第6話

 わっと、スタンドで声があがるのと同時に、馬群が直線に入ってきた。


 実況アナウンサーの声がひときわ高まる。


「ここで先頭に立ったのは、二番のウインドサクセス。内で食い下がるのは、八番ココナキッチン」


 黒いヘルメットをかぶった馬がぐいと前に出てくる。


 騎手が鞭を振るい、手綱を前に押すたびに、抜け出すスピードはあがる。


 内の馬も健闘しているが、実力の差は明らかだ。


「ねえ、どうなの? あたしたちの馬、どこ?」


 山林堂の声は高い。頬は真っ赤だ。


「来ている。トップに立った!」

「わかんない。見えにくい」

「大丈夫。いい感じ」

「差せえ!」


 晴彦さんが声を張りあげると、それを待っていたかのように、外の馬が前に出てくる。六番のロックスケールと七番のクワッドベックだ。


「外、ロックスクール、さらにクワッドペック。四番手から三番手。二番手」


 栗毛の馬体が、ウインドサクセスに迫る。


 大型ヴィジョンにその姿が映ると、歓声とも悲鳴ともつかぬ声が周囲で広がる。


「先頭はウインドサクセス。外からロックスケール。クワッドベックは三番手」


 二頭が並んで突き進む。どちらが前に出るのかと思ったところで、ゴール板を通過した。


「二頭まったく並んでゴールイン。さあ、どっちだ。内、ウインドサクセス、外、ロックスケール。これはわかりません」


 次々と馬がゴール板の前を駆け抜け、スピードを落とす。全馬が走り終えるまで、五秒とかからなかった。


「ねえ、どうだったの。当たったの?」


 山林堂の問いに応じたのは、晴彦さんだった。


「取った。三連複2-6-7。本橋君がいいという馬で決まった」

「やった!」


 山林堂は両手を挙げた。笑いながら、その場で跳びはねる。


「いや、うまくはまったな。前に行った馬がいいペースで飛ばしていたから、差しになるとは思っていたが、ここまでドンピシャな展開だとは。すごいな」

「よかったです。うまくいって」


 レースは八番の馬が前に行って、隊列を引っぱった。つついた馬がいたので、ペースがあがり、前にいた馬は直線に入るところで失速した。


 そこで出てきたのがサクセスウインドであり、後方で足を止めていたロックスケールとクワッドベックだった。


 差し脚は三頭とも強烈だったが、いち早く抜け出したサクセスウインドにロックスケールが迫り、二頭が並んだところがゴールだった。


 四着以下は引き離しており、力の差を見せつけたことになる。


「いや、ありがとう。久々にいい馬券が取れたよ」

「どうなの。すごいの」

「すごいねえ。あとは、確定待ちだ」

 僕たちは、ゴール板前から離れる。


 ゴールした馬たちは、もう戻ってきていて、待機場に入って、鞍を下ろしている。


 着順が確定したのは、スタンドに戻って、しばらく経ってからだった。


 単勝520円、馬連1850円、馬単3600円。三連複は……。


「6120円。やった。1000円、買っているから……」

「60000円ってこと。すごい。すごい!」

「まあ、六点買っているから、実際の儲けは少し減るけどね」

「いいの。それでも。イエイ」


 山林堂は、晴彦さんとハイタッチした。本当にうれしそうだ。



 ひとしきり喜んだ後で、山林堂は歩み寄ってきて、掌をかざした。


「あんたも。ほら、当たったから」

「あ、ああ」


 僕は軽く掌をあわせる。少し照れくさい。


「いや、本当に、君は馬を見る目があるねえ。ズバリ選んだ三頭が来たからね」


 晴彦さんの言葉に、僕は視線をそらして応じる。


「たまたまですよ。それに、レースの展開とかはわからないし。かみ合わせが少しずれていたら、うまくはいかなかったと思います」

「運が向いたことは確かだ。それでも、できのいい馬をちゃんと見抜いていなければ、あの馬券を買うことはできなかった。それは、君の能力だよ。誇っていいと思う」

「あ、ありがとうございます」


 まさか、こんなに褒められるとは。何を言っていいのかわからない。


「やはり、馬を縦に見るのは、大事なんだねえ」

「縦に見るって、何?」

「同じ馬を時系列に沿って見るってことだよ」


 晴彦さんはスタンド内のモニターを見あげた。


 そこには、次のレースに走る馬が映っていた


 記憶にある。前に中山で走った時、僕は直にパドックで見ている。


「前走やその前に走った時と比較して、どんな差が出ているのか確認するんだよ。それで調子の良し悪しを確かめられるし、馬体や気性がどう変わってきたのかも判別できる。ほら、さっき本橋君は、パドックではよく見えないけれど、レースでは走るみたいなことを言っていただろう。そういうのは、ずっと、その馬を見ていないとわからないんだよ」

「ふーん、そうなんだ」


 山林堂は僕を見て、口元を歪めた。


「そこまで見ているなんて、よっぽど暇なのねえ。ボッチだものねえ」


 悪かったな。どうせ、つるむ相手はいないよ。


「さて、せっかく儲けさせてもらったんだから、おごるよ。地下の食堂でピザでも食べるかい」


「駄目よ。こんなところで満足しちゃ」


 山林堂の声は思いのほか強かった。


「せっかく元手ができたんだから、もっと儲けないと。ほら、行こう」


 先に立って彼女が行くと、晴彦さんもそれにつづいた。


 いや、十分に儲けたんだから、これでいいだろう。余計なことをすると、痛い目にあうぞ。

 だが、僕は口に出して言うことはなく、仕方なく二人の後につづいた。

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