第25話 再出発
一か月後、再び八雲村を訪れた。
足元の雪は姿を消し、代わりに新芽が顔を覗かせている。
冬の八雲村では、まるで時間が止まっているかのように感じたが、確かにこの村も静かに春を待っていたのだと知り、清太の心には安堵が広がった。
かつての綾乃が住んだレンガ造りのアパートの一室は改修がなされ、電灯もガスも用意され、生活できるほどの設備が整えられていた。そして、隣の部屋は倉庫として改装されており、大量の研究機材が運び込まれていた。
怜と清太がその倉庫の中から荷物を運び出す。
そして、その中から大小さまざまな大きさの方位磁針をたくさん取り出し、テーブルに置いた。
どの磁針も赤い針先が南東を指し示している。
「ここに直径五センチから直径三十三センチまでの大きさの方位磁針が四つずつ、三十セットあります。」
「こんなに大量に。」
綾乃があまりの数に驚いた。
「ええ。大きな方位磁針ほど小さな磁場の動きも感じ取るのですが、磁場の乱れが瞬間的なものであった場合、その揺れはわずかなものになってしまいます。なので、異なる大きさのものを数種類用意しました。」
そして、怜は一つの方位磁針を手に取ると説明を続けた。
「この方位磁針で、八雲村の磁場の乱れを計測します。ここを見てください。磁針の先には黒鉛の芯が取り付けてあります。そして、この真っ黒の文字盤には、紙を二重に張り付けています。ここのつまみをそっと引くと、上側の黒い紙が抜き取れる仕組みになっていて、下側の白い紙が現れます。」
佐竹と綾乃は、それぞれ方位磁針を一つ取り、眺めまわしていた。
怜は説明を続ける。
「つまり、磁場の乱れがあった場合は、磁針がくるくると回ったり、不規則に震えたりするので、白い紙に磁針の動きが記録される仕組みになっています。設置するまでは、持ち運びの際に白い紙が汚れてしまわないように、一枚目の黒い紙は絶対に抜かないでください。そして回収するときは、ここを引っ張ると、磁針が外れるので、外した状態で回収を行ってください。また、方位磁針は、このようにガラスの蓋が付いていて、多少の水は弾くように作られていますが、雨風に当たる場所では水没して紙が使えなくなる可能性があります。なので、水没しない場所を選んで設置してください。」
「なるほど。シンプルな造りですがよくできた装置ですね。」
佐竹は方位磁針を眺めながら感心した。
「きゃっ。」
綾乃の足元に磁針が転がる。
「ごめんなさい…。」
少し緊張がほどけ、皆くすくすと笑った。
調査の先に一筋の光が見えているせいか、四人は前向きな気持ちになっていた。
「採掘場近辺への設置は、私と佐竹さんで行きましょう。その他の村の中での設置を小林くんと綾乃さんにお任せしたい。」
「了解しました。」
佐竹が答えた。
「先生、僕も採掘場は見ておきたいです!」
清太が訴える。
「前向きな姿勢はありがたいが、駄目だ。…磁場の影響で再び体調を崩すかもしれない。」
「重要な役割なのに、こんなことで…。」
清太は悔しさを浮かべる。
「小林くん。君を信頼していない訳じゃない。信頼しているからこそ、大切な弟子を危険な目に合わせたくないんだ。」
「分かりました。」
「あの…。佐竹さんよりも私の方が良いと思います。」
綾乃が手を挙げる。怜と佐竹は少し驚いて綾乃を見た。
「それも駄目です。再開発の時の大きな事故は全て採掘場付近です。今回も事故が起きないとも限らない。危険な目に合わせられないのは綾乃さんも同じです。」
「ありがとうございます。でも、この村の中で霊が見えなくなった私と神代先生は、この四人の中で磁場の影響を受けにくいんじゃないかと思うんです。佐竹さんだって、清太さんと同じ症状に見舞われる可能性だってあります。」
「私の心配なら大丈夫です。自分で何とかします。」
佐竹が抑揚のない口調で答える。
「いや、でも…。私の方が採掘場の地形には詳しいと思います。それに、村全域となると広範囲なので、馬車を運転できる佐竹さんの方が効率的です。そして、いずれにしても、この先、私自身もその場所を避けてはいられません。」
綾乃は力強い眼差しで怜を見つめた。
「…分かりました。危険な目には決して合わせないようにします。では、佐竹さんと小林くんで、村の中を。綾乃さんと私で、採掘場内部と周辺の設置を行います。」
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