第15話
――ジュウ、ジュウ
ハンバーグが焼ける音と共に、肉汁の良い匂いが鼻腔を刺激する。
俺の食欲は最高潮に達していた。
「もう少しだけ、待っていてくださいね。お味噌汁も作りますので」
キッチンから、三森さんは料理しながら、そう言う。
「い、いや、別に急がなくたっていいんだぞ?」
「ふふっ、だって月城さん、お腹が空いたってお顔をしているんですもの」
「っ……ま、マジで?!」
俺は、自分の顔をペタペタと触ってみる。
そんな顔、していただろうか。
恥ずかしい……っ!
「ふふっ、大丈夫ですよ、まるで弟ができたみたいで、面白かったので」
「それって揶揄ってるのか?」
「まさか、そんなわけありませんよ! ちょっと可愛いなって思ってるだけですっ」
「やっぱり、揶揄ってるよな?!」
そうして待つこと数分。
テーブルには、ハンバーグと味噌汁、ほうれん草のお浸し、白米が並んだ。
「めっちゃ美味そう……っ!」
ハンバーグには、たっぷりデミグラスソースがかかっており、その見た目と、肉汁の匂いが食欲をそそる。
「では、冷めないうちにいただきましょうか」
「あ、ああ……!」
「いただきます」
「いただきます……!」
俺は、両手を合わせると、早速、ハンバーグに箸を伸ばした。
「うん……! 美味いっ!」
ハンバーグを噛み締めた瞬間、牛肉の肉汁が溢れ、口が肉の旨みで満たされる。
そこに、デミグラスソースの甘味と旨味が組み合わさり、生み出される旨みの調和。
なんか色々言ってみたけど、とにかく美味い……っ!
「マジで、そこら辺の料理人なんかよりも、よっぽど料理上手いんじゃないのか?」
「そんなことないですよ。あくまで生活の一部として、料理しているだけですから、プロには勝てません」
「そうかなぁ」
俺は、次に味噌汁を飲んでみた。
味噌汁は、偶然、俺が好きなシジミが入った味噌汁だ。
シジミのダシがちゃんと入っており、それでいて生臭さを感じない。
やっぱり、プロレベルじゃないか。
「それにしても、月城さんは凄く美味しそうに食べますよね……!」
「え?」
俺は、食べる手を止めて、自分の行動を振り返ってみる。
……確かに、やけにがっついたり、少し下品だっただろうか。
「すまん、もう少し落ち着いて食べるべきだったよな」
「いえ! 別に咎めてるわけじゃなくて……むしろ、凄く美味しそうに食べてくれるので、『作って良かったな』思えて、嬉しいんです」
「そうなのか?」
「ええ……! 本当に、作って良かったです」
三森さんはそういうと、本当に嬉しそうに微笑んだ。
料理を誰かに振る舞ったことはないので、気持ちはわからないが……そういうものなのだろうか。
少し、不思議に思いながら食べ進めていくと、気付けば俺は完食していた。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末様です」
久しぶりの美味しい料理で……俺の心は、幸福感に満ちていた。
「(それにしても、人の作ってくれた温かい料理なんて……いつぶりだろうなぁ)」
俺は、いつの間にかに空になった皿を見つめながら、ふと考える。
両親とは中学の頃に大喧嘩して、受験が終わってすぐに一人暮らしを始めたのだ。
だから、外食を除いて、人が作ってくれた出来立ての料理を食べるのは半年ぶりだった。
「なんか……人の作ってくれた料理って心が温まる感じがしていいな」
「心が温まる……ですか?」
「ああ、抽象的で何言ってるのかわかんないかもしれないけど……そんな感じがするんだ」
もしかしたら、半年以上孤独だったせいで、人のぬくもりを無意識的に欲していたのかもしれない。
でも、俺には、この料理が味以上に貴重で素晴らしいものに思えて仕方がないのだ。
「ねえ、三森さん……絶対にお礼はするからさ、またこうやって手料理を振る舞ってもらえないか?」
だからだろうか。
気付けば俺は、そんな頼みを口走っていた。
「また……こうやって……ですか……?!」
三森さんは、驚愕で目を見開く。
不味い、変なことを言ってしまった……!
