心剣士

第一章 心剣士

第1話 EP01-01 心剣士

　眼前（がんぜん）に、二（ふた）つ角（つの）の魔物（まもの）が立（た）ちはだかる。

　体高（たいこう）は大人（おとな）の約（やく）二倍（にばい）、逆関節（ぎゃくかんせつ）の二足歩行（にそくほこう）で、肌（はだ）はツルっとして赤黒（あかぐろ）い。耳（みみ）が尖（とが）り、吊（つ）りあがった目（め）は赤一色（あかいっしょく）、薄汚（うすよご）れた牙（きば）に、性格（せいかく）の悪（わる）い笑（え）みみたいな顔（かお）をしてる。毛（け）のない頭（あたま）には、一本（いっぽん）の根元（ねもと）から二股（ふたまた）に分（わ）かれた大（おお）きな角（つの）がある。

　魔物（まもの）とは、人間（にんげん）を殺（ころ）そうとする、人間（にんげん）の敵（てき）だ。

　人間（にんげん）とは異（こと）なる姿形（すがたかたち）で、最大（さいだい）の特徴（とくちょう）は頭（あたま）の角（つの）である。一本（いっぽん）の根元（ねもと）から一本（いっぽん）の角（つの）が伸（の）びる一（ひと）つ角（つの）から、一本（いっぽん）の根元（ねもと）から角（つの）が六股（ろくまた）に分（わ）かれた六（む）つ角（つの）までいる。角（つの）の分（わ）かれが多（おお）いほど強（つよ）い。

　軍隊（ぐんたい）で例（たと）えるなら、一（ひと）つ角（つの）はザコの雑兵（ぞうひょう）、二（ふた）つ角（つの）は小隊長（しょうたいちょう）、三（み）つ角（つの）は指揮官（しきかん）、四（よ）つ角（つの）で司令官（しれいかん）、って感（かん）じらしい。五（いつ）つ角（つの）は『魔将軍（ましょうぐん）』と呼（よ）ばれる。六（む）つ角（つの）は唯一（ゆいいつ）『魔王（まおう）』のみが確認（かくにん）されている。

　そして、ここは、人間（にんげん）の軍（ぐん）と魔物（まもの）の軍（ぐん）が小競（こぜ）り合（あ）いを繰（く）り返（かえ）す前線（ぜんせん）の一（ひと）つ、と聞（き）いてる。見（み）た感（かん）じ、戦争（せんそう）に巻（ま）き込（こ）まれて放棄（ほうき）された村（むら）か？　茫々（ぼうぼう）の草（くさ）むらから、割（わ）れたレンガや木材（もくざい）石材（せきざい）、柵（さく）の残骸（ざんがい）が覗（のぞ）く。

　土（つち）を踏（ふ）み固（かた）めた道（みち）も草木（くさき）にヒビ割（わ）れ、折（お）れたり刃（は）の欠（か）けた剣（けん）が何本（なんぼん）も突（つ）き立（た）つ。金属板（きんぞくばん）が散乱（さんらん）し、骨片（こっぺん）が半端（はんぱ）に土（つち）に埋（う）まる。

　錆（さ）び具合（ぐあい）や荒（あ）れ具合（ぐあい）から、数年前（すうねんまえ）からの戦場（せんじょう）だと推測（すいそく）される。どうでもいいことだが。

「……これが、いいか」

　オレは、突（つ）き立（た）つボロボロの剣（けん）を引（ひ）き抜（ぬ）いた。一般兵（いっぱんへい）が持（も）つような、安（やす）っぽい長剣（ロングソード）だ。長（なが）く野（の）ざらしで、刃（は）が欠（か）けて錆（さ）びて土（つち）に塗（まみ）れて、人間（にんげん）すら斬（き）れるか怪（あや）しい。

　だが、問題ない（ノープロブレム）。

　オレは、人（ひと）が武器（ぶき）に残（のこ）した強（つよ）い記憶（きおく）で戦（たたか）う『心剣士（しんけんし）』だ。

　魔物（まもの）は強（つよ）い。硬（かた）い皮膚（ひふ）、鋭（するど）い爪（つめ）、尖（とが）った牙（きば）、高（たか）い身体能力（しんたいのうりょく）を持（も）つ。

　　一（ひと）つ角（つの）ですら、人間（にんげん）より強（つよ）い。訓練（くんれん）を積（つ）んで武装（ぶそう）した人間（にんげん）が数人（すうにん）掛（が）かりで互角（ごかく）。二（ふた）つ角（つの）以上（いじょう）は、並（なみ）の人間（にんげん）じゃぁ太刀打（たちう）ちできない。

