第8話
「それで、三森さんのおすすめってなんだ?」
「そうですね……ここはパンケーキがすっごくふわふわなことで有名なんです。ですから、パンケーキセットがいいんじゃないですかね?」
三森さんは、メニュー表のパンケーキセットを指差す。
確かに、すごく美味しそうだ。
「私はこの、いちごが乗ってるパンケーキセットを頼もうと思ってるんですけど月城さんはどうします?」
「じゃあ俺はバナナが乗ってるやつで」
そうして、注文をし終えて数分。
パンケーキはすぐに運ばれてきた。
「凄い……美味しそうです!」
三森さんはキラキラとした目で苺の乗ったパンケーキを見つめる。
「さっそく、頂きましょう」
三森さんは丁寧にナイフでパンケーキを切り分け、パクッとそれを口に入れる。
「う〜ん! 美味しいですよ、月城さん!」
相当美味しかったのか、彼女の口角は自然と上がっていた。
「ほら、月城さんも食べてくださいよ」
「お、おう!」
パンケーキを上に乗っているバナナと一緒に口に入れる。
うん、これは美味しいな。
パンケーキは雲みたいにふわふわしていて、上にかかっているチョコソースとバナナはとても合っている。
有名なだけあるなぁ。
「凄く美味しいな、これ」
「それなら良かったです……!」
すると、後ろの席の話し声が無意識に耳に入った。
『――ねえねえ、シェアしようよ。私、そっちの味も食べてみたい!』
チラリと視線を向けると、それはカップルの客だった。
どうやら、パンケーキのシェアをするらしい。
なんとも甘酸っぱいなぁ。
「――私たちも、してみますか?」
そう言ったのは、後ろのカップル――ではなく、目の前にいる三森さんだった。
彼女は、小首を傾げながら平然と訊いてきた。
「へ? な、何を?」
「パンケーキのシェアですよ。折角なら、月城さんもイチゴのパンケーキ、食べてみたいでしょう?」
「そ、それはそうだけど……でも、いいのか? 俺なんかが三森さんのパンケーキをもらっても」
「勿論、構いませんけど……? でも、月城さんのバナナのパンケーキも貰いますよ?」
「それは全然、大丈夫……だけどさ」
俺が気にしすぎなのか?
でも、恋人がやるようなことだぞ?!
そうこうしていると、三森さんは口を尖らせ――
「ほら、どうぞ」
一口サイズに切り分けたパンケーキを、フォークで刺し――俺の口の前まで持ってきた。
へ?
こ、こここここれって、あ〜んというやつでは?
俺は、チラリと三森さんの顔を見ると、彼女は平然としていた。
三森さん……もしかして、無自覚か?!
「……じゃあ、いただくよ。……んっ」
俺はフォークについたパンケーキに齧り付いた。
うん……柔らかくって甘い。
角砂糖を食べているのかってくらい、甘い。
「(ああもう……! こんなの……ズルすぎるだろ)」
頬が熱くなっていくのが自分でもわかった。
これは、仕返ししなければ!
「み、三森さん。俺のも食べるんだよね?」
「はい、そうですけど……?」
「じゃあ……ほら」
俺はパンケーキを一口サイズに切り分け、バナナと一緒にフォークで刺すと、三森さんの口元に、フォークを持っていった。
「え、えっと……こ、これはぁ……」
「三森さんがしたのと同じようにしてるだけだけど?」
「っ……」
どうやら、彼女はようやく気づいてらしい。
この行為をされることの恥ずかしさに。
「ほら、どうしたの? 食べないの?」
「た、食べます! ……はむっ」
三森さんは、ヤケになったようにパンケーキを口に入れる。
「っ〜〜〜?!」
すると、みるみるうちに赤く染まっていく三森さんの頬。
まるでリンゴだ。
「どう? 美味しいか?」
「……美味しいです。凄く」
三森さんは、小さくそっぽを向きながら呟く。
なんだか、その姿はどうしようもないほど、いじらしかった。
「……わかりました。私が月城さんに何をしたのか」
しばらく経った後。
顔を真っ赤にし、ショートしていた三森さんは、ようやく通常モードに戻った。
「そっか。なら良かったよ」
「も、もしかしてなんですけど……月城さんはさっきの、不快でしたか?」
「いや……別に嫌だったわけじゃないよ? でも、仕返ししたくなってさ」
「っ……意地悪ですね」
「最初にしてきたのは、三森さんだぞ……?」
「そ、そうですけど……!」
三森さんは納得いかない様子で口を尖らせる。
その姿も、なんだかいじらしかった。
『――なにあのバカップル……』
気付けば、周りからの視線は、明らかに恋人を見るようなものに変わっていた。
その周りの中に――
「ど、どどどうして、あんな奴が『月下美人』と……?!」
クラスメイトの一人が居たことを知らずに。
――――――――――――――――――――
【佐竹視点】
「クソがクソがクソがッ!」
オレは、道端に転がっていた缶を思いっきり蹴り飛ばした。
むしゃくしゃする。
理由はあいつら……生意気なイキリオタク野郎と、クソアマだ。
「一度だけじゃなくて、二度もオレのことをコケにしやがって……ッ! 絶対に許さねえッ!」
一度目は、『月下美人』――星那が、大衆の前で俺を振って、あんなオタク野郎を選んだことだ。
二度目は、オタク野郎が俺のことを柔道技で転ばせてきた上に、俺の父親にちくりやがったこと。
両方とも、とんでもないほど屈辱的な出来事だった。
「そのせいで……オレは、学校中の笑いもんじゃねえかッ! 絶対にボコボコにしてやるッ!」
まずは、星那を誘拐しよう。その後、あいつを無理矢理、オレのモノにする
そして、その様子をビデオに撮って、あのオタク野郎に送りつけてやったら……
「キャハハッ! 楽しみで堪らねえなぁ!」
オレはもう一度、缶を蹴り飛ばすと、丁度、缶は道路を走っていた車に轢き潰される。
まるで、これからのクソアマとオタク野郎の未来を表しているようだなぁ。
「クックック……まずは、あいつらの居場所を見つけねえとなァ」
――ピコン。
SNSの通知が来た。
見てみると――
『――兄貴! 三森と月城、見つけました! あいつら、呑気にカフェでいちゃついてやがりますよ』
そんな文言と共に、一枚の写真が送られてきた。
その写真には――
「な、なんだ、この恋人同士みてえな写真ッ?!」
オタク野郎が、星那にパンケーキをあーんしている姿が載っていた。
も、もしかして、あのクソアマ……助けてくれたオタク野郎にマジで惚れやがったのか?!
「この誰にでも腰を振るクソビッチが……ッ! ぜってぇにぶちのめしてやるッ!」
これは嫉妬じゃねえ、オレが嫉妬なんてするわけねえ!
ただ単に、クソビッチにイラついただけだッ!
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