第6話 漆黒の騎士

 ナルガ・バラムゼム。

 グランデの剣、バラムゼム家の嫡男であり、人類最強の騎士。


 彼の瞳は、その人類最強という名に恥じぬほどの威圧を持って、俺に向けられた。


「今、我が国は姫様がご帰還されたばかりだ。不届きものに容赦はしない」


 そう言い放つと、ナルガは俺に向かって見えない速度で走り出す。


 気づかぬ内に、ナルガは俺の懐の中に潜り込んだようだ。

 一瞬見えた剣の輝きがナルガが俺に剣を振った事を知覚させる。


(確かに怪しい動きはしたけど……実力行使までが早過ぎだろ!?)


 それはやり過ぎじゃないか。そう俺は心の中で毒づきながら、漆黒と相反する白銀の刃の煌めきを、なんとか回避する。


 そのナルガの動きを見て、俺は確信した。

 間違いない。このナルガは本気モードだ。


 作中で、ライゼとナルガが戦う展開は何度か存在していた。

 もちろんそれはナルガカライゼの剣の師匠だからであり、はじめに戦う頃は、ナルガは手加減をして戦っていた。


 しかし最終盤、ナルガはライゼが本当に魔玉と戦えるかを確かめる事となり、そこで初めてナルガは俺たちに本気を見せる。


 そのナルガがマジで強いんですわ。


 初見プレイだったらまともに倒せる相手じゃない。

 グランデ世界の各地を回って強くなってからじゃないと到底無理だ。


 まぁそれ以上にその後にある魔王戦の方が地獄なんだけどね。

 というかファス城の将軍のことといい、このゲーム初心者殺し結構多いよな。


 なんて考えている場合ではない。


 一撃目が避けられたことを知ったナルガは、既に二撃目を俺に向かって放とうとしている。

 どうやらナルガは一撃目で俺の動きを崩して、二撃目で完全に仕留める考えのようだ。


 現に俺は今、一撃目の回避で体勢を崩し、まともに次の攻撃を避けれそうにはない。


 俺は咄嗟に自分の持つ能力の一つ、脳内コントローラーを起動した。


 これを使うことで俺は、自分の体を脳内のコントローラーで、まるでゲームのキャラクターを操作しているかのように操れる。


 何故そんな力を持っているのかだって?

 俺はその理由を、この世界でもRTAを走る事ができるようにする為だと考える。


 だって、例えRTAの世界記録保持者だとして、自分の体で同じようにRTAをしろと言われたら無理だろう?


 しかしこの脳内コントローラーさえあれば、前世の指の動かし方さえ覚えていれば自分自身の体が自動で動いてくれる。


 この能力は俺がRTAを走る上で必須だった力なのだ。

 もちろんメニュー表示能力も。これがないとメニューバグができないからね。


 この力がRTAを完走した今でも残っているのは都合がよかった。


 ということで俺は、ナルガが放った二撃目に合わせるように一つのボタンを押した。


 その名も『回避ボタン』である。


「——ッ!」


 ナルガが驚愕したように目を見開く。


 それもそのはずだ。

 俺は体勢を崩していたはずなのに、いつのまにかナルガの攻撃を避けていたのだから。


 そう、これこそがタイミングさえ合えばどんな攻撃でも回避する事ができるチート行動、『無敵回避』なのだ。


「ほう、不思議な動きをするな」


 ナルガは不可解そうに自分の右手と、握っている剣を見つめた。


 この隙を逃してはならない。

 俺はそう考えると、近くにあった木の棒を拾い、ナルガに向かって駆け出した。


 ちなみに焼きリンゴ剣を使わない理由は簡単だ。

 衝撃波とかでめっちゃ目立つし、最悪ナルガを殺してしまう程の威力だからである。


 なんて事は置いといて、木の棒を強く握った俺は、脳内コントローラーで攻撃ボタンを押した。

 すると俺の身体は便利な事に自動で動き、ナルガ目掛けて木の棒で攻撃をする。


 しかし流石は人類最強、この程度は障害でもないらしい。

 ナルガはいとも簡単に木の棒を手で掴み、ガラ空きになった俺の腰に向かい剣を振る。


 ここで回避ボタン。


 ギリギリのところで俺は、木の棒を支えとして宙に飛ぶという異常な行動でナルガの攻撃を回避していた。


 そしてそのまま攻撃ボタンを押して、ナルガを蹴り飛ばすと同時にその場から離脱。

 ノックバックしたナルガを横目で確認しながら、俺は全力で逃げ出した。


 そもそもまともに戦う必要など無いのだ。

 隙を作ってその場から脱出するだけでよいのである。


 それが出来ればの話であるが。


「だが、あまり俺を舐めない事だ」


 突如、ナルガが剣を地面に突き立てる。

 そしてそれと同時に、ナルガを中心として、円状に真っ黒のエフェクトが発生した。


(これはヤバッ——)