　だが、問題ない（ノープロブレム）。

　オレは、並（なみ）の人間（にんげん）じゃぁない。

　オレの前（まえ）に、思念（しねん）を残（のこ）した少女（しょうじょ）の幻影（げんえい）が現（あらわ）れた。

　後（うし）ろ姿（すがた）を見（み）るに、年（とし）の頃（ころ）は十歳（じゅっさい）かそこら、長（なが）いピンク髪（がみ）で、地味（じみ）な色（いろ）のワンピースを着（き）る。細（ほそ）い腕（うで）でヨロヨロと、オレが持（も）つのと同（おな）じ長剣（ロングソード）を、けれど野（の）ざらしになる前（まえ）の鋼（はがね）の光沢（こうたく）の刃（やいば）を、構（かま）える。

　少女（しょうじょ）は長剣（ロングソード）を構（かま）えて、目（め）の前（まえ）の魔物（まもの）に、絶望的（ぜつぼうてき）な力（ちから）の差（さ）に、立（た）ち向（む）かう。

　だが、問題ない（ノープロブレム）。

　これは、あの少女（しょうじょ）の記憶（きおく）だ。数年前（すうねんまえ）に、この場（ば）で起（お）きたであろう、少女（しょうじょ）の物語（ものがたり）だ。

　　　◇

　オレの名（な）は『新実（にいみ）　健二（けんじ）』。内地（ないち）では、中学校（ちゅうがっこう）に通（かよ）う中学（ちゅうがく）二年生（にねんせい）の、ごく普通（ふつう）の男子（だんし）だ。

　外地（がいち）なら、人（ひと）が武器（ぶき）に残（のこ）した強（つよ）い記憶（きおく）で戦（たたか）う魔法（まほう）が使（つか）えて、『心剣士（しんけんし）』と呼（よ）ばれる。数（かず）ある魔法（まほう）の中（なか）でも、かなり強（つよ）いらしい。

　内地（ないち）で、退屈（たいくつ）な日常（にちじょう）を過（す）ごす。ときどき外地（がいち）に行（い）って、バイト感覚（かんかく）で魔物（まもの）を狩（か）る。

　今日（きょう）は外地（がいち）で、小（ちい）さな戦場（せんじょう）の討伐（とうばつ）作戦（さくせん）に参加（さんか）する予定（よてい）だ。

「外地（がいち）前（まえ）行（い）き～。外地（がいち）前（まえ）行（い）き～」

　中学校（ちゅうがっこう）の放課後（ほうかご）に、外地（がいち）行（いき）のバスに乗（の）る。

　終点（しゅうてん）で降（お）りるから、最後尾（さいこうび）の窓際（まどぎわ）の席（せき）に座（すわ）る。ガラス越（ご）しに夏（なつ）の日差（ひざ）しが、ちょっと暑（あつ）い。

　イヤホンを付（つ）けて、スマホで音楽（おんがく）を聞（き）く。流行（はや）りのアニソンが多（おお）い。

　古（ふる）ぼけてボロいバスが、荒（あら）いエンジン音（おん）で走（はし）り出（だ）す。

　ボンヤリと窓（まど）の外（そと）を眺（なが）める。

　白（しろ）くキレイなビル街（がい）の景色（けしき）がある。徐々（じょじょ）に、マンションや民家（みんか）の閑静（かんせい）な風景（ふうけい）に変（か）わる。

　混（こ）んでいた道路（どうろ）は、交通量（こうつうりょう）がどんどん減（へ）って、いつの間（ま）にか車（くるま）もバイクも見（み）なくなる。

　ついには景色（けしき）が、灰色（はいいろ）に荒（あ）れたスラム街（がい）になる。それは内地（ないち）の際（きわ）まで続（つづ）くらしい。

　整備（せいび）されたアスファルトの道（みち）も凸凹（でこぼこ）の土（つち）になって、バスがガタゴトと揺（ゆ）れる。道沿（みちぞ）いの林（はやし）からは、セミの声（こえ）が鳴（な）り響（ひび）く。

