第26話 フリーマン大師


「夜分すいません。僕らは、フリーマン大師にお願いがあってきました。よろしくお取次ぎをお願いします」

 僕は彼に頭を下げて言った。


「フリーマン大師? それ誰ですか?」

 帰ってきた言葉は思いがけないものだった。

「こちらにいるんじゃないですか? 時空の穴の専門家だと聞いているんですが」

 焦った僕は早口になってしまう。

「フリーマンという名の者は居ますが。大師などではありませんよ。まだ若造ですから」

 若い彼から若造って言われるなんて、どういうことだ?


「まあ、とりあえず、中にどうぞ。寒かったでしょう」

 彼はそう言って僕らを中に入れてくれた。

 ありがとうございますと、僕らは彼のあとに続く。

 三百年前のハイルースの寺院は、やはり見知っている寺院とは違っていた。

 奥の塔がなかったし、全体にこじんまりした寺院だった。


 石段を登り寺の建物の中に入る。

 廊下は思ったよりも長く、壁に沿って並ぶ燭台の火が、ゆらゆらと僕らの影を引き伸ばしていた。

 案内人の青年は、奥の扉を押し開けた。


「こちらです。コーキ師がお待ちです」

 部屋の中は、外の寒さとは別の静けさに包まれていた。

 円形の空間に、低い石の机と、その周囲に積まれた巻物や金属の器具。

 中央には、灰色の法衣をまとった人物が座っていた。

 年齢はわからない。

 顔には深い皺が刻まれていたが、瞳は澄んでいた。


「ようこそ。夜分に大変でしたね」

 その声は柔らかく、しかし芯があった。僕らは思わず頭を下げた。


「フリーマン大師にお会いしたくて来ました」

 僕がそう言うと、コーキ師は少しだけ口元を緩めた。


「フリーマン? ああ、あの子のことか。まだ十にも満たない子供ですよ。大師などと呼ばれるには、あと五十年はかかるでしょうな」

 思わず言葉を失ってしまう。時空の穴の専門家が、子供?


「ですが、あの子には確かに、特別な能力があります。時の裂け目を感じる力。私たちには見えないものを、彼は見てしまう」

 そのとき、奥の帳の向こうから、小さな足音が聞こえた。

 やがて、ひょっこりと顔を出したのは、まだ幼さの残る少年だった。

 髪は乱れていて、手には奇妙な形の金属片を握っていた。


「お客さん?」

 少年は僕らを見て、首をかしげた。

「フリーマン。こちらの方々が、君に会いに来たそうだ」

 コーキ師が言うと、少年は少し照れたように笑った。


「実はリフランの町の東の山上に時空の穴が空いているのです。とても危険な穴が」

 僕はコーキ師に言ってみた。

 コーキ師はフリーマンに目を向けた。


「それ、感じてるよ。一ヶ月ほど前にざわつく空気を感じたんだ」

 フリーマンはそういった後、手のひらを上に向けて、変な形の金属片をその上に乗せた。

 そして精神を集中するように目をつむると、その金属片が浮いた。

 金属片を包み込むように黒い霧が湧き、やがて光沢を持ったピンポン玉くらいの球が現れた。


「……おお、すげえなそれ……」

 リリーが息を呑んだ。

 時空の穴——それは、確かにそこにあった。

 小さな、しかし確かな歪み。掌の上に浮かぶ、世界の裂け目。中を覗き込むと、何も見えないのに、何かがこちらを見返してくるような気がした。


「これと同じだけど、異質なエネルギーがリフランの山から降りてきているよ」

 フリーマンが言い終わる頃、彼の手のひらの上の黒い球はゆっくりと消えていった。


「その穴を消す必要があるのだ。この子にその能力があるのなら協力をお願いしたい」

 僕の横でユン少佐がコーキ師に頼み出た。


「まず、その穴がどうして生まれたのか、そしてそのままにしておくとどうなるのか。それがわからないと」

 コーキ師の言うのはもっともだ。


「そのことは僕から説明します」

 時空の穴については僕が一番よく知っているはずだ。

 時空の穴の向こうには、僕らが住んでいたもう一つの世界が存在していること。

 そして、無理やり物理的な壊し方をすれば、その向こう側の世界が消滅してしまう恐れがあることを説明した。

 ただ、ジョウンのことを話すかどうか迷った。

 ソラリムの人間は、第四惑星の異星人のことを知っているだろうか。

 知らないとしたら、彼の星のこととか説明するのも面倒だ。


「物理的な攻撃と言うと、炎魔法とか雷魔法とかの攻撃のことですかな」

 コーキ師が尋ねた。

 ソラリムの世界にはまだダイナマイトもないのだ。

 

「そのようなものです」

 剣と魔法の世界なのだ。ソラリムは。


「ということは、あなた方はその時空の穴を通って、向こう側から来たということですか」

 コーキ師の問に僕ら三人は頷いた。


「しかし、それだと、フリーマンのことをどうやって知ったのです? この子が時空の穴について詳しいと?」

 やはりごまかすのは難しいな。

「実は僕は、このソラリムで三年間生きてきたのです。僕が住んでいたソラリムは、この時代ではなくて、これから三百年後の時代なんですが、その時の文献に、フリーマン大師のことが書いてあるのを読みました」

「そのあなたが、今度は時空の穴を通って、この世界に再び来たと? あまりに荒唐無稽なお話ですな」

 僕も話していて、そう思われるのも無理はないと思ってしまう。

 思わずうつむく僕の耳にはしゃいだ声が聞こえた。


「わお、僕が大師なんですか? すごい! それで、その文献には僕は何をしたって書かれてたんですか?」

 フリーマンの声だった。


「ええと、フリーマン大師は、赤い触手のモンスターを倒して世界を救った、と書かれていましたよ」

 僕はそう答えた。実際僕が読んだ訳では無いが、ロイナース師に聞いた話だ。


「それってどんな怪物なんだろうな。ワクワクします」

 フリーマンのそんな言葉を、コーキ師がたしなめる。

「こら、世迷言を真に受けるな」と。

「でも、時空の穴のエネルギーを感じるのは事実です。コーキ先生は信じてくれなかったけど、僕の言うことがこれで正しいとわかったでしょ」


「フリーマン、君は時空の穴を消すことが出来るのか?」

 今度はユン少佐が訊く。

「それは見てみないとわかりません。さっきやったように小さな物は生み出すのも消すのも出来るけど、人間が通り抜けられるほどのものとなると、僕もまだ未経験だから」

「では、すぐに我々と来てくれないか、春の妖精の池に、我々の乗り物を停めてあるのだ」

 ユン少佐の言葉を、コーキ師が遮った。

「いや、もう暗くなっておる。今夜はここで休んでいきなさい」


 いや、急いでるんですと言いたかったが、今日一日の緊張と登山の疲れもあって、その言葉に甘えることにした。

 まだ空爆までは42時間ほどあるのだから。

 

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