……は今日は用事ないや、いいよ?」

「こちらは構わないけれど、お邪魔にならないかしら?」

「俺は見ての通りの暇人だ。速河の住まいには少々興味もあるから、見てみたい」

「問題なーし!」

 どれが誰の科白かは明言するまでもないだろう。じゃあ、と久作は各々の携帯に自分の住所を送り、荷物をまとめた。

「一番近いバス停から徒歩で十分くらいだから、よろしく」


 そう言い残して久作はレイコ共々教室を出ていった。残されたアヤ、リカ、須賀は互いを少し見つめてから、複雑なため息を一つ、重い腰をあげた。

 駐輪場に移動した久作とレイコはそれぞれの愛車に乗ってから、ヘルメットをかぶり、出発準備。ちなみに久作からレイコに対して特段変わった科白はなく、レイコからも同じくだった。

 告白し、晴れて両想いになったと言っても二人はそもそも仲良しなので特別何か言いたいことがあるでもないので、当然と言えば当然なのだが。

 久作がXLのペダルをキックし、レイコがランブレッタ48のペダルを同じくキックして、二台は駐輪場から心臓破りの坂目掛けて、ゆっくりと進み始めた。


 速河邸に一番乗りしたのは、他でもない久作だった。

 XLを駐輪スペースに停めて、暫く待つと、赤いランブレッタ48に乗るレイコが到着した。残り三人はバスなのでもう暫くかかりそうだった。どうするか若干迷って、久作はレイコを家に招き入れた。

「お邪魔しまーす」

 レイコは言いつつ玄関をくぐり、久作に続いて階段をのぼる。久作には当たり前の、レイコにはかなり新鮮な、居間の広がり具合にレイコが驚いていた。

「狭いと思ったら、凄い広ーい!」

 と、久作の母親、留里るりが少し驚いた風だった。

「あら? お友達? 久作がお友達を連れてくるなんて、いつ振りかしら? 今、飲み物を用意するから少し待ってね」

「実はさ、あと三人来るんだけど、大丈夫かな?」

 留里に対して久作が告げる。

「そうなの? だったらピザでも頼む?」

「そうしてもらえると助かるよ」

 などと話していると、レイコらしき奇声があがる。

「黒猫ー! 小さい! この子、久作くんの家族?」

 レイコが黒猫のフロイトを抱きかかえて寄ってきた。

「ああ、そうだよ。名前はフロイト。五歳になったばかりの、オスだよ、よろしく」

「フロイトくん、万歳!」

 レイコは床に降ろしたフロイトの両手を握り、万歳のポーズを取らせる。フロイトは嫌がるでもなくそれに応じていた。そんな様子から、レイコは猫派なのだな、と分かった。


「猫てね、日本語単語を三十個くらい覚えるて知ってる?」

 どちらかと言うとボケを演じることが多いレイコから、珍しく教養めいた科白が出てきた。

「へえ、そうなんだ。詳しいね、レイコさんは」

「ちなみに犬は二十個なんだって。だからね、フロイトくんもそのうちお喋りを理解出来るようになるのだ!」

 何故語尾が強めなのかはさて置き、フロイトと会話が出来るというのは何だか楽しそうである。


 などと考えていたら玄関チャイムが鳴った。扉を開くと、リカ、アヤ、須賀が並んでいた。

「みんな、ようこそ。この人数だとちょっと狭いかもしれないけど、取り合えず入って。レイコさんが二階にいるからそこの階段から」

 そう言って久作は道を空けた。

「お邪魔します」が三回続いて、三人がレイコに合流する。久作も後に続き、居間へと入る。と、アヤとリカがフロイトに目を付けた。リアクションはレイコとほぼ同じで、どうやら『リカちゃん軍団』は揃って猫派らしかった。

 須賀はと言うと、居間にある切り出しの一枚板テーブルに添えられた椅子に早々に座り、留里が観ていたと思しきニュース番組を眺めていた。

「母さんがさ、ピザを注文してくれているから、少し待ってて。飲み物も一緒にオーダーしてるけど、麦茶で良ければすぐに出すよ?」

 ならば、と須賀が挙手したので、久作はコップに麦茶を注いでテーブルに運ぶ。すると須賀から、

「なかなかに良い住まいだな」

 と賛辞の言葉が出てきた。


「この一枚板のテーブルしかり、広い居間しかりだが、上のあの天窓、あれはかなりいいな」

「僕の父さんが設計したんだ。父さんは建築士でね、あの天窓にはかなりこだわりがあるらしいから、須賀が褒めていたて伝えておくよ。きっと喜ぶだろうし」

 須賀が続ける。

「俺の家はもうそろそろ築年数の関係で建て直すらしいんだが、もし良ければその設計の依頼者候補に速河の父親を入れておきたいな。名前を教えて貰えると助かる」

速河耕作はやかわ こうさく。割とスケジュールが埋まっているらしいから予約するなら早めのほうがいいよ。ただ、須賀や須賀の家族の好みに合うがどうかは保証出来ないけどね」

「そこは問題ない。こんな見事なテーブルと天窓を組み合わせるようなセンスなら、大丈夫だろうよ。さて、俺もフロイトとやらを見物してこよう。まだ挨拶もしていなかったからな」

 出された麦茶を半分ほど飲み干し、須賀は黒猫のフロイトへと向かう。そのフロイトは『リカちゃん軍団』相手に飛んだり跳ねたりしていた。フロイトの元々の人懐っこさもあるだろうが、三人の子猫への対応の良さもあったのだろう。その証拠に誰一人として噛まれたり、爪を立てられたりしていない。


 それから十分ほどして再び玄関チャイムが鳴った。対応したのは母親の留里だった。どうやら宅配ピザが届いたらしい。

 須賀が称賛していた一枚板テーブルにLサイズのピザが三枚並ぶ。特にトッピングの指定はしていなかったので留里チョイスのトッピングだった。サラミが美味しそうだったので久作はそれを選び、各々も好きなように選んでいた。そして留里に「頂きます」と一言添えて、食事会開始。

 皆がピザに集中している間、フロイトはレイコと久作を行ったり来たりしていた。

 留里が「必要ならどうぞ」と差し出したタバスコ瓶をアヤが受け取り、一枚にかたきの如く振りまき、それを口にして、小さい悲鳴を上げていた。

 何がしたいのかサッパリ意味不明である。

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