4部 世界の歪みと、記憶の原風景
14章 新たな盤面:沖縄沖ダンジョンという最前線
第39話 鋼鉄の島の憂鬱
JDAの高速輸送ヘリの窓から俺たちは、目的地である海上基地『やしま』の全景を見下ろしていた。
エメラルドグリーンの海に浮かぶ巨大な灰色の鋼鉄の塊。それはさながら一つの都市のようだった。
ヘリポート、複数のクレーン、居住区画、そして中央にはダンジョンゲートへと繋がる巨大な潜水艇ドック『ムーンプール』が静かに口を開けている。
「…あれが『やしま』。表向きは日米共同の海洋資源調査プラットフォーム。でも本当の顔は、この海域のダンジョンの管理と周辺国への睨みを効かせるための半軍事的な最前線基地よ」
元自衛官である茜が、解説を加える。
「言うなれば、江戸時代の『出島』みたいなものね。日本でありながら日本の法律が完全には及ばない。日米のパワーバランスだけで、全てのルールが決まる治外法権の鋼鉄の島よ」
◇
ヘリポートに降り立った俺たちをJDAの現地職員が出迎えた。
基地内部に足を踏み入れると、そこは日本の整然とした規律とアメリカのフランクだが実利的な空気が、奇妙に混じり合った空間だった。
廊下を歩いていると日本のJDA職員と米軍の兵士たちがすれ違う。
彼らは互いに「こんにちは」「Hey, what's up?」と陽気に挨拶を交わす。しかしその目は決して笑っていない。互いの装備の僅かな違いや階級章を常に値踏みするように観察し合っていた。
俺たちが案内された
大音量でロックミュージックが流れるアメリカ側のテーブルと日本のニュース番組が静かに流れる日本側のテーブル。
俺たちはそのどちらの輪にも入れずまるで転校生のように食堂の隅のテーブルで食事をすることになった。
俺たちはこの基地の中で完全な「異物」であり「部外者」だった。
案内役の職員が警告する。
「この基地では、日米間の友好関係維持のための細かいプロトコルが多数存在します。特に米軍の管理居住エリアや通信室への無断での立ち入りは、スパイ行為と見なされ即座に拘束される可能性があります。くれぐれも軽率な行動は慎むように」
◇
ブリーフィングルーム。
俺たちは、今回の任務で行動を共にするJDAの公式調査団と初めて顔を合わせた。
隊員は皆百戦錬磨のベテラン探索者であり、そのほとんどが元自衛官だった。彼らの体には、数々の戦闘を潜り抜けてきた証である無数の傷跡が刻まれている。本物の「プロ」の集団だった。
そのプロ集団を率いる隊長の一ノ瀬は、まるで岩から削り出したかのような筋肉質な体に鋭い鷲のような目つきをした、典型的な現場の叩き上げの軍人だった。
彼は、俺たちが部屋に入ってきても座ったまま立ち上がろうともしない。
黒木から送られてきた俺たちの偽りの経歴書に一瞥をくれると、それをまるでゴミでも見るかのようにテーブルの上に放り投げた。
長い威圧的な沈黙の後一ノ瀬は、初めて低いそして敵意に満ちた声で口を開いた。
「…司令部のお偉いさんから話は聞いている。君たちが今回の任務の成功の『鍵』を握っている特別な『技術顧問』先生だそうだな」
「だが俺は現場の叩き上げだ。机の上の綺麗なデータや理屈には興味がない。俺が信じるのは、この手で仲間と共に流した血と汗だけだ」
「ここは戦場だ。君たちのお遊びに付き合っている暇はない。足手まといになるようなら容赦なく切り捨てる。…分かったか?」
それはあまりにも一方的で無礼な「洗礼」だった。
茜は怒りに拳を握りしめる。神崎はモニターの向こうで完全に萎縮して固まっている。
しかし俺だけは違った。
俺はその剥き出しの敵意を冷静にそしてどこか面白そうに観察していた。
俺の戦いはダンジョンに潜る前からすでに始まっていたのだ。
それは論理やデータが通用しない現場の「常識」と「プライド」という最も厄介でそして最も攻略しがいのある壁との戦いだった。
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