 瞬間、円状の範囲内に嵐が吹き荒れたかのような旋風が舞う。

 そしてそれに伴い、刹那のうちに百もの斬撃が暗闇の夜と共に俺を襲う。


 この技を俺は原作で見た事があった。


 ナルガの初心者殺し攻撃筆頭、超範囲かつ超判定の斬撃の嵐で、全ての物を塵へと変えるぶっ壊れ必殺。

 その技の名を——。


「ノワール・ジ・エンド」


 終末たる漆黒。

 バラムゼム家の最終奥義の一つである。


 その嵐が吹き荒れた後の樹木は、全てが跡形も残らぬほどに細切れにされ、あたりは静寂に包まれていた。


(やばすぎだろ。普通に死ぬところだったぞ!?)


 そんな中を俺は何とか回避ボタンを使って回避していた。

 正直原作で何度か戦ってなかったら一瞬で消し炭にされていただろう。


 急死に一生を得た。

 そんな気分で俺は目の前を向き——。


「あまり舐めるなど言っただろう?」


 そこに、いるはずのないナルガを見た。


「え?」


 咄嗟の事に俺の脳は理解を拒み、俺は間抜けな声を上げる。


 回避中に回避をする事など不可能だ。

 俺は回避も防御も出来ぬままに、ナルガの剣によって吹き飛ばされた。


「——ッ!」


 剣の衝撃波だけで俺は木々に打ちつけられ、声が出ない俺の喉元に、ナルガは鉄の刃を向けた。


「な、なんで……」


 俺は向けられた剣の恐怖で疑問を漏らす。

 何故俺の目の前に立っていたのかと。


 いや、理屈はわかるのだ。

 俺の行動は予測されていた。

 だからナルガは俺の向かう所に先回りする事が出来たのだろう。


 だが、どうやって俺の行動を予測したのかがわからないのだ。

 人の行動なんて、そう簡単にわかる物じゃないだろう?


 ライゼは俺の呆然とした姿を哀れと思ったのか、それとも別の理由か、何故自分が俺の行動を先回り出来たかを語り始めた。


「貴様の動きにはまるで人間味がない。何個かの動きを組み合わせて、人形でも操作してるかのようだった」


 そうナルガは、全てを見通すかのような漆黒の瞳で俺を見つめる。


「人間の動きはもっと複雑で分かりづらい。それらと比べれば貴様の動きは、単純でわかりやすかった」


 その言葉で、俺はようやく理解した。


 ゲームのキャラクターとは、コントローラーで操作する以上、動かせるモーションの数に限界が存在する。


 よってゲームの中のキャラクター達はどこか単一的な動きとなり、機械かのように感じてしまうのだ。


 それを突かれた。

 俺が気付けなかった、脳内コントローラーで自分を操作する事の弊害を。


 つまりそのままの意味だ。

 俺の動きは単純でわかりやすかったのだ。


 この世界はゲームではなくて現実。

 転生してから幾度となく味わった事実を俺は今一度理解する。


 人々の動きはゲームと違って複雑で、ナルガはプレイヤーが攻略するようなボスキャラではない。


 観察し、考え、攻略する。

 俺たちプレイヤーと同じ人間なのだ。


 にしてもナルガはおかしいけれど。


「では、貴様を捕らえ尋問する。何故この場所に居たのかを教えてもらうぞ。あまり手間をかけさせるなよ?」


 ナルガは、俺の首筋に剣を向けたままそう言った。


 しかしそれだけは譲る事が出来なかった。

 もしこのまま俺が勇者だとバレて仕舞えば、皆んなにこんな奴が勇者かと失望されてしまう。


 そんな事を危惧してるなんて、正直笑えてしまうほどみっともない理由だけど、それは俺の芯で俺の意地だ。


「ごめんけど、それは無理だ」


 俺はそう言い放つと、回避ボタンで首筋の剣を回避し、背後に向かって這って逃げた。


 何の作戦もなくてただの悪あがきだけど、それでもやらなくちゃいけない気がして、俺は強引に前へと進んだ。


 そんな俺をナルガは呆れながら組み伏せようとし、俺が背中に携えていた鞘に触れる。


 その鞘の中には、もちろん最強無敵ぶっ壊れチート剣が入っていて——。


「ん?」


「え?」


 焼きリンゴ剣の999の攻撃力が発動!

 ナルガは彼方の果てに、流星となってぶっ飛ばされていった。





 これは、あまりに強すぎて作者も持て余してる最強無敵ぶっ壊れチート剣の物語。

 一瞬でシリアスな空気をぶち壊すんじゃないわよ。バカ。

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