「……って、ちょっとキモいよな。ごめん、今のは忘れてほし――」
「――もちろん、いいに決まってるじゃないですか……っ!」
三森さんから返ってきたのは、まさかの肯定的な返事だった。
「え、……いいのか?」
「ええ、むしろお礼なんて入りませんよ。私が月城さんにしてもらったことの方が、大きいですし」
「いやいや、流石にそれは申し訳ないって……!」
「いえ、私も人に美味しそうに作った料理を食べてもらうのは嬉しいので。それに、月城さんのことは信頼してますから、迷惑なんかではないですよ」
「そういうもの……なのか?」
明らかに俺が貰いすぎな気がするが。
ふと、三森さんの顔を伺ってみると、彼女に嘘やお世辞を言っている様子ではなかった。
むしろ、本心から俺がご飯を食べにいくことを喜ばしく思ってくれているかのような、柔らかな笑みを浮かべていたのだ。
「(でもやっぱり、最近は俺が貰いすぎな気がするんだよなぁ……)」
ここまでもらってばかりなんて、男が廃る。
何かお返しができれば……。
「――くしゅん!」
その時、三森さんが小さく、くしゃみをした。
「失礼しました、ちょっとエアコンの温度を下げすぎて、冷えちゃったみたいです……エアコンの温度を上げても良いですか?」
「おう、別にいいぞ」
「ありがとうございます」
三森さんは、リモコンを操作してエアコンの温度を上げた。
でも、すぐには暖まらないよな。
「三森さん、温めてあげよっか?」
「……え?」
次の瞬間、俺たちの間に沈黙が流れた。
……あれ? 今、俺は何を言った?
『温めてあげる』?
一体俺は、三森さんに、何を言ってるんだよ……ッ!?
いくらお礼がしたいからって、もう少し考えて発言しろよ、馬鹿ッ!
「本当にごめん、今のはマジで忘れてほしい」
「そう言われましても、忘れられない……ですよ」
そう……だよな。
あんな変態発言されたら、忘れられないよな。
もうここは、土下座をしてなんとか許してもらうしかない。
そう思っていると、三森さんは席を立ち、こちらに歩み寄ってくる。
そして――
「ん……っ!」
俺の膝の上にちょこんと、座った。
「へ……?」
「どうしたのですか? 温めてくれるんでしょう?」
俺に背中を預けながら、三森さんは小さくそう言った。
もしかして、さっきの俺の言葉を、真に受けたのか……?!
「そ、それとも……さっきのは私を揶揄う冗談だったんですか? ……月城さん、意地悪です」
ぷくりと頬を膨らませる三森さん。
これは、俺を揶揄ってるとかじゃなくて、マジで温めて欲しい……んだよな?
良いんだよな……?
俺は意を決して――
「……っ!」
三森さんの後ろから、ふわりと、優しく腕を回す。
「っ〜〜〜?!」
真っ赤に染まっていく三森さんの耳。
同時に、三森さんが使っているシャンプーのフローラルな匂いが鼻をくすぐった。
「ほ、ほんとに……抱きしめられちゃった……」
「あっ……ご、ごめん、流石に冗談だったよな?!」
俺は慌てて三森さんから離れようとする。
しかし――
「ダメっ……です。まだ……温まってないです……っ!」
三森さんは、ちょこんと俺の服の袖を掴んで、俺を離してくれなかった。
「もう少しだけ……このままでも良いですか? もう少し……私の体が、暖まるまで」
三森さんは、俺の腕をぎゅっと抱き寄せる。
三森さんの体は、思っていた何倍も小さくて、簡単に腕の中に収まっていた。
そして、小動物のように俺の腕を抱きしめる三森さんの姿は、どうしようもないほど愛らしくって。
庇護欲を掻き立てられている自分がいた。
って、あれ……?
抱きしめるのは温まるまで……そのはずなのに。
三森さんの体は既に、温かいどころか……陽だまりにずっと居たような熱さを感じるような……?
そんな気がした。
《あとがき》
『三森さんのこと抱きしめたい!』『逆に主人公君が抱きしめられてる展開が見たい!』『三森さん可愛い!』など、思っていただけましたら、フォローや星をいただけると嬉しいです!
めっちゃモチベになります!!!
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