第23話 再び時空の穴へ



 僕はC国軍兵士とともに、こっそり地下牢を出る。

 門にいた衛兵も魅了の術で眠らせて、兵士たちを街の外に案内した。


「時空の穴の場所はわかりますか?」

 ユン少佐に聞くと、彼女は部下の一人に確認して続けた。

「問題ない。お前には感謝する。ところで、お前はこれからどうするのだ?」

「僕の目的は、あの時空の穴を消去することです。向こうの世界では穴を爆撃する作戦が進行中だけど、それをするとこっちの世界が消滅してしまうんです。逆にこちらの世界で破壊すると、向こうの世界が消滅してしまう。この『お互い様』の状況を打破するために、唯一の方法である、魔術による消去を目指しています」

 そう言うとユン少佐が目を見張った。


「そんなことができるのか?」

「このソラリムの魔術師はすごいんですよ。あなた達も、さっきそれで捕まったんでしょ」

 僕が言うと、彼女は肩をすくめた。

 そして部下に告げた。

「ワン、後の指揮を取れ。皆で時空の穴を通って地球に戻れ。向こうに戻ったらアメリカ人の指示に従え。私はここに残る」

 えっ、どういうことだ?


「お前に協力する。それに、私はこの世界のことをもっと調べたい」

 ユン少佐はそう言って笑ったが、僕は混乱してしまう。

 彼女とはさっきまで敵同士だったのだ。

「疑うのか? 向こうと違って、ここは別世界だ。この世界にはC国政府も、日本もアメリカもないのだろ。だったら同じ向こうの世界の人間として仲間じゃないか」

 そう言われても、すぐには信用できない。

 しかし、それが本心なら、協力者は一人でも多いほうが目的達成に有利なのは確かだ。


「では、ここで少し待っていてください。衛兵に見つからないように。僕はリリーを呼んできます」

 ユン少佐に言うと、僕は街の門をくぐって酒場に向かった。

 お互いに用が済んだら酒場に集合ということになっていたのだ。


 夜の町を、ランタンのオレンジ色の光が照らしている。

 その中を走り抜け、酒場の扉を開けると、すぐに店内で立っていたリリーと目が合った。


「遅かったな。時間ないぞ、急ごう」

 リリーは僕の手を取って店外に出る。

 リリーを見ると、腰に鞭を装備していた。商談はうまくいったようだ。

「そうだった、お前の魔術師ローブも買ってきたぞ」

 リリーは優しいな。すぐにローブを受け取って、着替える。

 ソラリムの魔術師ローブは薄手だけど、気温の変化に強い魔法がかかっているのだ。


 時計を見ると、爆撃まで44時間。

 二人で街の門を抜け、僕が先導してユン少佐の隠れている場所へ向かう。

 虫の音がやけに耳につく中、草をかき分けて進むと、ユン少佐が迎えてくれた。

 

「おい、なんでこの女がいるんだ?」

 すぐにリリーが驚きの声を上げた。

「待ってください、これには事情があるんです」

 今にもつかみかかりそうなリリーを慌てて押し留める。

 そして、これまでの経緯を簡潔に説明した。


「本当に信用できるのかな」

 リリーはまだ疑いの目を向けていたが、僕は二人を連れて馬小屋へ向かった。

 この世界で急ぎの移動には、早馬が最も頼りになる。


「でも、早馬を使ってもロリテッドまで八時間。そこからハイルース山に登るのに同じくらいかかる。往復で40時間くらいか……何も問題が起きなかったとしても、ギリギリだぞ」

 リリーが腕を組み、唸るように言った。

 そして、ぽつりとつぶやく。

「紅の触手事件のときみたいに、空飛んでいければ早いんだけどな」

 その言葉に、僕の脳裏で何かが弾けた。

 ――そうだ。山の上には、ジョアンの宇宙艇が駐めてあったのだ。


「あの宇宙船を、お前は操縦できるのか?」

 僕のアイデアにすぐユン少佐が聞いてきた。

「はい。ジョアンから聞いています。行きましょう」

 馬小屋の主人に話をして、馬を二頭借りた。


 僕とリリーが二人乗りで先を進む。後ろからユン少佐がついてきた。

 衛兵から得た知識で、雪山を進む小道をたどる。少し遠回りになるが、斜度がゆるくて馬でも進める道だった。

 真っ暗な中、ランタンの明かりだけで雪道を登っていくのは時間がかかったが、ようやく時空の穴の地点まで来ることができた。


 先に登り始めたユン少佐の部下たちはまだ着いていない。

 時空の穴が再び開くまで一時間くらい残っている。

 僕は馬を降りて宇宙船の側に立った。

 リリーとユン少佐も僕の後ろに立つ。

 宇宙船の扉にあるコンソールに手のひらを付けて、僕はテレパシーで合言葉を送信した。

 赤いランプが緑になって、ロックが解除された。


「出発はちょっと待ってくれ。部下たちを確実に向こうに送りたい」

 ユン少佐が言うが、僕もすぐに出発するつもりはない。

 宇宙船が使えるなら、まだ急ぐ必要はないのだ。

 僕も、今の状況をジョアンやカークに伝えたかった。吹雪く中、宇宙船の影で風を避けていると町側の斜面を登ってくる人影が見えてきた。

 ユン少佐の部下たちだ。


 おーい、こっちだ。とユン少佐が叫んでいる。すぐに部下たちが登ってきた。

 全員が集合してから10分ほどして、真っ黒だった時空の穴が薄ぼんやりと光りだした。

 その光の球は、蛍光灯で照らされたデータセンターの内部を映し出した。

「あ、こっちから見えるぞ。ジョアンとカークがいる」

 リリーが僕の斜め前で叫んだ。そっちに移る。


「カーク、聞こえる?」

 僕が叫ぶと、聞こえるぞと返事が来た。

「ジョアン、宇宙船借りるよ」

 カークの横にいるジョアンに僕は声をかけた。彼が頷いているのが見えた。

「部下をそっちにやる。後を頼む」

 ユン少佐がカークにそう叫んだ。

「僕らはこれからハイルース山の寺院にいるフリーマン大師に会いに行きます。彼ならばこの時空の穴を消すことが出来るはずです。カークは空爆を辞めるように説得してください」

「わかった。努力する。気をつけてな」

 カークの声が聞こえた。


 ユン少佐の部下たちが一人ひとり向こうの世界に移っていった。

 そして、時空の穴は再び暗くなった。

  

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