第17話
「……さん、つき……さん、起きてください」
まどろみの中。
鈴のような声が鼓膜を心地よく揺らす。
おかげで、さらに意識は沈んでいき……
「――月城さんっ!」
「うわぁっ?!」
突然の大声に驚き、俺の意識は一気に覚醒した。
寝ぼけ眼を開けると、そこには心配そうに俺の顔を覗く三森さんの姿が。
「あ……れ? 俺、寝てた?」
「はい、大体、1時間くらいでしょうか? ぐっすりでしたよ、月城さん」
「っ〜〜〜?! マジか……本当にごめん」
え……俺、三森さんに抱き締められたまま、1時間も寝てたの……?!
赤ちゃんじゃないんだし、流石に情けなさすぎる。
恥ずかしさで、顔が熱くなっていく。
「どうして謝るんですか? きっと疲れていたんでしょう、眠ってしまうのは仕方がないですよ」
三森さんは、柔らかく微笑みながら言った。
本当に三森さんは優しいなぁ……。
「でも、そろそろお外も暗くなりますし、起こした方がいいかなって思いまして」
「そうだったんだな。気を遣ってくれてありがとうな」
「いえいえ、これくらい普通ですよ……また、甘えたくなったら言ってくださいね? いつでも……ぎゅ〜っとしてあげますから」
「っ〜〜〜?!」
上目遣いで、悪戯っぽい笑みを浮かべる三森さん。
俺の胸は、うるさいほどに高鳴っていた。
「あ……え、えっと……今日は色々ありがと! じゃ、じゃあ、また明日!」
俺は、羞恥心を隠すために、逃げるように三森さんの家を後にした。
――――――――――――
【三森さん視点】
「っ〜〜〜?! な、何をしているのでしょう、私は……!」
月城さんが出て行った後。
私は玄関で、リンゴのように真っ赤になっているであろう顔を両手で隠して、膝から崩れ落ちた。
「(男の人を抱きしめるなんて……まるで、恋人同士がするようなことをして……!)」
うぅ……思い返してみれば、最近の私は色々とおかしなところが多い。
月城さんにパンケーキをあ〜んしたり、お礼とはいえど、お弁当を作ってあげて、一緒に食べたり……極めつけには、私の方から月城さんに抱きついた。
あれ……? 私の最近のおかしな行動には全部、月城さんが関わってる……?
「(どうして……いや、もしかして)」
私には、心当たりがあった。
彼は私にとって――
「(家族以外で、初めて信頼できた人物……)」
下心の無い純粋な善意で、私を助けてくれた。
それが嬉しくって……つい、恩返しをしたくなるのだ。
「(でも、月城さんへの恩は増えていくばかりです……)」
この前は、私を探しに来た佐竹さんの取り巻きから、私を匿ってくれた。
今日だって恩返しのために手料理を振る舞ったのに、美味しそうに食べる月城さんの姿を見て、私が嬉しくなってしまった。
これでは、どっちが恩返ししてるのか……。
けれど、私の心の奥底では、終わらない恩返しを――月城さんとの、この関係性が、ずっと続いて欲しいと願っていた。
「(でも……ダメですよね)」
それは、月城さんの善意に甘えるような事なのではないだろうか?
もしかしたら、彼は私からの誘いを断れないだけで、本当は私と関わるのを嫌だと思っている可能性だってある。
なにせ……浮気されたなんて、深い傷を負っているのだから。
彼が、同じ女である私と関わるのを嫌だと思っていても、おかしくない。
「(だから……この恩返しが終わったら、私たちの関係はきっぱり、終わりにしましょう)」
それが最も健全で、月城さんの為にもなるはずだ。
頭では、そう理解しているのに――
「(この気持ちは……何なのでしょうか)」
月城さんと一緒にいる時や、彼のことを考えている時に、感じる謎のモヤモヤ。
そのモヤモヤが、私の決意を微かに邪魔した。
「(ううん、ダメです。ちゃんと、キッパリ終わらせないと)」
あっ……でも、そのためには、どれくらい恩返ししたら、終わりにするのかの基準が必要なのでは?
何か……何か丁度いい基準はあるでしょうか?
「(そうだ。月城さんが抱えてる浮気による心の傷……)」
月城さんの口調からして、浮気の心の傷は、まだ癒えてない。
それどころか、傷の痛みにまだ苦しんでいる。
「(なら……その心の傷を完全に癒してあげるのが、彼にとっての何よりの幸福なのではないのでしょうか)」
簡単なことでは無いと知っている。
けれど、沢山の恩を受けたのだ。
これくらいはして見せなければ、彼がしてくれたことの恩返しにはならない。
「(そのためには、もっと頑張らないと……!)」
私は、彼の心の傷を癒すための計画を練り始めるのであった。
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