第21話





「じゃあ、とりあえず俺が手本で少し打ってみるね」


 その後。


 少し気まずい空気になりながらも、試しに遊んでみようとのことになった。


 俺は、バットを構え、ボールが出て来る穴をじっと見つめる。


「――!」


 今だ!

 俺は思いっきり、振りかぶった。


 ――カキン


「おぉ〜!」


 ボールは綺麗な放物線を描き、ホームランの的に向かって飛んでいく。


 が、途中で軌道がずれてしまい、的の真横のネットへ当たった。


「凄い……後ちょっとでホームランですね!」


「ああ、惜しかったなぁ……」


 折角なら、いいところを見せたかったが、上手くいかないのがやっぱり、俺らしい。


 ゲームやアニメの主人公のように格好良くはなれないもんだぁ。


「でも、意外です! 月城さんって運動も出来たんですね」


「体を動かすのは、結構好きだからね」


 俺はストレートな褒め言葉に少し照れる。

 ……いや、待てよ?


「もしかして、俺って運動できない人だと思われてた?」


「……そんな事ないですよ!」


「いや待て……明らかに今、間があっただろ」


「ふふっ」


 あっ、笑って誤魔化した。


 今まで見たことのないような、笑みだ。


「じゃあ、今度は私がやってみますね」


 そう言って三森さんは、何本かあるバットをそれぞれ軽く振って、どれにするか選び始める。


「……なんか、ちょっと慣れてる?」


 手つきがやけに手馴れているような気がした。


「そう見えます? これでもバットを握るのは初めてですよ」


「そっか……?」


 気のせいか。


「これが良さそうです」


 バッドを選んだ三森さんは、定位置に立ち、バッドを構えると――


 ――カキン


 球を見事に、バッドを当てた。


 結果、球は少し小さな放物線を描き、30mほどの場所に落ちた。


「おー、三森さん凄いじゃんか!」


「いえ……バッドに球を当てたのに、あんまり飛びませんでした」


「あー、それはね……」


 俺は、落ち込む三森さんに近づくと、説明を始めた。


「まず、遠くに飛ばすなら、バッドを横に振るんじゃなくて、下から上に向かって振った方がいいんだよね……こういう感じで」


 俺は、バッドを握っている三森さんの手にそっと触れて、支える。


 そして、優しく力を加え、バッドを下から上に向かって振らせた。


「こうすれば、もっと上に飛ぶはず――って、三森さん?」


 ふと、三森さんの方を見ると、彼女は俺が触れた手を見て、じっと固まっていた。


 一体どうしたんだ……って、そうか?!


「ご、ごめん! 突然に手に触れるのは不快だったよな……」


「い、いえ! そんなことはない……ですけど」


 三森さんはゴニョゴニョと口を動かす。


 心なしか、耳が少し赤いような気がするが、大丈夫だろうか?


「と、とにかく……月城さんに教わったことを参考に、もう一回やってみますね!」


「お、おう」


 三森さんはそう言うと、少しぎこちない動きで、バッドを構えた。


 そして、飛んでくる球をじっと見つめながら、下から上にバッドを振り――


 ――カキンっ!


 バッドは見事にボールに当たり、大きな放物線を描いた。


 そして、正面のネットにボールは当たるのであった。


「やりました……!」


 三森さんは、小さくガッツポーズをとり、嬉しそうに飛び跳ねる。


 しかし、途中で俺の存在を思い出したのか、少し恥ずかしそうにする三森さん。


 気にしなくてもいいのに。


「凄いよ! 流石、三森さん。習得が速いなぁ……」


「これも月城さんが、丁寧に教えてくれたおかげですよ。ありがとうございます」


 三森さんはそう感謝を伝えてくると、さっきの意趣返しのように、俺の右手を両手で優しく包み込んだ。


 白磁のように白い指は、どこまでも滑らかで、すべすべしていて……それでいて、ほのかな体温が感じられた。


 俺は、緊張で鼓動が速くなっていくのを実感した。



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