　スマホが動（うご）かなくなって、イヤホンを外（はず）して、学生（がくせい）カバンに突（つ）っ込（こ）む。

　外地（がいち）が近（ちか）い。この辺（あた）りは、もう電子機器（でんしきき）は動（うご）かない。

　外地（がいち）は、車（くるま）も動（うご）かない。

「終（しゅう）～点（てん）～。外地（がいち）～前（まえ）～。外地（がいち）～前（まえ）～」

　内地（ないち）の終点（しゅうてん）でバスを降（お）りる。馬車（ばしゃ）に乗（の）り換（か）えて、目当（めあ）ての前線（ぜんせん）基地（きち）を目指（めざ）す。

　石畳（いしだたみ）の街道（かいどう）を、二頭引（にとうび）きの幌馬車（ほろばしゃ）に揺（ゆ）られて進（すす）む。ガッタンゴットンと、バスよりも酷（ひど）く揺（ゆ）れる。冗談（じょうだん）抜（ぬ）きで、喋（しゃべ）ると舌（した）を噛（か）むから、誰（だれ）も一言（ひとこと）も発（はっ）さない。

　皆（みんな）無言（むごん）で声（こえ）はないけど、オレと同（おな）じく報酬（ほうしゅう）目当（めあ）ての、鋼（はがね）の武器（ぶき）や金属鎧（きんぞくよろい）で武装（ぶそう）した大人（おとな）たちが十人（じゅうにん）ほど、ギュウギュウ詰（づ）めで同乗（どうじょう）してる。ガチャガチャ煩（うるさ）いし汗臭（あせくさ）いし息苦（いきぐる）しい。中学校（ちゅうがっこう）の制服（せいふく）、半袖（はんそで）のワイシャツに黒（くろ）のスラックスに黒（くろ）のスニーカーのオレは、ちょっと目立（めだ）って恥（は）ずかしい。

　堪（たま）らず外（そと）を眺（なが）める。文明（ぶんめい）から隔絶（かくぜつ）された農村（のうそん）や田園（でんえん）の、寂（さび）れた風景（ふうけい）が広（ひろ）がる。これはこれで気（き）が滅入（めい）る。

　しばしの我慢（がまん）で馬車（ばしゃ）に揺（ゆ）られて、前線（ぜんせん）基地（きち）に着（つ）いた。馬車（ばしゃ）を急（いそ）いで降（お）りて、小走（こばし）りで離（はな）れて、白（しろ）い雲（くも）の塊（かたまり）が浮（う）かぶ夏（なつ）の青空（あおぞら）の下（した）に深呼吸（しんこきゅう）した。

　ついでに、立地（りっち）を確（たし）かめよう。

　人間（こっち）側（がわ）の前線（ぜんせん）基地（きち）は、見晴（みは）らしのいい高台（たかだい）の更地（さらち）に、土色（つちいろ）の天幕（てんまく）が並（なら）ぶ。前線（ぜんせん）基地（きち）から坂（さか）を下（くだ）った先（さき）には、荒（あ）れ果（は）てた村（むら）や草原（そうげん）を挟（はさ）んで、地（ち）の果（は）てまで広（ひろ）がってそうな深（ふか）い森（もり）がある。

　よくある光景（こうけい）だ。

　魔物（まもの）側（がわ）の陣地（じんち）は森（もり）の中（なか）にあって、森（もり）の際（きわ）辺（あた）りで両軍（りょうぐん）が衝突（しょうとつ）する。単独（たんどく）行動（こうどう）を好（この）む魔物（まもの）どもは、視界（しかい）の悪（わる）い森（もり）の中（なか）でゲリラ戦（せん）を仕掛（しか）けてくることが多（おお）い。

　逆（ぎゃく）に、集団戦（しゅうだんせん）を得意（とくい）とする人間（こっち）は、遮蔽物（しゃへいぶつ）もあって集団（しゅうだん）行動（こうどう）を取（と）りやすい村落（そんらく）や草原（そうげん）を戦場（せんじょう）にしたがる。基本的（きほんてき）に多勢（たぜい）じゃないと勝（か）ち目（め）がないから、するしかない、ともいう。

　　　◇

「そこの少年（しょうねん）！　『心剣士（しんけんし）』殿（どの）と見受（みう）ける！」

　全身金板鎧（フルプレートメイル）のオッサンが、よく通（とお）る低音（ていおん）で声（こえ）をかけてきた。鎧（よろい）をガチャガチャと鳴（な）らして、駆（か）け寄（よ）ってきた。

「新実（にいみ）っす。一般（いっぱん）魔法使（まほうつか）い枠（わく）で登録（とうろく）したっす」

　いかにも前線（ぜんせん）の騎士（きし）っぽい、無精髭（ぶしょうひげ）でボサボサ金髪（きんぱつ）の、オレの親（おや）より年下（としした）であろう若（わか）めのオッサンだ。体格（たいかく）がいいし、顔（かお）に大小（だいしょう）の傷痕（きずあと）があって、大剣（グレートソード）を背負（せお）って、戦場（せんじょう）で叩（たた）きあげてきた感（かん）じだ。

