20章 システムの逆襲:証拠隠免と脱出劇
第55話 招かれざる客
俺が精神的危機から復活した翌朝。
海上基地『やしま』の医務室にはこれまでの重苦しい雰囲気はなく、俺たち三人は一つのテーブルを囲み今後の行動について話し合っていた。
俺は完全に以前の鋭い分析能力を取り戻していた。いやむしろ自らの過去の全てを受け入れたことでその思考は以前よりもさらに深くそして迷いがなくなっていた。
俺はタブレットにダウンロードしたプロメテウス・ラボの断片的なデータを表示させながら新たな仮説を二人に提示する。
「創造主が最後に残した言葉…『観測者』。そして俺のような『鍵』となる人間。俺の仮説はこうだ。このダンジョンという巨大なシステムは単なる生物兵器の実験場なんかじゃない。これは人類という種が次のステージ…『観測者』と呼ばれる高次元の存在と『対話』する資格があるかを見極めるための壮大な『選別試験(トライアル)』なんじゃないかと」
「俺たちの本当の敵は米軍でもJDAでもない。この理不尽な試験を俺たちに課している『観測者』そのものだ。俺たちはこの試験をただクリアするんじゃない。この試験のルールそのものをハッキングし試験官(ゲームマスター)の喉元にナイフを突きつけるんだ」
茜と神崎はそんな俺の言葉を真剣な眼差しで聞いている。
俺たちの目的はもはや金儲けでも国家への奉仕でもない。
この世界の真実を突き止め自分たちの運命を自らの手に取り戻すこと。
その一点で俺たちの意志は完全に統一されていた。
◇
俺たちの士気が最高潮に達したまさにその瞬間だった。
基地全体に短いしかしけたたましい緊急警報が一瞬だけ鳴り響く。
直後、俺たちの部屋の頑丈なはずのチタン製のドアが外から指向性の小型爆薬によって轟音と共に内側へと吹き飛ばされた。
爆風と砂煙の中から音もなく現れたのはJDAの制服を着た隊員ではなかった。
黒一色の最新鋭のステルス戦闘服に身を固め顔はフルフェイスのヘルメットで覆われた米軍の特殊部隊「D-フォース」だった。
彼らのアサルトライフルの銃口は一切の躊躇もなく明確な「殺意」を持って俺たち三人に向けられていた。
その先頭に立つのはヘルメットを脱いだアダム・クーパー少佐だった。
彼の顔からはこれまでの陽気な仮面は完全に剥がれ落ち氷のように冷たい処刑人の目が俺をまっすぐに射抜いていた。
彼は一切の前置きなくその非情な「任務」を告げる。
「――佐倉悠斗。いや…『被験体07番(サブジェクト・セブン)』」
「君が、あのラボから持ち出したデータは人類には早すぎる禁断の知識だ」
「我々の最終任務は、その危険なデータの全てと…。そしてその最大の記録媒体(ストレージ)である君という存在そのものを、この世界から完全に『消去(デリート)』することだ」
◇
「クーパー! 気は確かか!? ここは日本の主権が及ぶ基地だぞ! 我々への攻撃は同盟国である日本への明確な戦争行為だ!」
茜が即座に俺と神崎を庇い戦闘態勢に入りながら叫ぶ。
しかしクーパーはその茜の正論を鼻で笑った。
「戦争行為? いいや違うな。これは日米両政府が合意の上で行う有害な研究サンプルの『廃棄処分』だ」
「その件についてはすでにお前たちの"ご主人様"…黒木健一氏にも正式に『通達』済みだ。彼は賢明にもお前たち三人の命と引き換えに君たちが持ち出したラボのデータの一部を我々から受け取るという極めて有益な『政治的取引』に応じたよ」
茜と俺はその言葉に絶句する。
(黒木が…俺たちを売った…?)
俺たちが最後の蜘蛛の糸だと信じていた(あるいは利用しようとしていた)JDAという後ろ盾が最も最悪の形で断ち切られた瞬間だった。
神崎が外部の一ノ瀬や黒木に緊急連絡を取ろうとする。
しかし彼のゴーグルのディスプレイには『ERROR: ALL BANDS JAMMED(エラー:全周波数帯、通信妨害)』という絶望的なメッセージが表示されるだけだった。
クーパーが冷酷に部下に合図を送る。
「抵抗するなら射殺しても構わん。――やれ」
特殊部隊の兵士たちが一斉に銃の引き金に指をかける。
再生を誓ったばかりの俺たちに今度こそ逃れようのないシステムの無慈悲な「削除命令(デリート・コマンド)」が下されようとしていた。
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