2章 ルールの実践①:戦闘コストの最小化

第5話 狩りの流儀

最初の成功に浮かれることなく、俺はさらに冷静に「ルール」の検証を続けていた。

ビジネスの基本は、再現性だ。一度の成功は、ただの偶然かもしれない。この「バグ」が、本当に「仕様」なのかどうかを確かめる必要があった。


まず地形条件の変更。

俺は意図的に、開けた平地、狭い通路、身を隠す場所のない湿地など、異なる地形でゴブリンの群れとエンゲージする。

結果、地形によってリーダーの初動に数パーセントの誤差が生まれることを発見した。しかし「3回目の踏み込みで攻撃」「0.53秒の硬直」という根幹のアルゴリズムは、一切変わらないことを確認する。俺は、その誤差データを脳内で即座にアップデートしていった。


次に、個体差の確認。

ターゲットを、明らかに体格が大きく歴戦の傷跡がある「ベテランゴブリン」や、粗末な金属鎧を身に着けた「装備ゴブリン」に絞って、同じ実験を繰り返す。

しかし見た目や装備に関わらず彼らの行動パターンは、プログラムのように完全に同一だった。


(…すごい。生物の『個性』や『経験』が一切介在しない、純粋な命令コマンド

で動いている)


このルールが100%の再現性を持つ、絶対的な「法則」であることを俺は確信した。



再現性を確信した俺は、次に戦闘プロセスを極限まで効率化と最適化することに着手した。

俺自身の動きの無駄を削ぎ落とす。戦闘を誰がやっても同じ結果を出せる「マニュアル」にまで昇華させるのだ。


工程1【索敵・観察】:5秒以内。

ターゲットの群れの構成と周囲の地形を瞬時に把握する。


工程2【待機・照準】:10~15秒。

気配を殺し、リーダーの威嚇行動が終わるのを待つ。その間に、脳内で最短の攻撃ルートと寸分の狂いもない攻撃角度をシミュレーションする。


工程3【実行・暗殺】:0.53秒以内。

シミュレーション通りの軌道を最小限の動きで実行し、リーダーの頭部をただの一撃で沈黙させる。


工程4【掃討・回収】:30秒以内。

統率を失った残党を怪我のリスクが最も低い順に冷静に処理し、ドロップアイテムを回収する。


このプロセスを何度も何度も繰り返す。

そのうちに俺の動きは、もはや戦闘ではなく、熟練の職人が決まった手順で製品を組み立てるかのような、洗練された「様式美」を帯び始めていた。

俺は、戦闘中に汗をかかなくなる。呼吸もほとんど乱れない。

表情は常に無表情。

まるで、感情をどこかに置き忘れてきたかのように。

その姿は、もはや人間の戦士ではなく、ゴブリンを狩るためだけに最適化された、精密な機械のようだった。



俺の異常な戦闘スタイルは、他の探索者たちの間で、静かな噂になり始めていた。

ダンジョン1階層の比較的安全な休憩エリア。

俺の周りだけ、まるで空気が違うかのように、誰も近づこうとはしない。

遠巻きに、ひそひそと噂話が交わされているのが聞こえてくる。


「おい、またあの新人がいるぞ…」

「『時計仕掛けクロックワーク』だ…」

「さっきも見たぜ。俺たちパーティで必死に戦ってる群れを、アイツは一人で30秒もかからずに片付けてた…」

「ああ。動きがいつも寸分の狂いもなく、同じなんだ。まるで、精密な時計の歯車みたいに…。気味が悪い…」

「きっと何か俺たちとは違う、特別な『スキル』持ちなんだろ。『未来予知』とか、そういう類の…」


時計仕掛けクロックワーク』。

彼らは、俺の人間離れしたあまりに正確で無感情な戦闘スタイルを、いつしかそう呼ぶようになっていた。

それは尊敬ではない。理解不能なものに対する一種の恐怖から生まれた異名だった。


俺は、自分がそう呼ばれていることに薄々気づいていたが、全く意に介さなかった。

他人の評価は、何の価値もないノイズに過ぎない。

俺の関心はただ一つ。今日の収支計算と妹の治療費だけだ。


俺はこの日だけで、入場料と装備代を差し引いても、コンビニのバイトの1週間分に相当する利益を叩き出した。

しかしその利益が、新たな火種を生むことを、俺はまだ知らなかった。

俺の「流儀」は確かに富をもたらした。

しかしそれは同時に、俺を深い孤独と新たな軋轢へと導く、最初の鐘の音でもあったのだ。

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