「心（こころ）より歓迎（かんげい）する。自分（じぶん）は、騎士（きし）のレオンだ。ここの指揮（しき）を任（まか）されている」

　ゴツい金属籠手（ガントレット）と握手（あくしゅ）を交（か）わす。金属（きんぞく）の凹凸（おうとつ）が手（て）に痛（いた）い。

　第一印象（だいいちいんしょう）、指揮官（しきかん）としては悪（わる）くない。このタイプの方（ほう）が、オレは好（す）きだ。

　小（ちい）さな前線（ぜんせん）なら、我（わ）が身（み）を戦場（せんじょう）に置（お）き武器（ぶき）を振（ふ）るうリーダーが多（おお）い。魔物（まもの）との戦闘（せんとう）がどんなものか、その身（み）を以（もっ）て知（し）る。

　大規模（だいきぼ）な戦場（せんじょう）だと、偉（えら）ぶるだけの太（ふと）っちょとか、プライドだけは高（たか）い年寄（としよ）りとか、安全（あんぜん）な後方（こうほう）に陣取（じんど）る司令官（しれいかん）がほとんどだ。無謀（むぼう）な作戦（さくせん）や下策（げさく）で被害（ひがい）ばかりが大（おお）きい戦（たたか）いだって、いくつも見（み）てきた。

「隊長（たいちょう）！　今回（こんかい）の作戦（さくせん）に参加（さんか）する『心剣士（しんけんし）』様（さま）って、その少年（しょうねん）ですか？」

「話（はなし）には聞（き）いておりましたが。『心剣士（しんけんし）』がいるとは、心強（こころづよ）いですな」

　他（ほか）の騎士（きし）兵士（へいし）たちも集（あつ）まってきた。

　パッと見（み）て、誰（だれ）も彼（かれ）も男女（だんじょ）ともに体格（ガタイ）のいい戦士（せんし）系（けい）だ。

　魔法使（まほうつか）い系（けい）は痩身（そうしん）かポッチャリが多（おお）い。この騎士団（きしだん）に戦闘向（せんとうむ）きの魔法使（まほうつか）いがほとんどいないだろうことは、事前（じぜん）情報（じょうほう）とこの様子（ようす）だけで容易（ようい）に予想（よそう）できる。

　一人一人（ひとりひとり）と握手（あくしゅ）する。装備品（そうびひん）は、金属鎧（きんぞくよろい）、革鎧（かわよろい）、長剣（ロングソード）、戦斧（バトルアックス）、円盾（ラウンドシールド）、クロスボウ、といったところか。

　前線（ぜんせん）の小規模（しょうきぼ）な部隊（ぶたい）としては、装備（そうび）は整（ととの）ってる。

　外地（がいち）では、火薬（かやく）すら機能（きのう）しない。爆発物（ばくはつぶつ）どころか、銃器（じゅうき）も使（つか）えない。

　鋼（はがね）の刃物（はもの）とか弓矢（ゆみや）とか貧弱（ひんじゃく）な、そんな装備（そうび）で強靭（きょうじん）な魔物（まもの）を倒（たお）せるのか？、と聞（き）かれれば、こう答（こた）えよう。

　大丈夫（だいじょうぶ）だ。問題（もんだい）ない。

　外地（がいち）に出（で）た人間（にんげん）は、理由（りゆう）は全（まった）く不明（ふめい）だが、魔法（まほう）が使（つか）えるようになる。魔法（まほう）という、内地（ないち）には存在（そんざい）しない、内地（ないち）では使（つか）えない武器（ぶき）を得（え）る。

　魔法（まほう）には、戦闘（せんとう）に使（つか）えるものも、使（つか）えないものもある。人一人（ひとひとり）が使（つか）えるようになる魔法（まほう）は一種類（いっしゅるい）だけで、何（なに）が使（つか）えるかは、使（つか）えるようになって初（はじ）めて分（わ）かる。

　オレが使（つか）えるようになった魔法（まほう）は、人（ひと）が武器（ぶき）に残（のこ）した強（つよ）い記憶（きおく）で戦（たたか）う『心剣士（しんけんし）』だった。数（かず）ある魔法（まほう）の中（なか）でも、戦闘（せんとう）に秀（ひい）でた、最強（さいきょう）クラスのものだった。

心剣士

第01話 EP01-01 心剣士（しんけんし）／ＥＮＤ